アーミル王国到着
使節団一行は、初日はモンテ皇国のある南の大陸で一泊し、次の日はそこから東進した所にある半島の海岸部の国でまた一泊して、ついに出発から3日目、一行は無事アーミル王国の首都パリガーサへと到着した。
天候にも恵まれ飛空艇の航行は穏やかであったが、途中ギブソンは船酔いで何度も嘔吐し、胃液で喉が焼け、アーミル王国に着くころには声はガラガラになっていた。
しかし、パリガーサに飛空艇が着くやいなや、ギブソンは体調が最悪なことを微塵も感じさせない動きでいの一番に地上に降り立ち、ガラガラの声で書記官や護衛隊長のルースに宿までの道程の確認と、移動の準備を促した。
ルースは3日間ずっと飛空艇を操っていたため、さすがに疲労困憊し、脚を引きずるように宿まで一行の護衛を終えると、後のことを護衛部隊の隊員に指示し、倒れるように自室で眠ってしまった。
ギブソンと書記官が夕食の前に明日以降のスケジュールの確認をするため部屋に入ったのを見計らい、ヒースは夕食までの時間で街を見て回ろうと宿から外出をすることにした。
フィールドワークは明日以降とするつもりであったが、ヒースはいてもたってもいられず、古物商や露店を覗いて、骨とう品や歴史的価値のあるものを探そうと考えたのだった。
だが、外国の地をヒース独りで歩かせるのも心配なので、ギブソンら使節団の宿泊する宿の警備はほかの隊員とカオリに任せ、クロキもヒースのお供として一緒に外出をすることにした。
時刻はそろそろ夕方。
暦上は冬であったが、アーミル王国はモンテ皇国とは違い、夜でも気温が20度近くあった。また、アーミル王国には乾季と雨季が存在し、この時期は、首都パリガーサはちょうど乾季で比較的過ごしやすい気候であった。
パリガーサはアーミル王国のある半島の西海岸に位置しており、西に傾く陽の光とともに、微かな潮の匂いが鼻を突く。
街はたくさんの人でにぎわっており、人口はモンテ皇国よりも多いように感じた。
ヒースが古物商の店舗に入って品物を物色し始めたので、クロキは近くの露店をぶらぶらと見て回ることにした。
様々な露店が軒を連ね、物珍しさであちこちに目を引かれる。
ふと、動物の毛皮を売っている露店の隣に魔法石を売っている露店があることに気付き、並べられた魔法石を眺めると、モンテ皇国でも手に入る魔法石のほかに、見たことのない魔法石があった。どうやらこの地方で採掘される魔法石の原料となる宝石が、モンテ皇国で採掘されているものと異なるようであった。
クロキが一点一点つぶさに眺めていると、
「あっ……」
という声が横から聞こえたため、そちらを振り向いた。
「あっ」
クロキも全く同じ反応をした。
クロキの横には、露店の毛皮を手に取って見ていたシャールークが立っていた。
オルシェの村で遭遇したときとは服装は違うが、浅黒い顔に入った入れ墨。見間違えるはずがない。
「貴様っ」
クロキは背中の刀を握り、抜く構えを見せると、シャールークは手の平をクロキに向け、待て、という仕草をした。
「おぉい、落ち着けぃ。何もしやしねぇよぉ」
「なに? 貴様なぜここにいる?」
クロキは構えを崩さない。シャールークがおかしな動きをすれば直ぐに刀を抜くつもりであった。
「なぜってかぁ、そんなの決まってんだろぅが、ここは俺の故郷だぁ」
「なに?」
直前と同じ返しをしてしまうほど、クロキは混乱していた。
シャールークがアーミル王国の国民であるということは、シャールークはアーミル王国の兵士であり、オルシェの村の襲撃はアーミル王国の画策であったのか。
わずか数秒の間にクロキは頭を巡らせていた。
「はっはぁ、安心しろぅ、俺はアーミル王国政府とは何の関係もねぇ、フリーの傭兵だよぉ」
クロキの考えを読み取ったようにシャールークは笑って否定した。そして、クロキは何故かシャールークのその言葉を信じ、構えを解いた。
「オルシェの襲撃も、雇われてのことだったと?」
「いかにもぉ……おぉっと、雇用主と依頼内容は言えないぜぇ。無法な仕事にも信用はあるんでなぁ。それがなくなると切られちまぅ」
「なるほど」
クロキが口元に手を当て、上目遣いでシャールークを見る。
「まだ、雇用は継続中か」
「!?」
どこで気付いた、とシャールークは思ったが、そのシャールークの一瞬の反応によってクロキが確信に至ってしまったことに気付いた。
これで、クロキがシャールークを捕らえない理由がなくなった。
クロキが再び背中の刀に手を近づけようとしたとき、
「よお、『禽獣』、奇遇だな」
と、丸い腹の巨漢がシャールークに声を掛けた。
「よぉ……『強欲』のハミルトンじゃねぇかぁ」
シャールークは嫌そうな顔で返事をした。
クロキは、何事もなかったかのようにゆっくりと手を刀から離す。
ハミルトンの服装、大きな腹で前は閉まっていないが、その白い軍服の意匠はジャックの軍服と酷似していた。
シャールークは、クロキとの即発を回避できたことに安どすると同時に、メソジック帝国軍の軍服を着て街を歩いているハミルトンに激しい苛立ちを覚えた。
「『禽獣』、誰かと話していたみたいだが、知り合いか? 邪魔して悪かったな、ゲハハハ」
ハミルトンは蛙の鳴き声のような笑い声を上げた。
シャールークが振り向くと、そこにはもうクロキの姿はなかった。
「ふん、お前のせいでなぁ、面倒なことになりそうだぁ」
「ゲヘ、ゲヘ……? 面倒?」
「まぁ、ここの担当はお前だからなぁ、せいぜい頑張れぇ」
「あん、どういうことだよ、おいっ」
呼び止めるハミルトンを無視してシャールークはその場から立ち去った。
クロキは宿に戻ると、ルースとカオリにたった今あった出来事を報告した。
この街にジャックと同じ軍服を着た男――メソジック帝国軍の者がいたこと。そして、オルシェの村を襲撃した賊のリーダーが、その男とつながっていること。
「ならば、メソジック帝国軍の動向にも注意を払わなければなりませんね」
カオリがルースに進言する。
寝起きのルースは至極面倒くさそうな表情をした。
「嫌だねえ、何事も起きないでほしいけど。とりあえず、ギブソン殿の部屋の前には一晩中護衛を置くようにしようか」