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敗北の後

 モンテ皇国の首都ネロス。


 ネロス城のすぐ横、道を挟んだところに国立病院が建っており、その国立病院にヒースは入って行くのが見える。

 ムスティア城での帝国軍との戦いの翌日、クロキはこの病院に搬送され、既に一週間入院していた。


 この世界では、ある程度の怪我や不調はヒールで回復することができるため、世界的に見ても入院病床は少なかった。モンテ皇国全体でみても入院病床は五百程度しかなく、国で一番大きなこのネロス国立病院でも病床数は百程度であった。

 入院するのはクロキのようなヒールによって治療しきれない、又は治療できない患者や、ヒールを使ったが目を覚まさない患者、そのほか、高齢のためヒールで一気に回復することが困難な患者などであった。


 クロキは入院した後もしばらく目を覚まさず、目を覚ましたのは一昨日のことで、ヒースがクロキと話すことができたのはつい昨日であった。

 昨日はムスティア城の戦いの顛末と、テオやゴードンが心配していたことなどをクロキに話して帰り、そして今日は、再度検査をして問題がなければ退院できるとのことで、ヒースは病院まで迎えに来たのであった。


 ヒースが病室に入り、


「クロキさん、おはようございます」


 と、クロキのベッドを囲むカーテンを開けると、ベッドはもぬけの殻となっていた。

 ヒースが茫然としていると、向かいのベッドに寝ていたおじいさんがヒースの様子に気付き、


「そこのお兄さんなら、さっき着替えて出て行ったぞ」


 とヒースに教えてくれた。


 オロオロとするヒースの後から、ゴードンが病室に入ってきたので、


「あ……ゴードンさん、クロキさんがまたどこかに行ってしまいました……」


 と、ヒースは泣きそうな顔をして、ゴードンを見た。


「まさか、ジャックとかいう人に負けたのがショックで……」


 ヒースは一人で青ざめていたが、

 ゴードンは、「まあまあ」とヒースに落ち着くよう促した。


「多分大丈夫だと思いますよ。カルロスさんが言ってました」





「詳しい事情は知らないが、あのときの会話を聞いたところ、あいつの目的はカミムラとかいう奴なんだろう。だったら斬り裂き魔に負けたこと自体は大した話ではない。問題は、カミムラの前に斬り裂き魔を倒す必要があるということだ」


 昨日ゴードンが、クロキが目を覚ましたことをテオに知らせに行ったときのこと。ゴードンもまたヒースと同じように、クロキがまたどこかに行ってしまうのではないかと心配していたが、たまたまテオと一緒にいたカルロスが呟いていた。


「たぶん今頃は、斬り裂き魔をどうやって倒すか、ってことで頭がいっぱいだろうな」


 カルロスは興味がないような顔をして独り言のように呟いていたが、ゴードンは、自分とテオの話をカルロスがしっかり聞いていたことがなんだかおかしかった。





 首都ネロスの北西の外れにある小高い丘の上。


 街区から1キロメートルほど離れており、周りに人の気配はない。

 季節は色葉舞う季節の三の月に入り、背後の森の木々が紅や黄色に染まり、足元もまた絨毯が敷かれたように鮮やかに染まっている。

 穏やかな日差しが降り注いでいるが、冬の気配が近づいており、肌寒い風が頬を伝う。


 その丘の上にクロキは立って、街を見ていた。上着のポケットに手を入れ、髪や肩には紅葉が乗ったまま、じっと街を見ていた。


 だが、クロキは街を見ていたわけではない。

 頭の中では、ジャックの動きを何度も反芻していた。

 スラッシュ・リッパーを攻略しなければジャックを倒すこと、引いてはカミムラを殺すことは能わない。


 一度見た技。

 反応することはできるだろう。だが、致命傷を避けることができるかどうかは分からない。

 クロキは、有効な対処法を見出せずにいた。


 ふと、足元に転がる丸い物体に気付く。それを拾い上げると、それは洋梨であった。


「ごめんなさ~い。それ落としちゃったんです」


 背後の森はクロキの立っている所からは少し高くなっていた。その森から頭巾を被った、黒っぽいスカート姿の女が走ってくる。

 クロキは、その女に向かって歩いて行き、手に持った洋梨を差し出した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。ん、あれ?」


