我が騎士道
「アーノルド!」
ゴードンが叫ぶと同時に、リタが離れた所にいるラウロに向かってファイアー・ボムを放つ構えを見せた。
しかし、ラウロが剣を握る腕とは反対の腕を宙に突き出すと、腕の先が消え、今度はリタの目の前に腕が出現し、その手でリタの首を強く握った。
リタは呼吸ができず、ラウロの手を首から引き離そうとしたが、リタの細腕ではラウロの手を引き離すことができない。
「放せっ」
アンナがナイフでリタの首を絞めるラウロの手を突き刺したため、ラウロは思わず手を引っ込めた。
「アンナ、アーノルドを!」
ゴードンはアンナにアーノルドの治療を指示しつつ、ラウロが治療を邪魔するのを防ぐため、ラウロに向かって走り出した。
ラウロに向かって走るゴードンを見て、マルチェロがスキル発動の構えをする。
「僕を忘れないではしいな」
そして、マルチェロはゴードンに向かって斬撃を飛ばす。
ゴードンは走りながら振り向き、飛んでくる斬撃をクレイモアで受け止め、その衝撃でバランスを崩しながらもラウロに向かって走り続けた。
「お前、うぜえよ」
ラウロはそう言うと、右ひざを上げ、地面を踏みつけるように思い切り脚を降ろした。
すると、ラウロの脚の膝の下から先が消え、脚の先はゴードンの頭上に出現し、ゴードンを踏みつけた。
地面に倒れたゴードンは、ラウロの身体から離れたラウロの脚に頭を踏みつけにされながら、ようやくラウロの魔法の正体に気付いた。
「別の場所に出現させている……空間をつないでいるのか」
ラウロは歯並びの悪い歯を見せてニヤリと笑った。
「ご明察」
ラウロの固有魔法ザ・ゲイトウェイは、離れた空間をつなげる穴を創り出す魔法だ。
つなげられる場所の距離や、創り出す穴の最大幅は不明だが、自身の身体の近くにアンナやアーノルドの傍につながる穴を創り出し、その穴を通じて攻撃を行っている。
「よく気付いたな、だからどうした、俺のザ・ゲイトウェイは知られたからって弱くなるもんじゃねえんだよ」
ラウロの脚がゴードンの上から離れた。
ゴードンは直ぐに身体を起こし、ラウロに向かって行こうとしたが、間を置かず、再びラウロの脚がゴードンを踏みつけた。
ラウロは高らかに笑いながら、離れた位置から何度も何度もゴードンを踏みつける。
「はっはっは、奪え、燃やせ、蹂躙しろ!」
ラウロの声に呼応するように、メソジック帝国軍の兵士たちもときの声を上げ、近くの家々に火をつけ、略奪を始める。
治療半ばのアーノルドとアンナが兵士たちを止めようとするが、勢いに乗った兵士たちを全員抑えることはできない。
マルチェロは少し距離を置いて、呆れた顔でラウロと兵士たちを眺めていたが、ふと、ゴードンが頭から血を流しながらも目の奥に熱いものを浮かべていることに気付いた。
「止めろ……」
「あん……?」
小さな、小さなゴードンの呟きにラウロが反応する。
「止めろ!」
ゴードンはラウロの脚を両手で掴むと、ラウロの脚を持ち上げながら立ち上がった。
思わぬゴードンの力に、ラウロはバランスを崩し、思わず宙に開けた穴から脚を抜いた。
まだそんな力が残っていたのか。
ラウロはそう思いつつ、ゴードンごときに少し慌てさせられたことに無性に腹が立った。
「お前、今、なんつった?」
ラウロが歯ぎしりをしながらゴードンをねめつける。
ゴードンはラウロから視線を逸らさず、真っすぐとラウロを見て言った。
「あなたには、騎士としての矜持はないのか」
ラウロは、突然の質問に一瞬間を置いて答えた。
「はぁ? なに甘っちょろいこと言ってんだ」
「力なき村人を襲い、奪う……それは騎士の行いではない」
ゴードンは澄んだ瞳に静かな怒りを湛え、良く通る声でラウロに向かって言った。
ラウロはなぜか無性に苛立った。
「知るか、お前の騎士道とやらを俺に押し付けんじゃねえ、これが俺だ、俺のやり方だ!」
ゴードンはクレイモアを掲げ、その切っ先をラウロに向けた。
「私の剣は、弱き民を救うためにある、それが私の騎士道だ。悪辣非道な輩は、私が成敗する!」
「弱え癖に……でかい口叩くな!」
ラウロの歯ぎしりがひと際大きくなったかと思うと、口からパキッ、という音が響き、額に血管が浮き出る。
メソジック帝国軍の兵士と戦っていたアーノルドやアンナ、リタも、状況は悪化しているにもかかわらず、ゴードンの啖呵を目の当たりにして吹っ切れた表情となり、一層の力を込めて周囲の兵士と戦い始めた。
その様子を見ていたマルチェロは満面の笑みを浮かべる。
このような正義に溢れた男がまだいたのか。
久しく見たことがなかったが、こんなところで出会えるとは。
マルチェロもまた、激しく高揚した。
「絶対に、ぶっ殺す!」
ラウロがそう叫び、ザ・ゲイトウェイで空間を開き、ゴードンに攻撃をしようとしたとき、左方向から数本のナイフが飛んできた。
ラウロはすかさずナイフの射線上前に穴を開けると、出口となる穴をゴードンの前に開け、ナイフがゴードンに向かうよう仕向けた。
ゴードンは鎧でナイフを受け、ナイフが放たれた方向を見る。
しかし、その方向には誰もいない。
だが、ゴードンには誰の仕業か直ぐに見当がついた。
「ラウロさん、これは……」
マルチェロがラウロに警戒を促す。
姿を現さない敵。敵の姿が見えない中では、ラウロのザ・ゲイトウェイも、マルチェロのスキルもむやみに放つことができない。
「それならこれだ、ストーム!」
ラウロが魔法を唱えると、周囲に突風が発生し、地面の砂が巻き上がり、辺りは砂ぼこりに包まれた。
見えない敵もラウロを視認しづらくなり、もしも透明になるなど姿を隠す魔法を使っているのなら、砂ぼこりで位置を見つけることができる。
完璧な対応だとラウロは思っていた。
しかし、一向に敵は攻撃を仕掛けてこない。
それどころか、風が止み、砂埃が治まると、ラウロの視界に入って来たのは、カルロスがその端を握るロープに縛られたメソジック帝国の兵士たちであった。
「うお……お……」
「ラウロさん、危ない!」
茫然とするラウロを庇うようにマルチェロが剣を抜いて、振り下ろされた刀を防いだ。
刀の主はクロキ。ゴードンの予想どおりであった。
クロキは、刀を受け止めるマルチェロを邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばす。
そして、バランスを崩したマルチェロの片腕にカルロスが投げたロープが絡みついた。
「ゴードン、かっこよかったぜ、あんだけ良いこと言ったんだ、まだやれるよな」
クロキがゴードンに向かって言うと、ゴードンは大きく、
「はい!」
と答え、マルチェロに向かっていった。