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東の国から来た男

 ヒースの家に向かって、ネロスの街をクロキは歩いていた。

 テイラーと別れてからもしばらく丘の上で考えていたが、やはり、最善と思われる方法は思いつかなかった。

 消極的な方法だが、とにかく今はスラッシュ・リッパーの攻撃範囲外からジャックを攻撃することを考えるしかないのだろうか。


 そう考えながら歩いていると肉屋の軒先に皮を剥いだ大振りのウサギ肉が吊るしてあるのが目に入った。ヒースにも心配を掛けたから、何か美味しいものでも買っていくか、とクロキが考えていると、肉屋の向かいのカフェで大きな音がして、テラス席のテーブルがクロキの前に投げ飛ばされてきた。


 テラス席を見ると、数人の男が、椅子に座った男を取り囲んでいる。

 椅子に座った男はこの辺では見ない恰好をしていた。濃紺色の裾の長いコートのような見た目、袖は手首の少し上で折り返し、白い裏地が見えている。まるでクロキいた世界の中国清朝時代の長袍のようであった。

 周りの野次馬の話を総合すると、カフェの女性店員に悪絡みをしていたチンピラたちに長袍の男が水を掛けたという。そして、チンピラたちは長袍の男に落とし前をつけようとしているらしいが――

 取り囲むチンピラたちが長袍の男の胸ぐらを掴むと、長袍の男はその腕を捻り、チンピラを投げ飛ばしてしまった。


 長袍の男を取り囲むチンピラたちが騒然とする。

 余裕の顔で周囲を見回す長袍の男をチンピラたちがにらみつけていると、騒ぎを聞きつけたチンピラの仲間と思われるガラの悪い連中が続々と集まってきて、カフェの周りの野次馬を追い払おうと暴れ始めた。

 男たちは、周囲の野次馬を蹴り、武器を振り回していたが、一人の男が振り回す鉄の棒が、クロキの眼の前にいた子どもに鉄の棒が当たりそうになった。

 しかし、男は気付いていない。

 クロキは子どもと男の間に入ると、男の手に近い部分で鉄の棒を受け止めた。

 男は突然鉄の棒が動かなくなっため、不思議な顔で振り向くと、クロキが鉄の棒を受け止めていることに気が付き、


「おら、何してんだ、ケンカ売ってんのか」


 とクロキを睨みつけた。


「悪いがケンカの取り扱いはしていないんでね、別の所で買ってくれないか」

「あん? なめてんじゃねえぞ!」


 男は鉄の棒をクロキに向かって振り上げる。

 刀はジャックに折られ修理中。病院から出たばかりでガントレットやブーツもなく、クロキは丸腰であった。


「まあ、殺してしまう心配はないと考えるべきか」


 クロキは、チンピラの胸ぐらと右腕を掴むと素早く懐に入り、背負い投げをした。ただし、少しタイミングをずらし、頭から落ちるように。


 ゴスッ


 チンピラは頭から地面に叩きつけられ、気を失った。


 クロキが顔を上げると、長袍の男がクロキの目の前でチンピラの拳を受け止め、そのチンピラの身体に連打を撃ち込み、最後に蹴り飛ばした。


「どうも、私はドゥエンと言います。あなたは?」


 長袍の男――ドゥエンはクロキに自己紹介をしてきたので、クロキもドゥエンに正面を向いて挨拶をした。


「俺はクロキです。よろしく」

「クロキ、こちらこそよろしく」


 2人は握手を交わしながら、向かって来るチンピラたちを次々に倒していく。

 そして、チンピラの数が半分ほどになると、残りのチンピラたちは逃げて行った。


 ドゥエンは服に着いた汚れを払うと、カフェの店員に一礼をしてからクロキに声を掛けた。


「いやー、すいませんね、なんか巻き込んじゃったみたいで」


 クロキは助けた子どもに手を振るとドゥエンを向いた。


「気にしないでください。大したことじゃないです」

「ははは、善哉善哉。良い動きでした。つかぬことを聞きますが、もしやあなたは異邦人では?」


 クロキは驚いた。


「なぜそう思ったのですか?」

「いや、さっきの投げ技、昔会った異邦人が使っていたジュードーにそっくりだったもので」

「へぇ、柔道を知っているんですか」


 ドゥエン――いや、この世界の人が、自分の世界のことを知っていたことがクロキは何故か嬉しかった。


「お見込みのとおり、俺は2か月ちょっと前にこの世界に召喚されてきました。そういうあなたの動きもまるで俺の世界の中国拳法のようでしたが」


 ドゥエンは目を輝かせた。


「おお、分かりますか、これは嬉しい。私の拳は、私の師が昔出会った詠春拳という武術の使い手の動きをベースに編み出したものです」


 どおりで、とクロキは思った。

 ドゥエンが言うには、ドゥエンが使う武術は魔導拳という武術で、魔法と拳法を組み合わせた武術であるという。


「私の夢は、この魔導拳こそが世界最強の武術であるということを証明したいと考えています。クロキの世界は魔法がないせいか、この世界よりも武術が発達しています。ジュードー、カラテ、ボクシング、レスリング……これまで色んな武術の使い手と戦いました。今までで一番苦戦した相手は、システマという武術を使う軍人の方でしたが、今のところ、この世界の武術だけではなく、クロキの世界の武術も含めて、魔導拳に勝てる武術はありませんでした」


 ドゥエンはクロキの胸を軽く拳で突いた。


「クロキの動きはジュードーやカラテに似ていましたが、違うものでした。身体の調子が良いときにぜひ立ち会いたい」


 確かに、クロキは、1週間病院のベッドで寝ていたため身体がなまっていた。さっきのケンカだけでそれを見抜くドゥエンはただ者でない。


 ドゥエンは大陸の東の果てにある国の出身で、武者修行の旅をしているという。

 1週間ほどネロスに滞在する予定とのことで、再び会うことを約束してクロキはドゥエンと別れた。


 ヒースの家に帰るとヒースだけでなく、ゴードンもダイニングテーブルでコーヒーを飲みながらクロキが帰って来るのを待っていたため、その晩はクロキが肉屋で買った大きなウサギ肉をオーブンで焼き、3人でかぶりついた。





 2日後。

 クロキは、再びネロスの街の北西の丘に登った。今日の目的は丘の上ではなく、さらにその上の森の中にあった。


 森の中を進むと一軒の小屋が現れる。蔓が小屋を覆い、苔も生え、外見は古めかしかったが、よく見れば丈夫そうな作りだ。


 玄関の戸を叩いたが何の反応もない。

 玄関の横の窓を覗いてみると、ソファとテーブルが見え、テーブルの上には花瓶に花が活けてあった。


 ふと、何かを叩く音が森に響き渡る。その音は家の裏手から響いていた。

 クロキが家の裏手に回ると、長い白髪を後ろで一つに結んだ男が、切り株に腰を掛けて薪を割っている。男は小屋に背を向けており、顔は良く見えない。クロキにも気付いていない様子だ。

 クロキがゆっくりと近づいていくと、男の手が止まり、クロキの方を振り向いた。

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