 女が頭巾を取ると、長い黒髪が現れた。


「クロキじゃない、こんなところで何してんのよ」


 見知らぬ女に名前を呼ばれ怪訝な顔をするクロキであったが、それに気づいた女は、手に持った籠から黒縁の眼鏡を取り出して顔に掛けた。


「私よ私、眼鏡がないと分からなかった?」


 女はテイラーであった。眼鏡をかけていないテイラーと会うのは初めてであったため、クロキは言われるまで気付かなかった。


「あんた退院したのね、じゃあ、はい、これ」


 テイラーが洋梨をクロキに手渡した。


「うん?」

「この森で採ったやつよ。それ持ってお見舞いに行こうと思ってたんだけど、手間が省けたわ」

「手間って……、まあ、とりあえず礼は言っておく」

「ほらほら、食べな、これはピアルスっていう果物で、今が一番熟してて美味しいのよ」


 そう言うとテイラーはピアルス――洋梨に皮のままかぶりついた。

 美味しそうに洋梨を頬張るテイラーを見て、大丈夫そうだと確認し、クロキも洋梨を食べようと服の袖で表面を拭いた。


「あら、あんたも拭くのね。カオリもいつも同じことしてる」


 カオリ――クロキは直接会ってはいないが、昨日ヒースから聞いたもう一人のモンテ皇国の異邦人。


「先生!」

「あら、噂をすれば」


 一人の女が丘を駆け上がってくる。黒いショートヘアーで、あまり目つきは良くない。

 その女はカオリであった。


「先生、カイゼル様が……って、え?」


 テイラーがカオリに洋梨を投げると、カオリはお手玉をしながらも何とか洋梨をキャッチした。


「ほら、カオリも食べな~」


 テイラーがニヤニヤしながら、自分の洋梨にかぶりつくと、カオリは、袖で洋梨の表面を拭き、慎ましく洋梨を齧った。


「ほら、ね、ね、でしょ?」


 嬉しそうに、テイラーはクロキの袖を引っ張った。


「え、え? ちょっ、何ですか? ねぇ、何ですか?」


 困惑するカオリを見て、テイラーは楽しそうに笑っている。


「いやね、クロキといい、カオリといい、召喚されてきた人は、皮ごと果物を食べるときに、表面を拭くんだなあ、って」

「そんな面白い話ですか? これ」


 カオリが不満そうに顔を膨らませた。


「あ、そうそう、カオリ、この人、クロキ。会うの初めてでしょ」


 突然、話題を変え、テイラーはカオリにクロキの紹介をした。

 テイラーのことを何とも掴みどころのない女だなとクロキが思っていると、カオリは髪の毛を手でさっと整え、クロキに向かって挨拶をした。


「あなたがクロキさんですか。お噂はかねがね聞いています。同郷ということで今後ともどうぞよろしくお願いします」

「あ、ああ、よろしく……」


 堅物と言うか真面目と言うか、シンジとはまた違うタイプでクロキは少し戸惑った。

 カオリはそれを察したように、


「あ、シンジみたいなガキとは一緒にしないでください。こう見えても私二十三なんで。バリバリ成人しています」

「そうなんだよね~カオリって小さいもんね~身長いくつだっけ?」

「はい、五エック(約一メートル五十五センチ)です。」


 自信満々に言うカオリの頭のつむじをテイラーが指で突いた。


「あ~、初対面の男の人の前だからってサバ読んだな。本当は四エック九マイス(約一メートル五十二センチ)でしょ~」


 カオリは、恥ずかしそうな表情で頬を膨らませた。


「あー、いや、でも、実力は相当なものなんだろ? ムスティアでの活躍は聞いた。凄いな」


 そう言ってクロキがほほ笑むと、カオリは顔を赤らめて下を向き、

「あ、いや、はい……」と答え、話題を変えるように、


「あ、先生、カイゼル様がお呼びでした。早くお戻りください」


 と言って、逃げるように走って街に戻って行った。


 カオリの後姿を見送るクロキの横顔を見て、テイラーがクロキに話しかける。


「まあ、何に悩んでるかは大体察しはつくけど、その顔はまだ解決策が思いついていないって顔ね」

「ああ……」


 クロキはテイラーの眼を見る。


「あいつは、俺とカミムラとの間にできた高い壁だ。ぶち壊さなくっちゃならない。何度も試せるんならいくらでも試してやるが……」

「う~ん、私の意見を言わせてもらえば、あいつがこの世界の戦い方に対応したんなら、あんたも対応した方が良いんじゃない?」

「このままではダメ、か……」

「ダメとは言わないけどね~、まぁ、あんたにその気があるんならいい人紹介してあげるよ」


 そう言ってテイラーはほほ笑むと、カオリの後を追って街へと戻っていった。

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