開戦、鋼鉄の男の進撃
クロキがゴードンとともに城に戻ると、待ち構えていたようにテオが現れ、ゴードンを正座させて説教を始めた。
アンナはゴードンとアーノルドの治療をして魔力を使ったため、メソジック帝国軍がムスティア城に攻め入るまでに少しでも魔力を回復しようと仮眠所に行き、アーノルドは腹ごしらえをするため食堂へと行った。
リタはテオに説教をされるゴードンのことを心配して近くの椅子に座って様子を見始めたので、クロキはカルロスとともに城の衛兵の詰所に行き、ラウロとマルチェロとの戦闘で使ったそれぞれの武器の点検と修理をすることとした。
クロキが詰所で武器の点検をしている間にも、メソジック帝国の状況が兵士の間で飛び交い、城中の緊張が高まっていっているのをクロキは感じた。
そして、時刻は陽下四つ(午後二時頃)。
太陽が輝いていたコバルトブルーの空を覆い隠すように重く暗い雲が立ち込め、今にも雨が降り出しそうな空となった。
そして、その空の下に蠢くメソジック帝国の大群約一万八千に、徐々に包囲されていくムスティア城。
ムスティア城を守備するモンテ皇国軍は、ルームデューク城にいた歩兵も到着した上で、空気系魔法で本隊の騎士をムスティア城まで輸送し続けていたが、それでも三千である。
モンテ皇国軍本隊は、馬車によって全速力でムスティア城に向かっていたが、それも到着まで後二刻はかかる見込みであった。
「この戦力で迎え撃つ。何としても本隊到着までムスティア城を死守するぞ!」
ニコラス将軍が各部隊長に檄を飛ばす。
最も敵の攻撃が集中することが予想される正門のある北側の守備に、シンジを中心とした部隊を配備し、その部隊にはテオ、イゴール、ティム、カルロス、ゴードンとその仲間、そしてクロキが配属されていた。
陽下四つ半(午後二時半頃)、ついにメソジック帝国軍の包囲が完成する。
しばし両陣営は対峙し、そして、メソジック帝国軍から号砲が鳴り響くと、城への攻撃が始まった。
メソジック帝国軍の兵士が声を上げて城門に詰め寄り、木と鉄でできた扉をこじ開けようと、丸太を持って突撃する。
それと同時にメソジック帝国軍は、城壁の周りを囲む水堀を渡るため、巨大な梯子を城門に掛け、その梯子を兵士が登っていく。
それらの攻め入る兵士たちを、モンテ皇国軍の兵士が城壁の上から弓矢で狙い撃ち、魔術師が魔法を放ち攻撃する。それに対抗するようにメソジック帝国軍も弓矢と魔法を放ち、あちこちで攻撃の応酬が始まった。
メソジック帝国軍が城門をこじ開けるのに手間取っていると、メソジック帝国軍の部隊長らしき騎士が戦列から離れ、城門に向かって歩いてくる。
モンテ皇国軍の兵士がその男――パトリックに弓矢を放つ。しかし、弓矢は固い金属に当たったかのように跳ね返された。
「俺の魔法アイアム・アイアンの前に、モンテのへなちょこ攻撃なんぞ効かんわ」
パトリックは、身体を鋼鉄化する固有魔法を使う騎士であった。
モンテ皇国軍の兵士がパトリックに斬りかかり、弓矢を放つが、パトリックは攻撃をものともせずに城門に向かって歩いて来る
動きは鈍重であるが、全ての物理攻撃を跳ね返す。敵の騎士の中で際立って厄介で脅威である。
パトリックは矢の雨の中を、正に雨の中を歩くように門扉の前に到着すると、扉の頑丈さを確かめるように鋼鉄の拳で二度軽く扉を叩き、そして、大きく腕を振り被った。
「エルセ・インパクト!」
大地が揺れるほどの衝撃とともにパトリックの拳が門扉に激突する。
エルセ・インパクト――土系上級魔法で、大地を震わすほどの衝撃を与える魔法を真正面から受けて扉はきしみ、扉の裏の閂がメリメリという音を立てる。
パトリックは手に伝わる衝撃に満足したようにニヤリと笑うと、横に避けて、腕を上げ合図をした。
後ろに控え、突撃のタイミングを待っていた兵士たちが、今まで最大の速度で丸太を扉にぶち当てた。
メリメリメリ……
閂が折れ、ギギギ……という音とともに門扉がゆっくりと開く。
その先には、さらに大きな橋がメソジック帝国軍の前に続いていた。
南側を海に面しているムスティア城は、城壁の外側と内側に海水を引き入れて水堀としており、城に到達するには、さらに内側の水堀を渡る必要があり、そのためには城壁の門から城に続く幅約二十メートルの石の橋を渡らなければならなかった。
メソジック帝国軍はパトリックが開けた門から城壁の中になだれ込み、城に向かって橋の上を走り始める。
橋の上では隊列を組んだモンテ皇国軍が備えており、メソジック帝国軍を迎え撃った。
その中にはクロキ、ゴードンらの姿もある。
そして、城壁の上から弓矢や魔法がメソジック帝国軍を攻撃し、橋の上で一網打尽にする。
しかし、パトリックはその激しい攻撃の中、悠々と城に向かって橋を渡り始めた。
モンテ皇国軍の兵士がパトリックに斬りかかるが、パトリックの腕で振り払われ、水堀に転落していく。
現状最大の脅威と判断した部隊長の指示で、魔術師たちがパトリックに魔法攻撃を集中させた。
水系魔法、空気系魔法、土系魔法、全てパトリックに直撃するが、全く効果がない。
魔術師たちに混じってリタもまた城壁の上で杖を構え、ファイヤー・ボムを唱えると、大きな火球がパトリックに向かっていく。
しかし、パトリックは両腕に装備した盾で火球を防いだ。
鋼鉄の体に効果があるのは火系魔法のみ。弱い火力であれば大したダメージはないが、上級魔法であれば、生身で魔法を受けるのとほとんど変わらないほどのダメージがある。
そのため、パトリックは火系魔法対策として、火系魔法に耐性のある水系の属性を持つ魔鋼製の盾を常に装備しており、リタの火球はその盾に防がれたのだ。
「その程度の炎で俺を倒せるものかよ。さあ、遠慮はするな。どんどん撃って来い」
パトリックの歩みは止まらない。
笑いながら、水堀に架かる橋をまるで街を歩くかのように悠々と歩く。
一向に止めることのできないパトリックを目の当たりしたクロキは、走りながらカルロスに指示を出した。
カルロスは無言で頷くとロープを操り、ちょうどロープの中間辺りでパトリックを縛った。鋼鉄化によって鈍重となっているパトリックをロープで捕らえるのはかるろすにとっては造作もないこと。
しかし――
「ふん、これでどうしようというのだ。こんなもの、俺にとっては蜘蛛の糸と同じ。縛りつけられるものかよ!」
そう言いながら、パトリックはロープをものともせず歩き続け、カルロスは逆に引っ張られてしまう。
鋼鉄化は、細胞組織を鋼鉄のように固くするのではない。正に鋼鉄となるものであった。
よって、パトリックの質量は鋼鉄化前と比べて数倍となっており、人一人程度でパトリックを拘束することは困難であった。
だが――
「そこの一部隊、手の空いている奴、来い!」
クロキは近くにいた兵士たちに声をかけると、パトリックに巻きついたロープの両端を兵士たちに握らせた。