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異邦人カオリ

「先生、敵の異邦人は私に任せてください」


 テイラーの隣に立っていた女騎士――カオリが薙刀を手に持ち、一歩前に出ると、


「はいはーい、同郷だからって油断しないようにね~。クロキがやられたってことは、相当だよ」


 と言ってテイラーは一歩引いた。


 カオリは眼を細めながら城壁の上から橋の上を見回した。


「シンジ、何やってんのよ、いつも大口叩いている割にいざというときにドジ踏むんだから」


 モンテ皇国の援軍の到着により、それほどかからずにメソジック帝国軍のこの日の攻城は中止され、撤退の指示が出るであろう。

 ジャックは、撤退までの残された時間でクロキに止めを刺すため、カオリを警戒しつつも、クロキとの距離を詰めようと前を向きなおしたが、いつの間にか周囲に無数の空気の球が浮遊していることに気付く。


「こいつは……ふははっ、お前も召喚されたヤツかっ!」


 ジャックは、大きく笑った。


 カオリもまた3年前にこの世界に召喚されてきた異邦人であり、この世界に来た後は、テイラーに預けられ、テイラーに魔法の教えを受けていた。


 ジャックはその場でツイスト・リッパーを発動させると、周囲の空気の球は爆発することなく全て割れた。


「女ぁ、降りてこいっ、てめぇも切り刻んでやるっ!」


 ジャックが城壁の上のカオリに向かって叫ぶ。


「馬鹿じゃないの、ここからハメ殺すわよ」


 そう言ってカオリがジャックに手を向けると、ジャックの周りに再び空気の球が現れた。


「無駄だっ!」


 ジャックはツイスト・リッパーで空気の球を消し去る。

 しかし、空気の球は次から次へと現れ、ジャックがいくら消し去ろうともきりがない。

 ついにジャックは息を切らし、ツイスト・リッパーを止め、空気の球から逃げるように橋の上を走り回る。

 空気の球はジャックを追いかける。しかし、ジャックもただ逃げ回っているかと思えばそうではなく、隙を見てカルロスに抱きかかえられるクロキに向かって突っ込んでいく。


「甘いわ」


 カオリがそう言うと、ジャックの行く手に壁のように空気の球が生成された。


「しっつけぇなっ!」


 ジャックは一瞬立ち止まって、スラッシュ・リッパーの構えを取った。

 壁と言っても所詮は空気の球。

 爆発する隙さえ与えなければ、障害でも何でもない。

 眼にもとまらぬ速度のスラッシュ・リッパーで突っ切る。


 ジャックを追いかけていた空気の球が追い突く直前で、ジャックは空気の球の壁の向こう側にいるクロキに向かって脚を踏み切った。

 だが、ジャックが踏み切ると同時に、カオリは広げた手を握ると、壁になっていた空気の球が爆発した。


 タイミングが早い。

 誰もがそう思った。しかし、肌に感じる微かな冷気によって気付く。

 空気の球が氷結し、氷の壁となっていた。

 既にスラッシュ・リッパーを発動しているジャックに回避する術はなく、自身の速度によって氷の壁に衝突し、致命傷は免れない。

 しかし、ジャックの超反射神経がそれを許さなかった。

 スラッシュ・リッパーの最大威力を発揮できる位置をクロキに定めていたジャックは、咄嗟に氷の壁に照準を変更し、衝突することなく氷に壁を斬り砕いた。


 舞い散る氷片の中、ジャックは間一髪で危機を脱したことに安どしていると、再び周囲に空気の球が集まってきていることに気付き、ツイスト・リッパーで空気の球を消し去った。

 次々と空気の球が出現し、ジャックは出現した先から切り払い、消し去っていく。加えて、氷の壁が少しずつ崩れ、氷塊がジャックに向かって落下し始めたため、氷塊も同時に排除しなくてはならなくなった。

