橋上の激闘
「そのまま端まで引っ張れ!」
兵士たちはクロキの指示を合図に橋の欄干までパトリックを引っ張っていく。
さしものパトリックも兵士8人の力に抗うことができず、転倒しないように踏ん張るので精一杯であった。
パトリックが欄干で止まると、クロキの合図で、近くにいた兵士たちが次々にパトリックに組み付き、橋から落とそうと必死に押す。
しかし、腰よりも高い位置にある欄干から落とすにはパトリックを持ち上げなくてはならないが、兵士たちが必死に持ち上げようとしても、腰を深く落としたパトリックはびくともしない。
無駄なあがきとパトリックはほくそ笑んでいたが、クロキの作戦はまだ終わりではなかった。
「アーノルド!」
クロキが叫ぶと、アーノルドがパトリックに向かって大斧を振るう。
剛力によって大きく振り下ろされる大斧。いかな重装であっても潰すことができるであろうが、パトリックの鋼鉄の身体にはせいぜいかすり傷しかつけられないであろう。
それどころか、パトリックが少し身体をよじれば、その身を縛るロープを大斧の攻撃で切断することができる。
パトリックはそう考え、身構えた。
しかし、アーノルドが大斧を振り下ろした所は、パトリックではなく、その背後の欄干。アーノルドの一撃によって欄干が破壊され、パトリックの身体を支える物がなくなり、兵士たちに押され始めた。
そして、ダメ押しでクロキがパトリックの胸元に両足でドロップキックをすると、ついにパトリックは橋から落下し、水堀に落ちていった。
パトリックは、大きな水しぶきが上げて水堀に落ちると、そのまま水中へと沈んでいく。
鋼鉄化したパトリックは水に浮かぶことができない。このままでは窒息する。
パトリックはやむを得ず鋼鉄化を解除し、両腕の盾も、身に着けていたブレストアーマーも脱ぎ捨て、水面に向かって泳いだ。
そして、水面から顔を出し、大きく息を吸い込んだ瞬間――
「今だ!」
クロキの合図とともに、雨のような矢がパトリックに突き刺さり、水面を血で染めた。
強敵を倒し、モンテ皇国の兵士たちの歓声が沸き起る。
しかし、休む間はない。
「エア・エクスパンション!」
女の声とともに、パトリックを突き落としたクロキらの集団の中心で、瞬間的に空気が膨張し、集団を吹き飛ばした。
クロキを含め、何人かが橋から落下する。
クロキはワイヤーを橋の欄干に巻き付け、水堀への落下を免れると、ワイヤーを巻き取り橋の上へと戻り、欄干の上から大混戦の橋の上を眺め、今、空気魔法を使った魔術師を探す。
「ウインド・カッター」
声に反応し、クロキが咄嗟に身をひるがえすと、鼻先を風の刃が掠めた。
ウインド・カッターが放たれた方向を見る。
杖を持った女魔術師が見えたため、クロキは腰のホルダーからナイフを複数掴み、剣を交える両軍の兵士たちの隙間を縫って女魔術師に向かって投げつけると、ナイフは女魔術師の肩から腕にかけて命中し、魔術師は杖を手から落とした。
それを見ていたティムは、兵士をかき分け女魔術師に近づき、一刀のもとに魔術師を斬り捨てた。
「アイス・ニードル!」
今度は城門の前にいた男の魔術師が杖を大きく上に上げると、空中に7本の氷柱が形成されていく。
そして、氷柱をモンテ軍に向かって放とうと、魔術師が腕を振るおうとしたとき、ドリルのような竜巻が魔術師を襲い、空中に準備された全ての氷柱を破壊した。
「トルネード・ホーン。全員巻き込みながら穿つぜ」
イゴールが手を捻ると、手の動きに合わせるかの様に竜巻はうねり、周囲の帝国軍兵を巻き込みながら上昇し、そして魔術師に向かって下降する。
魔術師を中心に多くの帝国軍兵が四方八方に吹き飛ばされ、魔術師もまた、鋭い風で全身に裂傷を負いながら空中に吹き飛ばされたが、空を飛んできた別の魔術師に空中でキャッチされた。
空を飛ぶ魔術師は、自身の身長ほどもある大きな盾の上に乗り、空を滑走するように飛び回る。
アイス・ニードルを放とうとした魔術師は、盾の上に同乗しながら杖を構え、魔法を唱えた。
「ウォーター・ウィップ・テイル」
魔術師の杖の先についた青い水晶から水の鞭が形成され、空中から橋の上のモンテ皇国軍を攻撃する。
「火龍砲撃!」
空中を滑走する魔術師に向かって、シンジの乗るサファイヤ色の鱗を持つ龍の口から火球が放たれた。
魔術師は火球をかわす。シンジは次々に火球を放つが、魔術師は巧みに空を滑走してかわしていく。
火球では魔術師を捉えきれないと見るや、シンジは風龍を顕現させて乗り換えると、魔術師を高速で追撃し始めた。
一方、橋の上でも一進一退の攻防が続いていた。
「ピース・アンド・レリース!」
槍を持つメソジック帝国軍の騎士がスキルを発動させると、一突きで目の前のモンテ皇国兵4人を串刺しにし、そしてその状態でもう一突きすると串刺しとなっていた兵士が全員、槍を突いた方向へ吹き飛ばされた。
「距離を取るな、近づけ!」
「背後から狙え!」
モンテ皇国兵が口々に叫びながら槍使いの騎士に向かって行く。しかし、騎士は槍を巧みに操り、左右と背後から来る兵士を捌くと、槍を短く持ち、目の前の至近距離にいる兵士に向かって「ピース・アンド・レリース!」とスキルを発動させた。
槍は騎士の手の中を滑り、目の前の兵士の腹を貫通し、さらにその背後にいた兵士2人を貫いた。そして、先ほどと同じように再び槍を突くと、槍に突き刺さった3人の兵士は前方へ吹き飛ばされた。
クロキが背後から槍の騎士に斬りかかる。騎士は槍の石突をクロキに向かって突き、柄で薙ぎ払った。
クロキは騎士の攻撃をバックステップでかわしたが、騎士はクロキを追撃し、連続で槍を突く。クロキはさらにかわしながら後ろへと下がっていくが、周囲を気にし、一旦立ち止まった。
槍の騎士はその一瞬を見逃さず、すかさずスキルを発動しようと構えた。しかし、突如として白い球が視界に入る。
それは鶏の卵。
クロキが投げた卵は騎士の顔面に当たると、騎士の顔は卵の中に入っていた粉にまみれ、その刺激で目を開けることができなくなり、騎士の突いた槍はクロキには命中せず、味方のメソジック帝国兵を貫いた。
「ああっ、くそっ」
目を抑えながらやみくもに槍を振り回す騎士を、クロキは背後から刀で斬り捨てる。
そして、クロキが前方を見ると、シンジと空中戦をしていた盾で空中を滑空する魔術師と水の鞭を操る魔術師が、ついにシンジの龍の攻撃を受け、橋の上に墜落し、動かなくなった。
さあ次は――クロキが城門の方を見ると、兵士の群れを吹き飛ばしながら進軍してくる者がいる。
敵味方関係なく何人もの兵士がクロキの横を掠め、クロキの背後に飛んでいく。
彼らは全て急所を斬られており、動脈を切断された者から噴き出る血飛沫がクロキの顔に掛かった。