伝説の英雄
年齢は70歳くらいであろうか、顔に刻まれた深いしわの中に狼のような鋭い目があった。
「あの……失礼します。俺はクロキと言います。あなたは、ジョルジュさんですか?」
その男はクロキをジロっと見ると立ち上がった。
大きい。クロキよりも15センチほど背が高く、クロキは見上げる恰好となった。
「いかにも、儂がジョルジュだ。お前がテイラーの言っていた異邦人だな」
そう言うと、「ふむ」と呟きながらジョルジュはクロキの全身を眺め、突然、手にした鉈でクロキに斬りかかってきた。
クロキは驚きながらも鉈をかわし、ジョルジュの鉈を握った手を払う。
ジョルジュはそのまま反対の手で、地面に刺さっていた斧を取ると、斧でクロキに斬りかかってきた。
クロキが距離を取って斧をかわすと、ジョルジュは流れるように鉈をクロキに投げつけたが、クロキは身体を動かすことなく、頭を傾けて鉈をかわした。
ジョルジュはしばらく鉈を投げた体勢のままクロキを見ていたが、不意に身体を起こすと顎で小屋を指した。
「茶でも淹れようか」
ジョルジュは、カップに紅茶を淹れるとテーブルに置いた。
「テイラーから儂のことは聞いているか」
「はい、ジョルジュさんはこの国の英雄であると」
ジョルジュは鼻で笑った。
「ふん、儂はただの英雄の仲間さ」
ジョルジュは、50年前、この世界に召喚されてきた異邦人リュウイチロウと出会い、パーティーを組み、世界中を冒険していた。
そして、パーティーを組んで10年が経ち、リュウイチロウのパーティーはモンテ皇国随一と呼ばれるようになったころ、はるか北の国ヴィラムが大陸全土を征服すべく各地に侵攻を開始した。
ヴィラムが大陸の半分をその手に収め、次はガーマン共和国を征服すべく南下を始めたため、モンテ皇国はガーマン共和国を防衛ラインとして、ガーマン共和国と連合してヴィラムに対することとした。
そのとき、リュウイチロウのパーティーは最前線に配属され、ヴィラムとの激しい戦いを繰り広げた。
ヴィラムとの戦争は4年にわたったが、最後はリュウイチロウを中心とした攻撃部隊がヴィラムの首都を攻略し、長きにわたる戦いに終止符が打たれたのであった。
この功績により、リュウイチロウとそのパーティーは稀代の英雄として語り継がれることとなった。
「リュウイチロウは、儂の知る限り最も強い男だった。あいつが何度も言っていたが、あいつは帝国陸軍という軍隊に所属していたらしいが、ガダルカナルとかという島での作戦中に爆発に巻き込まれ、気付くとこの世界にいたらしい」
ガダルカナル島の戦いといえば、1940年から終戦までの間の出来事だったか。詳しいことは覚えていないが、クロキのいた時代から80年近く前。リュウイチロウは50年前に召喚されてきたとのことで時間が合わないが、カミムラの例もあり、このようなことは珍しくもないのだろう。
「リュウイチロウは魔法や戦闘のセンスもずば抜けていたが。もともと軍隊にいただけあって、個人の戦闘能力だけでなく、戦術にも長け、部隊を指揮するのも上手かった」
ジョルジュは懐かしそうに語る。
「今、そのリュウイチロウという方は?」
クロキが聞くとジョルジュは首を振った。
20年前、リュウイチロウのパーティーは解散し、英雄リュウイチロウは旅に出たままモンテ皇国に戻ってきていないという。
ジョルジュは、パーティーの解散後、一時モンテ皇国の剣術指南役を担ったりもしたが、10年前に引退し、それ以来この森で生活をしていた。
「テイラーの婆さんもパーティーのメンバーだった。もう五年も前に死んじまったがな。テイラーやリタとはそういう縁だ。後な、宮廷魔術師のクラウズ、あいつもだ。あいつとはよくケンカしたな……」
クラウズ――クロキは、召喚された直後に自分の魔力の素質を測った高齢の男を思い出した。
ジョルジュは昔を思い出しながら楽しそうに笑っていたが、息を整えると、再び鋭い目つきでクロキを見た。
「強くなりたいんだってな」
「ええ、どうしても勝たなくてはならない相手がいます」
「テイラーからざっと聞いているが……」
クロキもまた鋭い目でジョルジュを見る。
「さっきの動き、リュウイチロウに引けを取らなかった。とすると、俺がお前に教えてやれることは、一つだ」
「教えていただけるのですか?」
「ふん、テイラーの頼みだからな。無下にもできまい」
ジョルジュはクロキを連れ、小屋から10分ほど歩いた所にある大木の根元に来た。
ここは森の中でも少し開けており、足元は木々の根で覆いつくされている。
「まずは、じっくり見ていろ」
ジョルジュは持って来た大剣を肩に担いで一本の木に向かって歩いて行くと、その場で横に一回転して、地面に叩きつけるように剣を振るった。
すると、大きな音ともに木は斜めに真っ二つになって倒れた。
「ブレイム・ロック。俺のスキルだ」
ジョルジュは再び大剣を肩に担ぎ、クロキを振り向いた。
ロックの名をつけているように、その気になれば大きな岩石でも真っ二つにできる威力があるスキルだ。
「どうだ? スキルをゆっくりと見たのは初めてだろう」
言われたとおり、これまでクロキは戦闘の中でしかスキルを見たことがなかった。
体捌き、力の流れ、そういうものを見ていたとは思うが、それらを思い返し、咀嚼する暇はなかった。それは、スキルを習得できるとも、習得しようとも思っていないかったためであった。
「剣の威力が増しました。そして、その斬撃の伸び方、その点は魔法と相違ないように見えますね」
「ふむ……」
ジョルジュは、今度は大剣を構えた。そして――
「エンチャント・エア」
と唱えると、大剣を白い大気が覆った。そして、その状態の大剣を別の木に向かって振るうと、その木もまた斜めに真っ二つとなった。
「そして、これが魔法だ」
スキルと魔法を両方使いこなすことができるとは、英雄と呼ばれる男の実力を垣間見てクロキは息を飲んだ。
そして同時に、同じ効果をもたらす魔法とスキルを連続で目の当たりにし、一つのことが頭に浮かんだ。
「もしかして、魔法とスキルは、どこか根本で共通している部分があるのでは?」
ジョルジュはよくぞ気付いたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「そうだ、魔法もスキルも魔素を使う点では同じだ。この点を理解することがスキル習得への第一歩となる」