戦う理由
クロキは、刀を左腕のガントレットで支えながら、刀の側面でランスを受け止めていた。それも真正面から受けず、わずかに角度をつけて衝撃を受け流しており、感触としては、刀は折れてすらいないだろう。
オウギュストは茫然と立ちながら、アンジェラとクロキが吹っ飛ばされた建物を交互に見ていたが、クロキは一向に姿を見せない。
オウギュストは今度こそ自分に向かって突進が来るものと思い、アンジェラに向かって槍を構えた。
「……ん?」
オウギュストは、アンジェラの背中の翼が消えていることに気付く。効果時間が切れたのか、それとも――
アンジェラはランスを持つ右腕をゆっくりと後ろに引きながら左腕を前に出し、クロキが吹っ飛んだ方向に向かって半身になって構えた。
そして、アンジェラがクロキの倒れる方向に向かってランスを突き出そうとしたとき、アンジェラは右方向からの気配を感じ、咄嗟に気配のする方向に盾を向けると、盾にナイフが当たる金属音が響く。
アンジェラが盾をわずかに降ろし、ナイフが飛んできた方向を見ると、既にクロキはアンジェラの眼前に迫っていた。
クロキが刀を振り、アンジェラは盾でそれを受け止める。クロキは続けざまに、盾を殴り、刀で打ち、蹴りを入れ、そして盾を足場にして跳び上がると、アンジェラの背後に着地した。
そして、低い体勢からアンジェラの腹部目掛けて廻し蹴りを放ったが、アンジェラは地面に突き刺したランスを支柱にクロキの廻し蹴りをひらりとかわし、ランスの間合いを取るためクロキと距離を取った。
廻し蹴りが不発に終わり、クロキは上げた片足をゆっくりと地面に降ろし、両足で構えた。
「今、とんでもない魔法を使おうとしただろ」
クロキは対峙するアンジェラに聞いた。しかし、アンジェラは答えない。
「あなたは……」
アンジェラが初めて声を発した。
「何のために戦っているのですか?」
意外な問いに面食らった。この世界に来て、初めてそれを聞かれた。
「どうして? 俺が何で戦うのか、あんたに関係あるのかい?」
アンジェラはしばし沈黙し、そして口を開く。
「私の戦いはこの世界のため。もしも、あなたの戦う理由が私の進む方向と同じなら、ここで私たちが戦う必要はない」
クロキは思わず構えを解いた。
この女騎士は、できることなら戦いたくないと言っているのか。理解に時間が掛かったが、どうやらそのようであった。
クロキは少し上を向いて考え、そして、再びアンジェラを見た。
「俺が戦う理由……ねえ」
クロキの顔に悪魔のような笑みが浮かぶ。
「ク……ハハハ、俺の刃を受けて分からなかったのか?」
そして鬼のような形相でアンジェラを睨んだ。
「そんな奴が、戦う理由なんて語るんじゃねえ!」
クロキが再び構えてアンジェラに攻撃をしようとした。
そのとき、近くを走っていた衛兵が声上げる。
「海が、海が割れた!」
クロキとオウギュストは思わず、声のする方を見た。
そして、アンジェラも静かに街の東、海の方角を仰ぎ見た。
「海が!」
衛兵が衛兵の隊長らしき男の元に息を切らしながら走ってきて、一言そう言った。
「うん? 海がどうした?」
「海が、割れています!」
「何? 意味が分からないぞ、どういうことだ」
「ですから、海岸から沖合に向かって、海が真っ二つに割れているんです!」
近くで戦っていたゴードンの耳にもそのやり取りが入り、ゴードンは思わずその衛兵たちの方を見た。
「まさか、本当だったなんて……」
茫然とするゴードンのもとにアンナが駆け寄る。
「ゴードン、どうするの、行かなくちゃ」
「あ、ああ……」
我に返ったゴードンの背後に一台の馬車が走って来て窓が開いた。そこからマックスが身を乗り出すように顔を出し、ゴードンに向かって、
「ゴードン殿、我々は行きますっ」
と、だけ言ってそのまま海に向かって走り出した。
後に残されたゴードンの脳裏に昼間のやり取りが浮かぶ。
マックスのもう一つの用事。それは時間が未定であったが、場所が指定されているとマックスが話してくれた。
その場所とは――
「『海底に眠る古の都』ということだが、まさか沖合の海底の遺跡ということもあるまい。相手からは時期が来れば分かるとだけ言われており、皆目見当がつかない」
マックスはそう言って、
「と、いうわけで今しばらくお付き合いいただきたい」とゴードンに頭を下げた。
まさか、本当に海底遺跡のことであったとは、そのときのゴードンは想像すらしていなかった。
だが、驚いてばかりもいられない。この混乱の最中、依頼者であるマックスらだけでこのまま行かせるわけにもいかなかった。
速度を上げて海に向かう一台の馬車がクロキの視界に入り、その窓にマックスの姿を見た。
クロキは、早急にゴードンと合流する必要があると直感し、オウギュストを指差した。
「おい、お前、ええと、オウ……ガスト!」
「オウギュストだっ!」
「ここは頼んだ! お前にしか任せられない」
「お、おう……」
お前にしか任せられないと言われ、オウギュストもまんざらではない様子。
「頼んだぞ、オウガスト!」
「おう、任せとけ、ってオウギュストだっての!」
風のように立ち去るクロキを見送ると、オウギュストはアンジェラを向き直った。
「さあて、こっからは俺の相手をしてもらうぜ」
強い相手との死合いは望むところであったが、先ほどのクロキとの攻防を見る限り、独りでアンジェラを相手にするは荷が重い。近くにいるはずのピエールが異変に気付いて来てくれるまで、どうやって対処するかをオウギュストは考えた。
クロキがゴードンのいる方向に向かって全速力で走る。外れた右肩と右ひじが痛むが、気にしている暇はなかった。
クロキは路地の隙間にゴードンの姿を見つけ、一瞬通り過ぎたが、直ぐに引き返し、ゴードンを襲うメソジック帝国兵を背後から追い抜きながらに斬り捨て、ゴードンに駆け寄った。
「おい、行くのか?」
「はい、行きます。ですが……」
唐突なクロキの質問にゴードンはすぐさま答える。しかし、メソジック帝国兵が減ってきたと思った矢先の謎の一群の襲撃に、街の混乱は止む気配を見せていなかった。
「悩んでいる暇はないだろ」
クロキは痛む右肩と右ひじに、アンナにヒールを掛けてもらいながらゴードンに言った。
ゴードンは複雑そうにうなずく。それを確認し、クロキは、
「ゴードンとリタと俺でマックスを追う。アーノルドとアンナは引き続きここで衛兵に協力してくれ」
と、指示をした。
ゴードンは当然マックスを追うとして、リタかアンナのどちらか魔法を使える者が必要であった。しかし、負傷した民間人や憲兵の治療の必要性からアンナは街に残った方が良いとクロキは判断した。
そして、アンナの治療が終わり、右肩と右ひじを動かして痛みがないことを確認し、
「すまない、助かった」
と礼を言うと、アンナはクロキの背中を叩き、
「うちのリーダーのことよろしくね」
と、言った。
「クロキさん、しかし馬車はマックスさんが乗って行ってしまいました」
ゴードンが思い出したように言った。海まではここから4キロ程ある。走って行くには時間が掛かりすぎる距離であった。
「それなら俺が乗って来た馬車を使おう。確かここから100メー……じゃない、3ケイラ(約100メートル)ほどのところだ」
そう言い終わる前にクロキは走り出し、ゴードンとリタがそれに続き、アンナとアーノルドは心配そうに三人の背中を見送った。