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魔獣の襲撃

 モンテ皇国の首都ネロスから西に30キロほどの場所にある山の登山口に、クロキとヒースの乗った馬車が到着した。


 この世界の馬はクロキの世界の馬よりも大きい。道産馬のさらに一回りは大きく、それでいてサラブレットのように速く走るのに適した体躯であり、馬車は舗装されていない30キロの道のりをおよそ30分で駆け抜けた。


 しかも、馬車の車輪部分にはサスペンションも組み込まれており、最高速度で走っても意外にも馬車の中はさほど揺れない。


 ヒースの借りた馬車は安いものであったため、木のベンチのような座席で、座布団を持参して敷いても尻や腰が痛くなったが、高い馬車であればクッションソファーとなっているらしい。


 ヒースはこの世界に5年もいるだけあって、馬の扱いにも慣れており、手間取ることなく、2頭の馬をなだめながら近くの大木につなげた。


「それで竜牙草とはどんな草なんだ?」


 クロキが聞くと、ヒースはクロキを向いて説明を始めた。


「竜牙草は白い小さな花をいくつもつける植物で、花弁の形が牙のように見えることから竜牙草と呼ばれています。夜に花を咲かすことが神秘的であるため、伝説上の生物に結びつけられたみたいです」

「ああ、伝説ということは、この世界に本当にドラゴンがいるわけではないんだな」

「ええ、残念ながら。でも、古代には存在したと伝えられています。今でも、ドラゴンの子孫と呼ばれる生物もいますしね」


 クロキは、ドラゴンの子孫と聞いて、コモドドラゴンを思い浮かべた。おそらくコモドドラゴンのようなトカゲのことだろう。そうであれば、例え襲われたとしても数が多くなければ問題はない。


 2人が歩く山道は、草は生えているものの頻繁に人が通っていることがうかがわれ、歩くことに苦労はしなかった。


 道の先には綺麗な泉があり、泉まではハイキングコースになっているが、竜牙草が自生している場所は、その泉からさらに奥、険しい道を辿って山を登ったところにあるという。


 道すがら様々な生物が姿を見せる。

 ウサギ、キツネ、ヘビ。姿形は元の世界のそれと変わらないが、どれも一回りは大きかった。


「この世界の動物は、環境にもよりますが、大体我々の世界の動物よりも一回りは大きいです。しかも、肉食動物は凶暴性が強いので、より危険です。多分なんですけど、魔粒子(マナ)の影響だと思います」

「マナ?」

魔粒子(マナ)とは魔法やスキルと使うために必要な物質で、目には見えませんが空気中に存在している、と言われています。科学的に観測したことはありませんが、魔力に反応しやすい鉱物である水晶を用いて、魔術師(ウィザード)たちがよく観測しています」


 ヒースの話を聞いて、クロキは大きく息を吸い込んだ。


「特に空気に違和感はないな、酸素とか水素とかと同じようなものか」

「おそらくは。科学的にこの世界の空気を調べたことがないので、実際のところ良く分かりません」


 そのような話をするうちに、2人は泉までたどり着き、休憩をすることとした。


 クロキが泉を眺めていると、小さな魚が泳いているのが見えた。


「魚の大きさはそんなに変わらないんだな」

「その魚は、岩陰に身を隠す習性なので身体を大きくする必要がないからだと思います。全般的に川魚は生息環境のためか我々の世界と大きさは変わらないですが、海洋生物は全般的に大きいです」


