刺客との攻防
翌日、テオは仲間たちとともに森へ狩りに出た。
獲物を探して森の奥を目指していると、激しく草むらをかき分ける音が聞こえた。
大きな獲物、それも数匹の気配を感じ、近くの樹の上に登って待ち構えていると、草の陰に見えたのはカイゼルであった。後ろから昨日の騎士もついてきている。だが様子がおかしい。
カイゼルは逃げているようであった。
カイゼルの供の騎士の一人が背後を振り向き、その騎士の後ろから迫る追手の騎士と剣を切り結んだが、数度追手の騎士の剣を受けた後、肩から斬られ、その場に倒れた。
どうやら、カイゼルは森を視察している最中に、襲われたらしかった。
襲っているのは一体誰か、テオは敵の騎士の姿に見覚えがあった。その騎士は前任の官吏に常に付き従っていた騎士であった。
前任の官吏は背任横領の疑いにより左遷され、その後釜としてカイゼルが任命された。カイゼルは前任の官吏から逆恨みを受け、襲われていたのであった。
カイゼルの供の騎士がもう一人倒された。これで、カイゼルを守る騎士はいない。一方敵の騎士は三人。逃げ切るのは至難と思われた。
カイゼルが剣と魔法で応戦するのを見ながら、テオは自分に関係のないことと傍観を決め込んでいた。しかし、カイゼルが傷を負い、傷から流れる血を見た瞬間、無意識のうちに騎士を矢で貫いていた。
人を殺したのは初めてであった。だが、そのことに対する特別な感情はなく、沸き起こるのは何故かカイゼルを襲う敵への怒りであった。
テオは樹の上から矢継ぎ早に矢を放つと、樹を降りつつさらに矢を放ち騎士をけん制する。
だが、騎士はあっという間にテオとの距離を詰めて斬りかかり、剣はテオの顔をかすめ、右ほほから血が流れた。
2対1、しかも一人は矢の間合いから外れた近距離。テオが経験する最初の修羅場であった。
だが、恐怖心はない。あるのは怒りのみ。
手前にいる騎士の剣をかわすと、テオは騎士らをカイゼルから引き離すように移動する。
一定の距離を取るたびに騎士に向かって矢を放つが、上手く命中しない。命中したとしても鎧に当たり、傷を負わせることができない。
このままでは敵を倒すよりも矢が尽きるのが先か。
テオは腹を括った。これまで以上に大きく距離を取ると、その場に膝をつき、限界まで弦を引いた。
騎士は直ぐに距離をつめ、大きく剣を振り下ろす。
しかし、剣が振り下ろされるよりもコンマ数秒早くテオの矢が放たれた。
矢は、騎士の鎧ごと胴体を貫き、さらにその後方にいたもう一人の騎士の剣を弾き飛ばす。テオは間髪入れずさらにもう一本矢を放ち、体勢を崩した後方の騎士を射抜いた。
騎士を全て倒すと緊張が解け、急に疲労が襲い、テオはその場にへたっと座り込んだ。
茫然とする少年テオの目の前に、温かい手が差し出された。
それからテオはカイゼルに仕えることとなり、他国との戦争からカイゼルの様々な任務までいくつもの戦いを経験し、ついにはモンテ皇国随一のアーチャーと呼ばれるほどとなった。
カイゼルが官吏になって一番初めに着手したことは、スラム街の改善であった。スラム街にインフラを整備し、治水事業の担い手にスラムの住民を優先的に採用することで、彼らの経済状況を向上させた。
そして、孤児のために、スラムの外に孤児院を開設し、テオとともに生活をしていた子どもたちを迎え入れ、最低限の教育を提供したのであった。
スラムは簡単にはなくならないが、今では一部の区画を除いて、川の南側の地区と遜色のない街並みとなっている。
カイゼルとの出会いから14年。初めて出会ったときのカイゼルへの感情は今でも変わらない。忠誠とは違う、多分これは敬意なのだろう。
おそらくこの先も、その敬意を込めて、テオは弓を引き続ける。
テオとカイゼルを追撃していた刺客の気配が消えた。
テオは、カイゼルとともに窓のないところまで行くと、そこで立ち止まり、辺りを窺う。
