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金翼の天使

 4階建ての建物の、さらにその煙突の上にクロキは立っていた。


 その視線の先10メートル程の空中に15メートルはあろうかというひと際大きい魔獣。そして、その上に厳かに立つ白銀の鎧に身を包んだ女騎士アンジェラがいた。

 明らかにほかの兵士や魔術師とは格が違う。間違いなくこの部隊を率いる者であった。


 クロキから離れた別の建物の屋根の上にオウギュストが姿を現した。オウギュストもまたひと際大きな魔獣を見て、隊長格と思って来たようであった。


「どんな奴かと思えば、へえ……その兜の下を見てみたいね」


 オウギュストが槍を構える。

 これまで微動だにせず街を見ろしていたアンジェラがオウギュストの放つ攻撃的な気迫に反応し、オウギュストを見た。

 チャンス――クロキは、自身がアンジェラの視界から外れるやいなや、アンジェラに向かってナイフを投げ、と同時に飛び掛かった。

 しかし、その瞬間、魔獣が一度身震いをして大きな声を上げると、魔獣を中心として猛烈な突風が巻き起こる。クロキは突然の突風に3軒先の建物まで吹き飛ばされ、オウギュストも建物の屋根ごと吹き飛ばされた。


 壁を突き破って室中に入って来たクロキが、倒れたまましばらく動かないことをその建物の住人が心配して声を掛けようとしたが、クロキは突然起き上がると、クロキが突き破って開けた壁の穴から風のように出て行った。


 女騎士の追撃を警戒したが、幸いなことにそれはなかった。

 女騎士の乗った猛禽の魔獣の周囲の建物は、屋根や壁が飛んでなくなり柱も傾いて半壊していた。クロキその中でも傾かずに残った太い柱の上に立ち、魔獣を仰ぎ見る。魔獣は東方向にゆっくり移動しており、その先ではゴードンらが戦っている。

 と、クロキは腰のホルダーから一つの魔法石を取り出し、柱から空中に向かってジャンプした。クロキの脚は空中を蹴り、階段を上るように空中を駆け上がる。その魔法石は、自分の足元に空気の足場を作るエア・ライド。

 真下から接近するクロキに魔獣が気付き、威嚇する。しかし、クロキは構わず魔獣の首目掛けて刀を振った。しかし、魔獣の固い筋肉に阻まれ、致命傷を与えることはできない。

 クロキがもう一度首を切ろうとしたとき、魔獣は身震いをした。


「くそっ、もう……」


 あの突風を起こすためにはインターバルが必要なのは間違いなかった。しかし、インターバルがどの程度かを検証するための時間かける余裕がなかったため、クロキはインターバルの間であることに賭け、魔獣を倒すべく急いでいたが、その思惑は外れた。


 再び魔獣を中心として猛烈な突風が巻き起こる。


「あんの、無魔力者(ノマド)、バカじゃねえのか……」


 クロキが魔獣に近づき、再び突風を受けるのを瓦礫の陰から見ていたオウギュストは、クロキは策もなく敵に突っ込む脳足りんと呆れながら、身体を丸めて二度目の突風に堪えていた。


 突風が収まる。全壊又は崩壊した建物に囲まれて、何事もなかったように魔獣は浮遊していた。

 魔獣の背に立つアンジェラは、クロキが魔獣に迫ったことにも気付いていたが、些末なことと気にも留めていなかった。そして、案の定クロキはまたもや突風に吹っ飛ばされた。


 このまま魔獣に乗って街の中心部に行き――と、この後の段取りを頭の中で確認していた矢先、魔獣が大きく身体をのけ反らせた。

 地面に向かって紅い魔獣の血が流れるのが見え、アンジェラは魔獣の首の下側を覗き込む。

 クロキが羽毛に噛みついて身体を支えながら、左手に握った刀の刃を魔獣の首に突き立てていた。

 その位置は、ちょうど魔獣の喉元。筋肉の薄い部分。クロキはそのまま魔獣の胸に向かって縦に引き裂くと、血飛沫とともに魔獣の気道が露になり、魔獣は激しく苦しみながら徐々に高度を落とし、ついには力尽き、大通りに落下した。


 クロキは、落下の直前で魔獣から離れ、バランスを崩しつつも無事着地した。

 クロキの右腕が力なく垂れている。クロキは突風が起こる直前で魔獣にワイヤーを引っ掛け、吹き飛ばされるのを免れた。しかし、その代償として、ワイヤーを発した右腕の肩と肘の関節が外れ、ワイヤー機能も故障してしまっていた。

 クロキは、左手を右肩に当てると我流で肩の関節を嵌め、続けて右ひじの関節も嵌めた。ひとまずこれで動かすことはできるが、右肩と右ひじに痛みがある。


 力なく地面に横たわる魔獣を見る。砂ぼこりが舞い、背中に乗っていたアンジェラがどうなったのか確認できない。

 そこにオウギュストも現れた。


「やったのか?」


 オウギュストもまた砂ぼこりに目を凝らす。

 クロキはふと、上空に気配を感じて見上げ、そして、息を呑んだ。

 オウギュストも思わず「おお……」と声を漏らす。


 アンジェラの背から黄金に輝く翼が生え、宙に浮きながらゆっくりと降下していた。それはアンジェラの固有魔法エアウェイブズ。


 兜の下から伸びるビロードのような金色の髪が月の光で輝きながら宙を舞い、全身を光に包まれながらゆっくりと降下する様は、まるで現世に降り立つ天使のよう。思わずクロキもオウギュストもその光景に見惚れ、攻撃することを忘れてしまっていた。


 アンジェラが着地する。

 アンジェラの左腕には、鎧兜と同じ白銀の盾。右腕にはアンジェラの身の丈ほどもあろうかというランスが握られている。

 クロキとオウギュストがアンジェラの動きを警戒していたところ、アンジェラはクロキに顔を向けるやいやなや、一切の予備動作なくランスの穂先をクロキに向けて猛スピードで突っ込んできた。

 クロキは間一髪で身をかわしたが、突進で巻き起こる風圧でバランスを崩す。

 アンジェラは急角度で方向転換をすると再びクロキに向かって突進する。

 クロキは、今度は転がるように回避した。


 猛スピードのランスによる突進も、急角度で方向転換ができるのも、これらは全てアンジェラの魔法エアウェイブズの効果。

 クロキは直ぐに立ち上がると体制を整え迎撃のため身構えた。だが、アンジェラは再び急角度で方向を転換すると、クロキを援護しようと魔法を放つ構えをしていたオウギュストに矛先を向けた。

 予想だにしない事態にオウギュストは硬直する。

 逆にクロキがオウギュストを援護しようと、オウギュストに向かって走り出しながら、腰のホルダーからナイフを取り出し、投げようとしたとき、アンジェラが急転換し、再びクロキに向かって突進してきた。


「くっ……」


 クロキに対処する余裕を与えず、アンジェラのランスの穂先がクロキに到達した。

 しかし、ランスがクロキを貫くかと思いきや、クロキは弾かれるように回転しながら斜め後方に勢いよく吹っ飛び、建物の壁を突き破った。


「……!」


 減速し、停止したアンジェラの口元が驚きでわずかに開く。

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