 クロキは、もしもこの世界にサケなどの母川回帰をする魚がいたら、大変だろうなと思った。


「ここから先は、凶暴な生物の生息域です。気を引き締めてくださいね」


 そう言いながら、ヒースは3つに分割して持ってきた槍を組み立てていた。

 そして、一見すると手慣れた様子で槍の穂先の確認を始めたが、誤って指を切ってしまい、本当は武器の

 扱いに慣れていないのが見え見えであった。


「さあ、行きましょうか」


 包帯を巻いた指を進行方向に指しながらヒースは森の奥に向かって歩き始め、クロキはヒースの行動に不安を覚えながらもその後ろをついて森の中に入って行った。



 泉を境にして森の様子が変わる。


 泉の先は人が入らない原生林になっており、2人はけもの道を奥へ奥へと進む。


 ここからは、ヒースの知識が頼りであり、竜牙草が自生する条件が揃っている場所を推測して進んで行く。


 突然、前方で慌ただしく草や枝を踏む音が響き、上空を鳥の群れが舞う。


 2人は立ち止まり、身構えた。


 前方の草をかき分けウサギが飛び出してくる。その後を追うように何匹ものキツネやシカが2人の横を通り過ぎて行った。


「穏やかじゃないな。引き返そう」


 クロキが提案すると、

「そ、そうですね。戻りましょうか」と、ヒースは言い、踵を返そうとしたとき、メリメリという音を立てて2人に向かって樹が倒れてきた。


 倒れた樹を踏みつけ、2人の前に姿を現したのは、体長は3メートルを超えるであろう黒い熊であった。


 熊は後ろ足で立ち上がって歩行しており、後ろ足が発達していることが見てとれた。

 また、その牙も大きくクロキの世界のヒグマよりも大きく、口から滴り落ちる涎が、この熊のどう猛さをうかがわせた。


 クマは眉間にしわを寄せながら、咆哮する。


「おいおい、熊もでかいのかよ」

「た、確かに熊も大きいですが、こ、これはただの熊じゃありません、ま、魔獣です」

「魔獣?」

「マナの影響を強く受けた突然変異体です。このレベルは、軍隊の派遣が必要です」


 クマが腕を振る。

 クロキはヒースを抱えてかわしたが、その一振りで近くにあった木がなぎ倒された。


「軍隊とか言ってる場合じゃなさそうだ。こいつの脚力なら俺たちが走ったところで、直ぐに追いつくだろう」

「いやいや、無茶ですって。動物と戦ったことあるんですか」

「虎となら、昔ある邸宅に侵入したときに相手したことがある」

「侵入って、公務員じゃなかったんですか」


 クマが再び腕を振る。

 クロキは、腕をかわしつつ、刀でクマの腕を切りつけた。しかし、クマの固い毛をかすかに切るのみで、皮を切り裂くことはできなかった。


「体毛も特別製か」


 クロキは熊の懐に飛び込み、今度は腹部に刀を突き刺すが、ぶ厚い腹筋に阻まれ刀は刺さらない。

 熊が大きな口を開けて、懐のクロキに噛みついてきたが、クロキはバックステップで噛みつきをかわす。続けて熊はクロキを抱きかかえるように両手を振るい追撃し、クロキが身を屈めてかわすと、熊はクロキの真上に倒れこんできた。


 クロキは転がるように熊の攻撃をかわしたが、熊の爪が右腕をかすめた。


「ああっ、大丈夫ですか」

「問題ない」


 クロキは血が流れる右腕を動かし、骨に異常がないことを確認した。


「ヒース、槍を貸してくれ」


 クロキは右手にヒースの槍を、左手に刀を持ち、クマに対峙した。


 クマは4つ足の体勢になると、後ろ足で何度か地面を蹴った後、猛スピードでクロキに向かって突進した。

 予想だにしない速度にクロキは反応が遅れ、直撃こそ避けたものの、弾き飛ばされてしまう。


「ああっ」


 ヒースが草むらから声を上げる。


 熊は進行方向の木々を全てなぎ倒して制止すると後ろ足で立ち上がり、そして、腕を振り、噛みつき、クロキを攻め立てる。

 クロキは回避に徹し、熊の攻撃をかわし続けていたが、クマは再び4つ足になり、突進の構えを見せた。


「来い」


 クロキが呟くのを聞いたかのように熊がクロキに向かって突進する。


 クロキは槍を構え、避けることなくクマに向かって行ったが、案の定、弾き飛ばされ、背中を強く木に打ち付けた。


 クロキは、一瞬呼吸ができなくなり、その場にうずくまる。その様子を見たヒースはこのままクロキが熊に食われると思い、目を伏せた。


 クマの咆哮が山中に響き渡り、熊が暴れまわる音がする。

 しかし、しばらくすると熊が倒れるような音がしたため、ヒースはおそるおそる目を開けると、仰向けに倒れる熊の目に、槍を深々と突き立てるクロキの姿があった。

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