塔上の決着
いつのまにか城の周囲に靄が掛かっており、霧の中に身体から虹のような光を放つ黒い巨人が立っていた。
「光系上級魔法ザ・グローリー。さぁ、もう一撃!」
巨人の近くの塔の上でテイラーが手を突き出すと、巨人は手刀を空中の刺客に向けて振り下ろした。
手刀はその下の建物を破壊し、地面を切り裂くと、大きく舞い上がる砂ぼこりとともに、巨人は消えていった。
刺客のリーダーは巨人の手刀が振り下ろされる直前で、手に握るチェーンの端で仲間を捕らえ、反対側のチェーンの端を屋根の上の石飾りに絡ませると、チェーンを鉄棒に縮ませて一気に屋根の上まで移動し、巨人の攻撃を回避していた。
しかし、高威力の魔法をかわし、一息ついたのも束の間、猛スピードで飛んできたクロキの右足が刺客の手下の下腹部に突き刺さり、手下を吹っ飛ばす。
手下の脚にはいつの間にかクロキのワイヤーが絡みついており、クロキはそのワイヤーを利用して文字通り飛んできたのだ。
クロキは着地しながら、腰のホルダーから右手でナイフを取り出し、刺客のリーダー顔に向かって投げると、刺客のリーダーは鉄棒を剣に変化させ、顔に向かってくるナイフを咄嗟に防いだ。
しかし、剣に当たるナイフの感触とは別に、右手に強い痛みを感じた。
手の甲には深々と突き刺さるナイフ。
クロキは右手で投げた一投目のナイフから時間差で、ナイフをもう一本左手で投げていた。顔の前で一投目のナイフを弾いた刺客のリーダーは、その二投目に気付かなかったのだ。
着地し、身構えるクロキの背後から刺客の手下が口から吐しゃ物をまき散らしながらクロキに斬りかかる。だが、手下のナイフはクロキに届かなかった。クロキにナイフが到達する前に、手下の身体はテオの放った矢に真横から貫かれ、絶命した。
テオから見て、刺客の手下は城の塔の陰となっていたが、一瞬見えた手下の姿から動きを予測し、スキツ「ペネトレイト」で矢を放ち、塔を貫通させて命中させたのであった。
一人となった刺客のリーダーは左手の剣をクロキに向けながら、右手に刺さったナイフの柄で仮面を少しずらすと、露になった口でそのナイフを抜いた。
「異世界の暗殺者よ……名は、なんという……」
刺客のリーダーが低くくぐもった声でクロキの名を問うた。
「クロキだ、貴様は?」
「我の名はビリー……また、いつか会おう……」
そう言って、ビリーは撤退のため後ずさりを始めた。
しかし、
「ビリーか、覚えておこう。だが、俺の名前は覚えなくて良い。どうせ無駄になる」
とクロキは言った。
クロキの言葉の意味を理解しかね、ビリーは立ち止まる。
「どういう……っ!」
ビリーが血を噴いた。
「これは……」
ビリーはぐるぐると回る視界で足元に落ちたクロキのナイフを見た。
考えられるのはただ一つ、ナイフの柄に毒が塗ってあったのだ。
「く、くく……み、ごと……」
ビリーが倒れるのを待たず、クロキの刀がビリーの身体を右肩から袈裟斬りにする。
クロキは刀を振って刃についた血を振り落としながら振り返ると、血を噴き出しながら倒れるビリーを背にして、刀を鞘に納めた。
夜が明けて、アトリス共和国の書記官の元をテオとマシューが訪ね、ライオネルが本日の会談に欠席する旨と、昨夜発生した地震により、建物の老朽化していた部分が倒壊したことを伝えた。
「地が震えるほどの轟音でしたが、皆さまはお気づきになられなかったのですか?」
マシューがアトリス共和国の書記官に聞いた。
口調は穏やかだが、目は笑っていない。仲の良かったライオネルを殺された怒りを押し込めていた。
「爪」は、アトリス共和国の暗殺者集団であることは周知の事実である。だが、「爪」は黒衣の仮面の集団であるということしか知られていない。
