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試合開始!

「やられた……」


 クロキは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたが、ドゥエンは飄々としていた。


「確かにやられましたねぇ、でも……」


 ドゥエンは静かに笑う。


「問題ないでしょう」





 ビップ席でマーゴットは高らかに笑っていた。


 それもその筈、この試合をハンディキャップ戦にした途端、賭け金総額が三倍になったのだ。もちろんオッズは、武装するハイド兄弟が圧倒的に有利。


「これ良いねぇ、今後の参考にしようか」

「試合中に奪った対戦相手の武器まで使用を禁止するのは、場合によっては盛り上がりに水を差すことになるので、あくまでも自分の武器の持ち込み及び使用の禁止に限定しました」

「よく考えたじゃないか。……さて、じゃあ、お手並み拝見といきましょうか」


 マーゴットは手に持ったグラスから酒を一口飲むと闘技場に視線を向けた。





「兄貴、こんな不公平な試合、やりにくいな……」


 ハイド兄弟の弟が兄に怪訝な顔を向けた。


「相手のことなんて考えるんじゃねえ、楽に3,500ランテ稼げると思え」


 闘技者は、闘技者として登録し、1か月に所定の数の試合をこなせば衣食住医が保証された上で、幾分かの報酬が毎月支給される。さらに試合で勝利すれば賭け金総額の3パーセントが特別報酬として支給されることとなっていた。

 この試合の賭け金総額から計算すると特別報酬は3,500ランテ(約11万5千円)となる。


「ほら、構えろ、始まるぞ」


 ハイド兄が弟を促す。兄弟は同じ長さの剣を構えた。


「では、試合開始!」


 レフェリーが試合開始を宣言した。

 ハイド兄弟がクロキとドゥエンに向かって走り出す。

 走る速度はなかなかの速さで、正中線を維持し、バランス感覚も優れている。その動きからしても、闘技者の階級全五階級のうち、二級に属しているだけはある。


 ハイド兄弟も観客も、クロキとドゥエンが勝つことなど微塵も考えていなかった。

 ハイド兄弟を相手に、どこの馬の骨とも分からない人間が素手で勝てるなど有り得ない、そう思っていたのだ。

 観客たちが望むのは、一方的にいたぶられるクロキとドゥエンの姿。会場内に観客たちの邪な歓声が響きわたる。


 しかし、直ぐに会場全体が静寂に包まれた。


 観客たちが見下ろすは、クロキの足元に横たわるハイド兄と、ドゥエンに胸を踏まれながら気を失うハイド弟の姿。

 勝負はあまりにも一瞬であった。

 クロキはハイド兄の上段斬りをかわすと同時に、ハイド兄の顎に掌底を入れて瞬く間に気絶させ、ドゥエンはハイド弟の突きをかわすと、ハイド弟の顔面にハイキックを決めた。

 ハイド兄弟は鎧を身に着けていたが、クロキもドゥエンもその隙間を見事についたのだ。





「は、はは、まさかハイド兄弟を一撃とはね……こりゃ掘り出し物じゃないかい」


 マーゴットが身を乗り出しながら、目を輝かせる。そして、脇に控える手下を見た。


「予定通りいくよ、今日のメインイベントだ」





 間を置いて、堰を切ったように歓声が響き渡る。新たな闘技場のヒーローが誕生する予感を観客たちは感じ取っていた。

 観客席から、次々とコインや花が投げ込まれる。


「おや、この国で手に入るとは」


 ドゥエンは観客席から投げ込まれた一輪の椿の花を拾い上げた。


「花が好きなんですか?」


 クロキが聞くと、ドゥエンははにかみながら答えた。


「はは……この花は特別です。私の国では簡単に手に入るのですが、大陸に西側ではあまり見かけなくって……」


 そう言うと、ドゥエンはさらしに椿の茎を差した。


 突然、会場のボルテージが一段と上がった。

 観客の視線は会場内の大きな掲示板に集まっている。

 掲示板にはクロキとドゥエンの次の対戦相手が掲示されており、どうやらクロキとドゥエンはこのまま次の試合に進むようだ。


「何ですかね? まあ、さっきの相手はあまりに呆気なかったんで、今度はもう少し手ごたえがあるといいですが」


 ドゥエンはそう言いながら腕を伸ばし、ストレッチを始めた。


「ハワード・ホーク……ルース・ルーサー……」


 クロキが掲示を読み上げる。


「相手の名前のようですね」


 ドゥエンが対戦相手の出てくる通路に顔を向けた。


「どうやら来たみたいですよ」


 通路の奥から二人の男が闘技場へと歩いてくる。


 前を歩くのは、顔に大きな傷をたたえ、無精ひげを生やした40歳くらいの男。体格は大きく、傷だらけの年季が入ったフルプレートに身を包んでいる。

 この男――ハワードは、クロキとドゥエンを目の当たりにしても、少し垂れた眉を崩さず、表情が読めない。


 後ろから歩いてきた男――ルースは、年は30歳後半くらいであろうか。ツーブロックで短めの茶色い髪を左側に流し、よく整えられた短めの顎髭。軽装の鎧を身にまとい、腰には剣とともにクロスボウを下げていた。

 常に笑ったような口元で、軽薄そうな見た目だが、クロキとドゥエンを品定めしてい様子は、いかにも手練れという雰囲気であった。


 オッズが表示される。先ほどのクロキとドゥエンの試合があってなお、オッズはハワードとルースに極端に偏っていた。


「次の試合は、引き続きドゥエン、クロキ組と、そして皆さまご存知、本闘技場一級闘技者にして、現チャンピオンのハワード・ホーク! そして、騎士団には内緒だ、現役騎士にして同じく一級闘技者、ルース・ルーサー!」


 アナウンスに合わせてルースは観客席に向かって手を挙げた。


「ハワードさんよ、まさかあんたとタッグを組むとはなぁ。あんたもよく受けたね」


 ルースは手を上げながらハワードを見ずに言った。


「俺にも事情ってあってな……貴様こそ、なぜだ?」

「俺かい? マーゴット氏が報酬をはずむって言うからさ。本業のおかげで誰かと組むのも苦手じゃないしね」


 そして、ルースはクロキとドゥエンを見る。


「ドゥエンとかいう東洋人は良く知らないが、あの異邦人は無魔力者(ノマド)で、ムスティアの戦いでは、早々に敵にやられて戦線離脱した役立たずと聞いた。けど、さっきの試合を見る限りは、なかなか……」


 ドゥエンもまたハワードとルースを見て、楽しそうな顔をしていた。


「今度の相手はなかなか楽しめそうですね。そう思いません? クロキさ……あれ?」


 先ほどまで隣にいたクロキがいない。

 ドゥエンが周りを見回すと、クロキはクロキとドゥエンが出てきた通路の出口で係の手下に何かを抗議している。


「おい、次は武器を持たせてくれ。次の試合前までハンデ戦にする必要はないだろう」





「姐さん、賭け金額とオッズ出ました」


 手下がマーゴットに紙を手渡した。そこには、前の試合の六倍以上の賭け金額が書かれており、マーゴットは満面の笑みを浮かべる。


「見込み以上だね。この一戦で8万ランテの儲けだよ。それにしてもあいつは何してるんだい」


 マーゴットは闘技場の片隅で何やら揉めているクロキに目を落とす。


「何でも、次は武器を持たせろとごねているみたいです」

「はぁ、つまんない奴だねぇ、いいから早く始めちまいな」


 マーゴットが手を振った。

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