古代神話
「ほぉ、あの方が副宰相のカミムラ氏ですか。私はお会いするのは初めてでして」
アトリス共和国内務大臣オリバーが、カミムラを見ながらカイゼルに話しかける。
「ええ、私も去年一度お会いしただけですが、召喚前はカガクシャなるものであったとか。召喚前の世界の技術をこの世界に転用する研究をしているとか」
「それはそれは……私も国防を司る身として友好を深めておくべきですかな」
そう言うと、オリバーはカミムラのもとまで歩いて行き、にこやかに握手を求めた。
「わたくし、アトリス共和国内務大臣のオリバーと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
カミムラはためらうことなくオリバーの手を握る。
「これはこれは、ご丁寧に、私はメソジックにて副宰相を賜っているカミムラです。そんなかしこまらずに、もっと楽にいきましょう、楽に」
そう言いながらカミムラはオリバーの肩をポンポンと叩いた。
「わたくし、本国にて国防大臣も兼任しておりまして、いずれ軍事技術についても意見の交換できれば幸いです」
「なるほど、そうですか、私も他国の軍隊に興味があるので、ぜひやりましょう」
オリバーとカミムラの会話を聞きながら、定型句のような社交辞令だなとカイゼルは心の中で笑っていた。軍事帝国であるメソジック帝国が、そうやすやすと自らの独自技術をさらけ出すわけがない。
その後、会談自体はつつがなく進行し、特に揉めることもなくカイゼルが示した補償額をオリバーが受け入れて終了した。
会談が終了し、オリバーらアトリス共和国の一行と、カミムラらメソジック帝国の一行が帰路に着いた後、カイゼルらも首都ネロスへと帰ることとした。
しかし、テオとヒースが慌てた様子で、中庭で何やら話し込んでいる。
どうやら、クロキの姿が見当たらないらしい。城中を捜索したが、結局クロキの荷物すら見つけることができなかったという。
テイラーは中庭のベンチに座りながら、テオとヒースの様子を見ていたが、思わず、
「あいつ、カミムラを追いかけてメソジックに行ったんじゃ……」
と呟いた。
事情を知らないテオが困惑した様子であったので、ヒースが会談前の騒動について説明すると、テオは難しい顔をした。
「こんな形でお別れするなんて、僕は残念です」
悲しげな顔でヒースが呟いたが、それはテオも、また、ともにした時間は短いがテイラーも一緒であった。
「それなら大丈夫でしょう、近いうちに戻ってきますよ」
旅支度を終えたカイゼルが中庭に出てきて、重い空気を打ち消すように三人に向かって言った。
「メソジック帝国内で要人を一人で暗殺しようなんて、神でも不可能です。彼ならばメソジックの首都を見ればすぐに悟って諦めるでしょう。しばらくすれば帰ってきますよ」
カイゼルはさして心配した様子もなく、そのまま城門に向かって歩いて行った。
いずれにしろ、サンド・ピール城にとどまっているわけにもいかないため、首都ネロスに帰るしかない。
ヒースはカイゼルの言葉に少し安どしつつも、ネロスに戻ったらきっとゴードンが遊びに来るに違いないため、今度はゴードンへの説明に頭を悩ませ始めた。
メソジック帝国との会談が終わって2週間が過ぎた頃、ヒースはカイゼルに呼び出された。
所属不明の一団に襲撃されたオルシェの村の調査が完了し、カイゼルの執務室で調査報告が行われることとなったのだが、学者としてヒースにも同席が求められたのだ。
オルシェの村を襲った連中はその後再び姿を現すことはなく、調査はスムーズに行うことができたようだが、最終的に調査範囲が広範囲に及んだため、二週間かかってしまったという。
ヒースが、カイゼルの執務室のドアをノックをし、室内へ入ると、テオとシンジのほか、何人かの役人がソファに腰を掛けていた。
「やあ、よく来てくれたね。まだクロキは帰ってこないのかい?」
大きなデスク越しに、カイゼルがヒースに声を掛ける。
「ええ、まだ何の音さたもありません」
ヒースが申し訳なさげに頭を下げた。
「全く、俺によく考えて行動しろと言ったくせに、自分は無茶するんだもんな」
シンジもクロキのことは聞いていたらしく、口をとがらせて、愚痴をこぼした。
「ええと、ヒース殿で全員ですね。では、皆さんお集りになったので、報告をお願いします」
書記官マシューが場を仕切ると、調査団の団長が大きな木の箱から包みを取り出した。
「まずは、これをご覧ください」
団長がその包みを開くと、それは一枚の石板であった。
「これは、なかなか保存状態が良いですね。欠けた部分もほとんどない」
ヒースが感心し、興味深げに石板嘗め回すように眺めた。
「それで、これが何か?」
カイゼルが団長に聞いた。
「これは、オルシェの村の地下、今から七千年ほど前の地層から発見したものです」
「ふむ、何が書いてあるのか」
「古代文字はまだ未解読の部分があり、はっきりとしたことは言えませんが、断片的に解読できる部分から察するに、街の掟を定めたものと思われます」
「ということは、オルシェの村の地下に古代の街があったということかね」
「はい、街は、オルシェの村から北東の方角に伸びており、オルシェの村のあった辺りに祭祀を司る儀礼を行う建造物が、北東方向に住民の居住地があったようです」
ヒースはふと、オルシェの村が分不相応な結界の張られ方をしていたことを思い出す。もしやオルシェの村の結界は、はるか遠い昔、あの場にあった祭祀場を守るために掛けられていたものが現存しているのではないか。
そして、街があったというオルシェの村の北東というと――
「ファットランドも関係しているのでしょうか」
「それについては調査をする必要がありますが、現在はガーマン共和国領土であるため、調査は困難かと思われます」
「それでは、その古代都市に住んでいたのはどのような人たちなのでしょうか」
「この石板と同じ区画から、ほかにもいくつかの石板が発見されました。その石板に書かれていたのは神話、というか言い伝えのようなもので、そこにはこう書かれています」
団長はその内容を読みあげる。
人間が生まれ長い月日が経ち、人間は授かった知恵の元に街を大きくし、その数を増やしていった。(石板が欠落)アプスの子孫とヴァンフォの子孫は対立し、国を火の海へと変えた。争いは三か月にわたったが、(石板が欠落)のため二つの子孫は和睦し、再び国に平和が訪れた。
しかし、和睦を良しとしない者たちがいた。彼らは国を出た。彼らのうちヴァンフォの子孫は西の大陸へ、アプスの子孫は東の大陸へとわたり、その力をもって大陸の人間に文明を授け支配していった。
神は、神の奴隷としての役目を忘れ互いに争う人間を滅ぼすことにした。神は国に残ったアプスの子孫に(石板が欠落)。
三か月の間、雨が降り続き、世界中を水に沈めてしまった。