「爪」がその身に着ける物に、「爪」である証はおろか、アトリス共和国の者であることを示すものはない。つまり、昨晩ライオネルを殺した者が、「爪」であるということ、オリバーたちアトリス共和国の手の者であるということを証明するものはなかった。
ならばせめて、こちらが胆の座っていることを示すとともに、オリバーたちの持っている情報をかく乱させる。
昨晩の「爪」のうち、テイラーの魔法によって感電した者だけが死んでいなかった。
「爪」のリーダー、ビリーを倒した後、クロキらは「爪」の死体を一か所に集めようとしたが、感電した者の姿だけがいくら探しても見当たらなかった。
当然、その者はオリバーたちに報告をしているであろう。ライオネルの殺害に成功したが、残りの者は殺害できず、返り討ちに遭った、と。
だから、あえてライオネルは生きていると言う。
この場でアトリス共和国の書記官を殺してやりたいという気持ちを抑えて、マシューは対峙していた。
「昨晩の地震ですか。もちろん目が覚めましたよ。ですが、皆さまが対応されているのを見て、邪魔になってはよくないと思いまして、皆部屋でじっとしておりました」
抜け抜けとよく言う。
「そうですか。北側の棟は危険ですので近づかないようお願いします。では、また後ほど」
テオはさりげなく、アトリス共和国の者が「爪」の遺体を集めた場所に近づかないようけん制し、立ち去った。
「まさかビリーがいながら失敗するとは思っていませんでした」
奥の部屋のドアが開き、オリバーが現れた。
「しかし、書記官を一人殺害できました」
「遺体を確認したのですか? 今となってはその報告も信じるに値するかどうか。それに……」
オリバーがステッキを書記官に向ける。
「何人殺そうとも、カイゼルを殺さなければ意味がないのですよ」
「それで、どうでしたか?」
「やはり尻尾を出さなかった。白々しくごまかされたよ」
テオがクロキに、アトリス共和国の書記官とのやり取りを伝えた。
クロキはライオネルがただ無駄死となることにやるせなさを感じた。
「テオ、メソジックの方々が街に入った。間もなくここに到着するぞ」
マシューがメソジック帝国の立会者を出迎えるため、テオを呼びに来たので、
「あ、申し訳ありません」
と、テオは駆け足でマシューとともに城門に向かった。
「メソジック帝国の方はどんな方なんですかね」
気が付くとすぐ横にヒースが立っており、窓の下に見える城門前の広場を見下ろしていた。そこにはクロキらが乗ってきた馬車も止められている。
「メソジックというのはどんな国なんだ?」
「軍事に力を入れている国で、メソジックの東にあるオーリス王国や、南にあるローマン共和国とは国境線でにらみ合っていますが、モンテとアトリスとは中立的な立場を取っています」
「今回来る奴は?」
「ああ、確か、副宰相の方ですね。そうそう、その方も四年前この世界に召喚されてきた異邦人です」
「へぇ……」
広場が騒がしくなった。窓から広場を見ると、武骨な装甲を施した馬車が広場に止まり、馬車の扉が開く。
クロキはヒースとともに、馬車から降りてくる同郷の人間の姿を見逃すまいと構えた。
馬車から護衛の騎士が降り、その後から裾の長い白い制服を着た、白髪交じりの男が降りてきた。この男が異邦人にしてメソジック帝国の副宰相。
クロキは窓に手をつけガラスに顔が付くほどに近寄りながら、その男を凝視した。
クロキの手が震える。
間違いない。
間違えるはずがない。
胡散臭い微笑みを浮かべた顔。
元の世界で最後に見た顔。
その男は、カミムラであった。
「く、ははは……、はははっ!」
高らかに笑うクロキの顔を見て、ヒースは無意識のうちに一歩距離を取っていた。
次回から新章です。