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復讐よもう一度

「駄目です。ちょっ、待ってください」

「邪魔をするな」


 ヒースがクロキの腕をつかみ引き留めようとするが、クロキは振り払う。


「ちょっ、あっ、そこのあなた、テイラーさんを呼んできてください。早く!」


 ヒースが近くにいた守備兵に向かって助けを求めるように叫んだ。


 クロキは、自分の部屋に戻ると、昨夜の戦闘で片方だけになったガントレットと、ブーツの状態の確認を始めた。


 一つ一つつぶさに確認し、装着しながら、頭の中では城の間取りとカミムがいるであろうメソジック帝国の控え室、そしてそこまでの守備兵に見つからない移動ルートをシミュレーションする。

 そして、腰のホルダーに納めているガジェットの数を確認して投げナイフを補充し、ゴーグルを手に取ると頭につけながら窓を開けて飛び降りた。


 会談まで後30分。30分が勝負だ。


 カミムラらメソジック帝国の者らは東棟の2階に控室を与えられている。


 クロキはワイヤーを使って城の屋根に上ると、自身のいる西棟から東棟のカミムラの控室と思われる当たりを見渡し、屋根の上を音もなく走り出す。


 クロキは東棟の屋根まで来ると、中庭に面した二階の廊下の窓から城内へと侵入した。


 廊下の窓は西向きで、この時間は廊下に陽の光は入らず薄暗い。


 守備兵が見回りのため東棟に入ってきた。

 メソジック帝国の控室に向かって歩いていく。

 その守備兵の前にメソジック帝国の兵士が立ちふさがり、一言二言かわすと、守備兵は元来た廊下を戻っていった。


 その様子を、クロキは梁と天井の間に張り付きながら眺めていたが、守備兵が見えなくなり、メソジック帝国の兵士が元の配置に戻ろうと振り返ったところに合わせて、その背後に降り立ち、ワイヤーで兵士の首を絞め、気絶させた。


 そして、窓から見えないよう、壁際をゆっくりと歩き、カミムラの控室に近づいていく。


 間もなく控室のドアに手が触れるというところで、クロキは気配を感じ、脚を止めた。

 廊下の奥の影の中を、白い影がクロキに向かって歩いてくる。


「いよぅ、久しぶりだな」


 その歩き方は、ただの兵士のそれではなかった。


 ただ者ではない。だが、覚えがある。


 ブロンドの髪に白い制服、そして腰の両側にダガーナイフをぶら下げた男。


「お前も来ていたのか。ジャック」


 それは、カミムラの腹心――ジャックであった。


 あのときと違うのは、クロキに斬られた左目に眼帯をしていたことだけ。


 既にカミムラで最大級に驚いたクロキに、大きな驚きはなかった。


「憶えていてくれたのか。うれしいねぇ」

「お前もカミムラと一緒に召喚されたのか」

「いや、俺がこの世界に来たのは一年前だ。大変だったんだぜ、カミムラ様を探すのは。くく、どうする、ここでやるか? 俺は構わねえぜ」


 クロキは刀を構えた。

 それを受けてジャックも両手にダガーナイフを構える。


 じりじりと両者は距離を詰めていく。


 中庭の樹の上で鳥が鳴いた。

 そして、鳥が樹から飛び去った瞬間、クロキが後ろ足で地面を蹴った。

 が、直ぐに立ち止まる。

 控室の扉が開いたのだ。


 ゆっくりと扉の陰から人が出てくる。


「おおい、ジャックくん、ちょっと来てくれないかい」


 それは、カミムラであった。


 カミムラはクロキに気付くと、


「おおっと、お客さんかい、どうも失礼したね」


 クロキに向かって微笑みかけた。


「てめぇっ!」


 クロキが反射的にカミムラに斬りかかるが、すぐにジャックが間に割って入り、クロキの刀をダガーナイフで受け止めた。

 カミムラは表情を変えずにその光景を眺める。


「ジャックくん、終わったら私のところに来てくれないか。よろしくね。ああ、後、お友達とは仲良くしなきゃダメだよ」


 そう言ってカミムラは控室に戻ろうとした。


 クロキは咄嗟にゴーグルを上げ、


「カミムラっ、待ちやがれっ! 今度こそ、今度こそ、てめぇを殺してやるっ!」


 と叫んだ。


 クロキの叫びを聞き、カミムラはきょとんとした顔でクロキを見た。


 まさか、こいつ――カミムラは、俺を覚えていないのか。


 カミムラにとってクロキは路傍の石ころ、雑草ほどの価値しかなかったのか。


 クロキの視界がグルグルと回り、次第に眼が紅く充血していく。


「ふ、ざけるなぁっ! 忘れたとは言わせねぇっ! 貴様を、貴様をっ、壊す男を、この俺をっ!」

「私を、壊す……? ん、ああ……そうか」


 壊す、という言葉でカミムラはようやく思い出した。


「そうだ、君だ、あの日、私を、私の計画を壊した、あの。そうか、来てたんだね君も、ここに。ええと、何だったかな、君の名前は。あれから四年も経っているんだ、後生だもう一度教えてくれないか」

