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モンテ皇国の街

 目玉焼きとベーコンにちょっと色の濃いパン、そしてホットコーヒー。

 元の世界とそう変わらない朝食が、昨日は本が山積みとなっていたダイニングテーブルに置かれている。


 少し野菜が欲しいなとクロキは思ったところ、ヒースが庭で採った野菜を持ってきた。

 ズッキーニのような緑色の棒状の野菜と、サニーレタスのような野菜であった。


「どうぞ、食べてみてください」


 サニーレタスに口をつけると、見た目通りレタスであった。今度はズッキーニを齧ると、少し水分が少ないキュウリの味がした。


「驚いたでしょう。食べたとおりレタスとキュウリです。キュウリがちょっと違うのは、品種改良がされていないためです。それから、そのパンはライ麦です。この国、モンテ皇国では、小麦よりもライ麦の方がよく採れるんです」

「正直驚いている。でも、これで食べる物で困ることはなさそうだ。でも、欲を言えば、米とみそ汁があれば完璧なんだけどな」

「おう、ジャパニーズらしい。でも、お口には合ったようですね」


 クロキの食器は全て空になっていた。ヒースは笑いながら、クロキの空になったカップにコーヒーのお代わりを注いだ。


「さて、食器を片付けたら外出しましょう。私の用事のついでに、この世界をご案内します」




 石畳の道の両側を石と木でできた家が軒を連ねる。まるで、ヨーロッパの国の路地裏に入り込んだようだ。


 その道をしばらく歩くと大きな通りに出た。

 様々な露店が並び、人が行き交う。その人々の格好は、本や映画で見た中世ヨーロッパの平民のような格好であった。


 目立つからとヒースに渡された革のマントのおかげでクロキは目立っていないが、マントがなければ、珍しい格好で視線を集めていたことであろう。


 街並みに呆気に取られるクロキのマントを引っ張り、ヒースが移動を促し、少し歩いた所にある「依頼所」という看板が掲げられた店に2人は入った。


 ヒースは真っすぐに、「やあ」と言いながら受付に座る赤い服を着たショートボブの若い女性の元へと行く。


「ミリーさん、こんにちは。今日もいい天気ですね」


 ヒースはもじもじしながらミリーに話し掛けた。


「いらっしゃいませヒースさん。今日は何の御用ですか」


 ミリーは笑顔で、マニュアル通りの受け答えをした。


「あ、ええと、昨日私が依頼した仕事はどうですか」


 どうやらこの依頼所というところは、市井の人間の様々な依頼を集約し、腕の立つ者に斡旋しているところのようだ。


 依頼者は依頼の登録時に紹介所に手数料を支払い、そのうち、2割が紹介所に、8割が依頼を達成した者に支払われる。依頼の登録期間は30日間となっており、期間内に依頼者が依頼の登録をキャンセルした場合と、30日経っても依頼を受ける者が現れず、依頼の登録が抹消された場合は、手数料の7割5分が依頼者に返金される仕組みだ。


「申し訳ありません。まだ申し込みのない状況でして、今しばらくお待ちください」

「あ、いや、いいんですよ、昨日の今日ですし。むしろ、良かったです。その依頼、私が自分でやることにしました。キャンセルした方が私に戻ってくるお金は少ないでしょう。なので、通常の手続きで依頼を受けることにしました」


 依頼をした人間自らが自分の依頼を受けるというのは珍しい事で、ミリーは驚き、慌てて手元のマニュアルをめくっていたが、マニュアルには対応が書かれていなかったらしく、受付の後ろの事務所に入っていった。