窓のあるところでは、廊下の前後のほかに左右の窓にも警戒しなくてはならないが、ここならば廊下の前後だけを警戒すれば良い。
しばしの静寂と緊張が流れる。
突然、内側に向かって廊下の壁が砕け、飛び散る破片とともにクロキと刺客が廊下に飛び込んできた。
刺客は、壁や天井を蹴って飛び跳ね、クロキの背後に回ると、ナイフでクロキを斬りつけるが、クロキは前方に回転しながらナイフをかわし、空中で腰のホルダーからナイフを取り出し、刺客に投げた。
刺客がナイフをかわし、ナイフが壁に当たると、別の刺客が大きな金槌を振り回しながら壁を砕いて廊下に躍り込み、その勢いのまま、回転しながらクロキに向かって金槌を振りまわした。
クロキはバックステップで金槌でかわそうとしたが、
「リバーシング」
と刺客が言うと金槌が伸びて鉄棒に変わり、鉄棒の先がクロキの腕を直撃した。
刺客はクロキを壁まで吹っ飛ばし、さらに追撃しようとしたが、テオが矢でけん制してきたため、脚を止めた。
クロキ、テオ、カイゼルと二人の刺客が対峙する。
砕けた廊下の壁から射す月明かりが、刺客の姿をはっきりと浮かび上がらせる。
おそらく、鉄棒を構える刺客がリーダーであろう。ほかの刺客とは仮面の意匠が異なり、そして明らかに実力が違う。
「『爪』か……」
カイゼルの言葉に刺客のリーダーが少し反応した。それ見てテオがカイゼルに聞き返す。
「『爪』とは?」
「アトリス共和国が抱える暗殺者集団で、黒い衣装と、爪痕の様な模様の入った仮面が特徴。これまでの彼らの実力から見ても間違いな――」
カイゼルが言い終わる前に、刺客のリーダーが攻撃を仕掛けてきた。
鉄棒が鉄の槍に変化し、三人に向かって猛スピードで連続の突きを放つ。
クロキがテオとカイゼルの前に立ち、その突きを全て刀で捌くと、リーダーはその場で横に回転しながら槍を持つ腕を振った。
すると今度は、槍は蛇腹の剣となり、クロキの左腕のガントレットに巻き付く。
そして、刺客のリーダーが両腕で剣の柄を握り、全身を捻るように力いっぱい剣を引くと、ガントレットは輪切りにされて床に落ちた。
クロキは刺客のリーダーの動きを察知し、破壊される寸前でガントレットを腕から外していたが、そうでなければ腕が切断されていたであろう。
クロキは、刺客のリーダーがまだ体勢を戻しきれていないと見るや、リーダーに向かって走り出そうとしたが、不意に刺客のリーダーが身を屈めると、そのリーダーの背を踏み台にしてもう一人の刺客がクロキに飛び掛かってきた。
テオはその動きを見逃さず、クロキに跳び掛かる刺客に向かって矢を放ったが、刺客のリーダーの持つ剣が、今度は盾に変化し、矢を弾いた。
「ウォーター・スクリュー!」
背後で魔力を溜めながら様子を見ていたカイゼルが、両手を前に突き出すと、渦を巻いた激流がドリルのように刺客を襲う。
「リバーシング」
刺客のリーダーの持つ鉄の盾が一本のチェーンとなった。そして、チェーンを水流のドリルをかき混ぜるように水流に向かって振り回すと、水流は霧散していった。
刺客のリーダーが先ほど来変化させている金属はただの鉄ではなく、土の属性を持つ魔鋼で、リーダーの固有魔法リバーシングは、土の属性を持つ魔鋼を自由自在に変形させるというものであった。
水系魔法に対して耐性を持つ土属性の魔鋼により、カイゼルのウォーター・スクリューは完全に防がれ、刺客に傷一つつけることができなかった。カイゼルは、戦闘は不得手ではあったが、それなりに修練した自分の得意とする魔法がこうも簡単にあしらわれてしまうと、さすがに苦い顔をせざるを得ない。
一旦間を置いた後、再び攻防が始まるかと思われたそのとき、轟音とともに刺客たちの足元の床を突き破って巨大な黒い腕が現れ、城を破壊しながら刺客たちを上空へと吹き飛ばした。