「クロキ、クロキだ。もう一度、貴様を殺す男の名だ!」


 その言葉を聞き、カミムラは興奮したように目を見開いた。だが、直ぐに先ほどまでの微笑みの表情に戻る。


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……」


 カミムラの微笑みの中に、退屈な表情が混じった。


「それはもう経験したから、いらない」


 思わずクロキから舌打ちがこぼれる。


「それならなおのことだ、貴様が望まないことを徹底的にやってやる」


 クロキはジャックから距離を取り、構え直す。

 そのとき、一瞬、クロキとジャックの間の空間が光った。

 その違和感にクロキとジャックはいぶかしげな表情で構えを緩め、クロキはゆっくりと光った空間に近寄り手を伸ばした。

 手には温かい感触。窓から射す薄い陽の光の反射で光る透明な壁がそこにはあった。


「なんだ、これは……」


 クロキは透明な壁を殴ったり、蹴ったりしたが、壁はビクともしない。

 ジャックも不思議そうな表情をしており、ジャックの仕業ではないようであった。


「クロキ、ちょっと落ち着きなよ」


 クロキの後ろからテイラーとヒースが走ってきた。

 クロキはテイラーを見て、そして、再び壁を見て理解した。


 以前魔導書で読んだことがある。この光の壁は光系魔法ホワイト・シールドだ。

 光の壁はテイラーが唱えた魔法で、クロキを取り囲むように球体状に張られていた。


「カミムラと何があったかは知らないけどさ、あんたがカミムラを襲ったらあれだよ、メソジックと戦争になるよ」

「そんなことは知ったことか、早く魔法を解けっ!」


 クロキはテイラーに激高した。


「クロキさん止めましょうこんなこと。復讐なんて――」


 意味がない、と言いかけてヒースは止めた。

 クロキとカミムラの間に何があったかヒースは知らない。そして、この世界に無理やり召喚されたときの怒りをヒースは思い出し、復讐を止めろとは軽々しく言うことができなかった。


「俺の生命を掛けてカミムラを殺す。俺の目的はただそれだけだ」

「クロキさん、それは……」


 ヒースが言いかけたところをテイラーが手でさえぎった。


「それはまぁ、クロキの自由だけどさ、でも今はダメ」

「何……?」

「今はさ、色んな人に迷惑が掛かるし、多分、皆止めるから失敗するよ。だからさ、ここは一旦引こうよ」


 テイラーの言うとおりであった。

 騒ぎに気付き、メソジック帝国の兵士が集まって来る。このまま続ければテオや城の守備兵も集まって来るだろう。

 メソジック帝国の人間など何人敵に回そうが構わなかったが、テオやカイゼルを相手に戦いたくはないと思っていることにクロキは気付いた。


 クロキは刀を見つめながら少しの間考えると、


「……確かに、お前の言うとおりだ。このままでは多分失敗する」


 と言って刀を納め、テイラーとヒースに向かって歩き出しながら、背後にいるカミムラに向けて静かに言った。


「だが、カミムラ、貴様は必ず、殺す」


 カミムラにクロキの言葉は聞こえていたであろうが、カミムラは何も言わず、微笑みを浮かべたまま部屋の中へと戻っていった。


「おい、もういいだろう、早く魔法を解除しろ」

「はぁ? いやだよ。解除したらまた直ぐ暴走しそうだもん。とりあえず会談が終わるまではこのままね」

「おい、嘘だろ、この魔法って、どんな物も通さない、それこそ空気も通さないんじゃないのか?」

「ちっ、よく知ってるわね」


 そんなやり取りをしながら立ち去っていくクロキらを見ながら、ジャックはダガーナイフを腰に納める。

 事態に気付き集まったメソジック帝国の兵士の一人がジャックに聞いた。


「本当に見逃してよろしいので?」

「良いさ、あいつがモンテにいるなら、近いうちまた会うことになる」


 ジャックは楽しそうに笑った。

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