 ジャックはツイスト・リッパーを連続で発動させて凌ぐが、疲労からスキルのキレが落ちているのか、空気の球の数が徐々に増えてくる。


「そろそろね」


 カオリが指を鳴らすと、空気の球が四方八方から一斉にジャックを襲い、ジャックのツイスト・リッパーに当たると、今度は次々に爆発した。


「うおぉぉぉっ」


 全ての空気の球が爆発し、爆煙が巻き起こり、周囲を包む。


 爆煙が晴れていくと、肩で息をするジャックが浮かび上がった。

 ジャックは頭から流血し、上着は爆発で破れて上半身は裸体となり、ところどころから流血していた。


「く、そが……」


 クロキに刀で打たれた背中の痛みが増している。握力の低下も感じ始めた。


 カオリとは相性が悪い。

 真正面で対峙すれば負ける気はしないが、カオリが高所からジャックを狙い撃つこの状況は、近接攻撃に偏るジャックにとって圧倒的に不利であった。

 再びジャックの周りに空気の球が現れ始めた。

 ジャックはツイスト・リッパーで一度周囲の空気の球を破壊すると、


「ちぃっ……おい、俺は下がるぞ」


 と言ってムスティア城に背を向けて、メソジック帝国軍の本体に向かって歩き始めた。

 ジャックは、部屋で着替えるようにボロボロの上着を脱ぎ捨て、走るわけでもなく、かと言って脚を引きずるでもなく、全身の怪我を感じさせない、まるで街を行くかのように歩く様に、メソジック帝国軍の兵士たちは自然と横に避けてジャックの道を作った。


「クロキ、またな、今度は確実に殺してやる」


 そう言いながらジャックは右手を挙げた。

 ジャックの感触ではクロキが助かるかどうかは五分五分。しかし、ジャックが発した言葉は、思わずこぼれた紛れもないジャックの本音であった。


 ジャックが退却するのを見守っていた兵士であったが、城門を取り囲むメソジック帝国軍から響いてきた大きな爆発音を合図にしたかのように、一斉に退却を始めた。


「勝った、のか……」

「勝ったぞ」


 モンテ皇国軍の兵士から勝鬨の声が上がる。


 テオは直ぐに治療術師を集めるよう指示をした。

 メソジック帝国軍を追い払うことには成功したが、クロキだけでなく、シンジも重傷であった。ティムやイゴールも怪我を負っており、いずれくるメソジック帝国軍の第二波を迎えるためにも負傷者の治療は急務であった。


 クロキの治療に当たっていたアンナは大きく息を吐いて額の汗を拭った。


「取り敢えず血は止めたけど。失血が激しすぎて、これ以上ヒールはできないよ。早く輸血を」


 細胞の動きを活発化させ、もって細胞分裂を促進させることで不調を回復させるヒールを失血しすぎた者に使うと、体中の栄養素が急激に造血に回され、逆に死に至るか、又は正常でない血液が造られる可能性があった。そのため、大量に失血した場合は輸血が最善であった。


 城内へと運ばれるクロキが弱まる鼓動の中で思い浮かんだのは、目の前にあるカミムラの背中を掴もうと手を伸ばすも、カミムラがスルリと手をすり抜け、はるか先に離れていくという光景であった。





 この日、ムスティア城防衛戦は、モンテ皇国軍本隊の先行部隊の到着により、帝国軍を撤退させることができた。


 そして、次の日、モンテ皇国軍の本隊の歩兵部隊が到着、合流し、メソジック帝国軍も第三軍が合流した。両軍の数は五分で、三日三晩戦いは続いたが、カオリと三日目に復活したシンジの活躍により、モンテ皇国軍は辛くも帝国軍をムスティア城から撤退させることができたのであった。


 メソジック帝国軍は、モンテ皇国の南の海への玄関口であるムスティアを落とすことは叶わなかったが、メソジック帝国とモンテ皇国の国境近くにあり、ムスティアまでの道程の途中にあるモンテ皇国領内のファピンカムという小さな砦を占領し、一方的にファピンカムに国境線を引いた。

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