 しばらくすると、事務所の奥からヒースよりも頭1つ半は大きな体で、左手が義手のいかつい男が出てきた。

 胸には「所長 サイモン」と書かれた名札が付いている。


「ヒースさん、大丈夫ですか。竜牙草の採取なんてできないから依頼したんでしょう」


 見た目によらず、穏やかな声でサイモンは話す。その表情は心配に満ち満ちていた。

 それはそうだ、背も低くひょろひょろひょろとした風体のヒースに不安を抱かない方が無理というもの。

 しかし、ヒースは顔いっぱいに笑みをたたえながら、


「大丈夫、大丈夫、ついに私にも助手ができたんでね」と、肩越しに親指でクロキを指した。


 サイモンは、ヒースの頭の上からクロキをじっと見ると、軽くため息をつく。


「まあ、うちは良いですがね、ただ、もしも、ほかに依頼を受ける者がいて、先にそいつが依頼を達成したら、ヒースさんには報酬は入らないですからね」

「ええ、分かってますって。それじゃあ、よろしくお願いします」


 サイモンは、紙に何かをサインし、判子を押すと、その一部を切り取ってヒースに渡した。


「では、どうぞ」

「ありがとうございます。さあ、これで依頼の受注は完了です。行きましょう」


 そう言ってヒースはクロキに紙切れを渡した。

 クロキはその紙切れをまじまじと見る。

 紙切れの一部には判子の半分が付いており、割印になっているようだ。紙は少し茶色を帯びており、質感は元の世界のものよりもザラザラとした感触であったが、パルプを用いたものであることが分かった。



 依頼所を出ると、目的地までの移動手段として馬車を借りに行くこととした。

 大きな通りから脇にそれ、小さな道を進む。


 真っ直ぐ馬車を借りに行くのかと思いきや、ヒースは1軒のみすぼらしい家の前で立ち止まった。


「すいません。ちょっとこの家に用事があるもので……少し待っていてもらえませんか」


 ヒースがリュックサックの中から包みを取り出す。その中には何かの草と瓶が見え、どうやらヒースはこの家に薬草と薬を届けに来たようであった。

 ヒースがその家の呼び鈴を鳴らすと老婆が出てきて、ヒースは老婆とともに家の中へと入っていった。


 家の前でクロキは腕を組みながらボーっと空を眺めていた。

 空の蒼さも、雲の白さも元の世界と変わらない。しばらく空を眺めていると、ここが異世界という感覚がなくなってしまう。


 クロキは周囲に視線を落とす。

 ここは、大通りや城の辺りとは異なり、集合住宅が密集して日当たりが悪く、道端にはごみが落ち、道も建物も薄汚れている。

 道の脇で浮浪者と思われる男がぼろ布を纏って昼寝をしており、低所得階級の住民が居住する地区であることがうかがわれた。


 突然、道の向こうから女性の叫び声が聞こえた。

 その方向から3人の若い男が、女性ものの包みを抱えて走って来る。

 どう見ても引ったくり。この地区の雰囲気どおり、治安も良くないようだ。


「どけーっ」


 引ったくり犯の1人が、そう叫びながらクロキのいる方向へと走って来る。

 クロキは腕を組みながら身体を後ろに傾けて避けるように見せ、引ったくり犯が目の前を通り過ぎようとしたとき脚を引っ掛けて先頭を走る男を転倒させた。


「くそっ、何しやがる!」


 転倒した男はそう言いながら立ち上がろうとしたが、再び転倒し、腕を地面についた。

 男の上着がクロキに踏まれていた。


「手前っ!放せよ」


 男は上着をクロキの脚の下から抜こうと引っ張り、ほかの2人はナイフを取り出すと、

「ぶっ殺してやる!」と、クロキに向かって来た。


 クロキは腕を組んだまま上着を踏んでいる脚を上げ、上着を引っ張っていた男がバランスを崩して尻もちをつく間に、片方のナイフを持った男に向かって蹴りを放ち、続けて蹴り脚を軸にしてその場で回転し、もう1人の男の頭部に後ろ廻し蹴りを決めた。

 2人の男は倒れたまま動かなくなり、残った男はクロキに敵わないと見るや、引ったくった包みをその場に残し、走って逃げ出した。

 クロキは、腕を組んだまま、倒した男のナイフが足元に落ちているのを見るや、そのナイフを逃げる男の背中に向かって蹴ると、ナイフは男の背中に命中し、男はその場に倒れた。


 引ったくり犯が走って来た方向から十数人の街の住民が現れ、地面に倒れている3人を取り抑え、引ったくられた包みも持ち主の元に戻り、周囲はにぎやかになった。

 そんな中、ヒースが家の中から出てくる。


「あれ?何かあったんですか?」

「さあ、知らんな、ただのケンカだろう」


 クロキは平然と答える。


「そうですか、じゃあ巻き込まれる前に行きましょうか」


 住民たちは引ったくり犯の3人を縛り上げ身動きを取れなくすると、クロキに礼を言おうとクロキのいた家の前を見たが、もうそこにはクロキの姿はなかった。

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