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護衛部隊編成

「ああ、良く来てくれたね、楽にしてくれたまえ、今日君たちに来てもらったのは、一つ話があってね」


 カイゼルが執務室でクロキとヒースに向かって神妙な面持ちで言った。


「何でしょうか?」


 ヒースが聞くと、脇に控える事務官のマシューが一歩前に出て説明を始めた。


「まず、話に先立ってここ最近の情勢から説明いたします」


 クロキとヒースがマシューに注目する。


「数日前、メソジック帝国においてクーデターがあった模様です」


 クロキとヒースは驚きを隠せなかった。


 マシューによると、モンテ皇国内の都市ファビンカムを占拠したメソジック帝国軍に潜入している者からの情報で、メソジック帝国の宰相エイドリアンが同国の首都において軍を率いてクーデターを起こし、メソジックの皇帝を暗殺して自らを首相と名乗り、権力を握ったという。


 これだけの大事件でありながら、クロキとヒースは知らなかった。もちろん街でもそのような噂は一切耳にしない。

 あまりにも不自然に、これだけの大事件が公になっていないのだ。

 カイゼルとしても潜入させた兵からの情報しかない状況であり、詳細が不明であることから大っぴらにはできないでいた。


 そして、カイゼルが気になっている点は、副宰相カミムラの動向が見えないことであった。

 アトリス共和国との会談で見たカミムラは不気味なほど穏やかで、そして、得体が知れなかった。その男が、このクーデターにかかわっていないはずがない。カイゼルはそう直感しており、カミムラの動向を探る必要があると考えていた。そのため、カイゼルは周辺諸国を含めて、様々なルートで情報の収集をしていた。


「そこで、君たちに話とは、アーミル王国に行く使節団に同行してもらいたいのだ」


 アーミル王国――モンテ皇国から東、大陸の中央の南の端にある国である。

 アーミル王国は、モンテ皇国で常飲されている紅茶の茶葉の九割以上を生産している国であり、そのほかにも様々な食料や宝石などをモンテ皇国は輸入していた。


 その一方で、アーミル王国はメソジック帝国と友好関係にあった。

 モンテ皇国が使節を送る目的は、表向きはアーミル王国との貿易に関する協議であったが、その裏ではメソジック帝国とアーミル王国の関係などを探ることを目的としていた。


「しかし、なぜ我々なんですか?」


 ヒースが聞いた。


「ヒースくんは、前から大陸南部の調査をしたいと言っていたね。滞在はわずか10日程度だが、良い機会かと」

「あ、ありがとうございます」


 ヒースが目を輝かせ、深々と頭を下げた。


「そして、クロキくんは、護衛部隊からの推薦があってね」

「推薦、ですか?」





 カイゼルの執務室を出て城の大手門に向かって歩いていると、テオが走ってきてクロキの肩を掴んだ。


「お、おい、聞いたぞ、お前、アーミル王国に行くんだってな。しかも、ルースさんが指名したって。一体何やらかした!」

「ルース……?」


 クロキは少し考えて、「ああ……」と思い出した。

 ルース、そうだ、闘技場で戦ったクロスボウ使いだ。そう言えば現役の騎士と紹介されていたか。


「そ、それが、どうかしたんですか?」

「それがって……あの人はなぁ、色んな意味でとんでもない人だぞ」


 ルースは、かつて騎士団の一部隊を任されたこともある男だが、素行不良のため分限処分となり平の騎士となったと言われており、最近では借金で首が回らなくなり、裏社会の連中ともつるんでいると噂されている。

 今回のアーミル王国の使節団の派遣に当たっては、現在、各方面への部隊の派遣により隊長クラスの人材が不足しているということで、臨時でルースが護衛部隊の隊長を拝命したという。


「そんな人がお前を推薦って、何かあったに違いない」


 テオはいたって真剣であった。


「はっはっは、テオくん、言ってくれるねぇ」


 テオがぎょっとして振り向くと廊下の角からルースが現れた。

 相変わらず飄々とした掴みどころのない男、とクロキは思った。


「い、いえ……いや、正直なところどうなんですか」

「大した意味はないよ。噂に聞く異邦人くんの実力ならば、適任だろうと思っただけさ、ねっ」


 ルースがウインクをしながらクロキの肩を叩いた。あいさつのほかに闘技場のことは伏せておけ、という無言の威圧も含んでいるようだ。

 ムスティアでのメソジック帝国との戦い以降、クロキの評判が一般の騎士や貴族の間で良くないことをテオは知っていた。そのため、なおのこと今の発言は引っ掛かり、テオはルースの思惑が気になって仕方がなかった。


 ヒースがこっそりと、


「実力の程はどうなんですか?」


 と、ルースの人となりについてテオに聞いた。


「ずば抜けているよ、一度は若くして隊長になったくらいだからね。同じアーチャーとして尊敬もしている。でも騎士としては正直、ね……」


 テオは言葉を濁しながら複雑な表情を浮かべていた。


「じゃあ、出発は明後日の明け5つ(午前9時ころ)だから。よろしく~」


 そう言って、ルースは後ろ向きに手を振りながら去っていった。


「まあ、指名されたからにはじたばたしても仕方がないな。今回は外務大臣の護衛部隊だから、クロキの知らない連中ばかりで大変だと思うが、頑張れよ」

「うん? それは、どういうことですか?」


 クロキが気になって聞いた。


 今回は、あくまでもアーミル王国との貿易に関する協議ということで、所管は外務大臣となる。そして、現職の外務大臣ギブソンは、どこの派閥にも属せず、カイゼルとも距離を置いていた。その影響は騎士の編成にも及び、外務大臣ギブソンは自身の周りからカイゼル派の騎士を意図的に排除していた。


 つまり、今回のアーミル王国に向かう護衛部隊には、カイゼル派であるテオやイゴールは参加できない。

 しかし、外務大臣ギブソンは私兵を持っていないことから、軍に護衛部隊の編成を依頼せざるを得ず、軍としても適当な者がいないため、「元」隊長であるルースにお鉢が回ってきたという次第であった。


「だから、ギブソン様にしてみれば、クロキが部隊に加わることには忸怩たる思いがあるはずだ。だが、ようやく見つかった隊長のルースの推薦だからな、拒否するわけにもいかなかったんだろう」

「やっぱり政治って面倒くさいな……」


 クロキは大きくため息をついた。

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