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強襲作戦

 クロキは腕を組みながら城壁の上に立ち、メソジック帝国軍の蠢く東の平野を眺めていた。


 風は西から東へと流れている。


 サンダ・ピールでの戦いで「爪」のリーダー、ビリーに破壊された左腕のガントレットの代わりに左腕に巻いている黒い包帯の先が風でなびいていた。


 気が付くとゴードンとその仲間たちがクロキの後ろに立っていた。

 アーノルド、アンナ、リタら三人は騎士でも軍属の兵士でもないが、ゴードンについていくため志願し、軍に加わっている。


「ゴードンを一人にしておくのは不安なんでな」


 昨晩、クロキがアーノルドに聞いたときはそう言って笑っていたが、それだけではないことをクロキは判っていた。


「ニコラス将軍は、モンテ軍の本隊が合流するまではひたすら籠城する作戦のようですが、敵がまだ先行部隊だけのうちに一定程度の損害を与えておくのもありだと私は思います」


 ゴードンはクロキの隣に立ち、東の平原を見ながら呟いた。


「俺は戦略とかいうものには疎いが、脅威となる敵の魔術師をピンポイントで狙って減らすのなら、後続の軍と合流される前の今の方が容易そうではある」

「はい、こちらにはシンジさんがいるので、シンジさんを中心に攻撃部隊を編成すれば、いけるかと」


 ただの冒険者かと思えば、ゴードンは意外と軍隊のことも理解しているようだ。


「ゴードン様、それ、いただきです」


 いつの間にか後ろに立っていたテオが会話に割って入る。


「ニコラス将軍に進言してきますね」


 有益な話であれば、誰の意見でも直ぐに取り入れる。竹を割ったような性格のテオらしい行動である。

 ニコラス将軍のもとへ向かおうとするテオにゴードンが叫んだ。


「私も攻撃部隊に加わります」


 テオは立ち止まり、困った顔を浮かべる。


「最前線は危険です。ゴードン様はここで守備に回ってください」

「私だって一端の騎士だ。いつまでも子ども扱いをしないでほしい」

「ゴードン様……」


 危険と言ったのがまずかったとテオは後悔した。

 だが、ゴードンは直ぐに語気を弱め、


「いや、すまない、テオも父上からきっと色々言われてますよね」


 とテオに謝った。


 テオは申し訳なさそうな顔でゴードンに頭を下げると、その場を後にした。


「カイゼル様は、ゴードンが軍に加わるのをあまり良く思っていないのか?」


 クロキが聞くと、ゴードンは視線をそらしながら複雑そうな表情を浮かべた。


「その辺は良く分からないです。騎士として名を挙げてほしいという気持ちはきっとあると思います。でも同時に、私が魔法を使えないため、戦いに出るのをひどく心配しているというのもあると思います」


 ゴードンの一族は代々皆魔法が使える一族であった。

 カイゼルもゴードンの母も、もちろんゴードンの兄と姉も魔法を使える。だが、なぜかゴードンだけが魔法の素養がなかった。


 カイゼルは決して無魔力者(ノマド)を差別するような人間ではなかったが、国の重要な役職を代々担ってきた魔法を使える一族に誕生した、落ちこぼれともいうべき無魔力者(ノマド)のゴードンに対しては、無意識のうちに兄や姉とは違う扱いをしており、ゴードンは幼いときからそれを肌で感じていた。


 そのため、成長するにつれゴードンはあまり家に寄り付かなくなった。

 カイゼルもそのことを咎めはしなかったが、そのせいでゴードンはますます家族と疎遠になった。


 ゴードンは自分が魔法を使えないことに嘆き、落ち込んだりもしたが、街に出て市民と接し、アーノルドやアンナ、リタとともに行動するようになって、魔法が使えないということだけで劣等感を抱くことが馬鹿らしくなり、魔法が使えない自分だからできることを見つけようと心に決めたのだった。


「私は総務大臣カイゼルの息子には相応しくないのかも知れません。ですが、私は冒険者ゴードンであり、モンテ皇国の騎士ゴードンでもあり、そして今ここにいます」


 ゴードンは強い視線を東の空へと向けた。





 メソジック帝国軍の先行部隊は、ムスティア城に向けて進軍を続けながら、ムスティア城を攻める体制を整えていた。


 ムスティア城の南側は海に面しているため、メソジック帝国軍はムスティア城の南側を除いた三つの門を攻めることとし、進行方向の正面に見える東門と、その右手側にある正門である北門に戦力を割く作戦であった。


 攻めると言ってもモンテ皇国の本隊が到着するより早く、今日中に第二軍が合流するため、第二軍の到着までは帝国軍への被害は最小に、ただし、ムスティア守備軍を休ませることのないような攻撃をする予定としていた。


 そんな先行部隊の前方に配置された兵士の一人が、西の空を見上げて立ち止まった。

 そのこと気付いた別の兵士が、どうしたのか、と聞くと、その兵士は無言で西の空を指さした。

 その方向を見ると、緑色の何かがうねりながら空を泳いでいる。


 それはエメラルドグリーンの鱗を持つ一体の龍。

 その背にはシンジが立って、帝国軍を見下ろしていた。


 シンジが帝国軍に向かって右手を向ける。


龍神(りゅうじん)(おろし)!」


 シンジが乗る風龍が口を大きく開けると、周囲の空気が音を立てながら口の中に吸い込まれる。

 そして、ピタッと息を止めると、鱗を震わせながら咆哮した。

 巨大な風の塊とともに猛烈な突風が帝国軍を襲う。


 メソジック帝国軍の前方が吹き飛ばされ、戦列が大いに乱れた。

 後方の隊列に位置する兵士らも、吹き飛ばされてきた前方の兵士たちが邪魔し、身動きが取れなくなる。


 龍の放つ突風に乗るように、モンテ皇国軍が次々と帝国軍の前に現れ、隊列から外れた兵士たちを襲っていく。

 その中には、クロキ、そして、ティムの姿もあった。


 クロキは、近くで戦うティムを見ながら、出撃前のやり取りを思い出していた。





「よう、久しぶりだな」


 クロキが出撃の準備を終え、強襲部隊の集合場所で待機していると不意に声を掛けられた。

 クロキが声の方を向くと、いつの間にかティムが近くまで来ていた。


「お前、ティムだったか、久しぶりだな」


 クロキも同じように返した。

 ティムと会うのは、召喚されて直ぐ、ネロス城で剣を交えた以来であった。


 ティムはクロキを足元から頭まで見ると、「へぇ」とつぶやき、


「俺も腕を磨いた。あのときと同じと思うなよ」


 と、腰に刺した剣の柄を軽く叩いた。


 確かに、ほんの2か月程度だがティムの雰囲気は変わっていた。後から聞いたが、ティムはこの2か月暇をもらい、ひたすら剣とスキルの腕を磨いていたのだ。


「俺は、お前に勝ちたい。次に会ったときはへこませてやろうと思っていたが、それはまた今度だ」


 クロキは、ふっ、と笑った。


「それじゃあ、この戦いでは協力するってことでいいな」

「あぁ? そこまでは言ってねぇだろ。誰が協力するかよ。俺とお前はあくまでもライ……じゃない、敵だ」


 ティムは慌てたようにクロキの発言を否定した。

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