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邂逅

 1時間ほど走っただろうか、街道沿いの街で一行の馬車は停車した。


 座ったままで凝り固まった身体を伸ばすためクロキとヒースは馬車から降りた。


 首都ネロスよりは小さい街だが、綺麗に整備された大通りに多くの人が行き交っており、活気に溢れている。


 馬車が停まった所はどうやら官公庁の庁舎らしかったが、4階建ての立派な建物であり、この街がこの地方の中心的な街であることが窺われた。


 大通りには道に沿うようにカエデの樹が並び、赤く色付いた葉が街を染めており、その光景にクロキは目を奪われ、元の世界で見た紅葉を思い出していた。


 クロキが街の光景に郷愁を感じているとテオがクロキを呼ぶ声がしたので、クロキとヒースは庁舎の入り口前へと歩いて行った。


 手を上げてクロキとヒースを呼ぶテオの横に、黄色い水晶のはまった杖を持ち、ローブを着た女が立っていた。


「二人に紹介しよう。今回我々に同行するテイラーだ」


 テオがそう言うと、女はローブのフードを取り、


「はーい、テイラーでーす、よろしくぅ」


 と手を振りながらウインクをした。


 大きな黒縁眼鏡を掛け、髪の先が少し巻いた黒いロングヘア。見た目は真面目そうだが、意外とフレンドリーな女であった。


「元気そうね、あれからしばらく経ったけど、この世界には慣れた?」


 以前からの知り合いのように話し掛けてくるテイラーをクロキはいぶかしんだが、テイラーの持つ杖とローブの色で気づいた。


「あのときはどうも。かなり痛かったぜ」

「またまたぁ、ライトニングを受けても直ぐ立ち上がってたじゃない」

「痛いことには変わりないんだよ」


 テイラーは、この世界に来たばかりのクロキを拘束する任務に当たっていたテオの仲間の電気を操る魔術師であった。


「クロキにはうちの妹もお世話になったみたいで、ありがとね。お礼にまたしびれさせてあ、げ、る。……なんてね、冗談よ、冗談、アハハハ」


 そういえば、テイラーはゴードンの仲間のリタの姉であった。


 あまり表情を表に出さないリタと違って、テンション高めなテイラーにクロキに戸惑っていたが、ふとテイラーに再び会ったときにやってみたかったことを思い出し、不敵な笑みを浮かべた。


「それなら本当にお願いするぜ。希少な光系魔法を体験したい」




 揺れる馬車の中、クロキとヒースの前の席で、テイラーが大きな口を開けてイビキをかいている。


 テイラーは別の任務が終わって直ぐに合流したらしく、疲れが溜まっているようであった。この様子からは、テオが信頼するような凄い魔術師という雰囲気は感じられず、ヒースは困惑していた。


「この人、だいぶ変わった人みたいですけど大丈夫なんですかね」

「うぅん、テオさんが信頼してるくらいだから大丈夫なんじゃないか」

 かつて一戦交えたときとのギャップにクロキも困惑していた。

「うへへ……上腕二頭きぃん……」


 涎を垂らしながら幸せそうな顔をして寝言を言っているが、一体どんな夢を見ているのか。


 馬車の窓から見える景色が変わってきた。


 景色は草原から街並みに変わり、先の方に大きな城が見える。

 サンド・ピールの城であった。




 サンド・ピールの城の城門を入り、一行は馬車を降りて城の中へと入った。


「本日のスケジュールですが、既にアトリス共和国は入城しておりますので、一度顔合わせをし、夜は会食をいたします」


 事務官ライオネルがカイゼルにスケジュールを説明する。


「明日の会談は何時からかね」

「明け6つ半(午前10時半ころ)です。立ち合いをしていただくメソジック帝国の方々は、明朝入城する予定です」


 3年前の会談と同様に、今回もモンテ皇国の東に位置するメソジック帝国に立ち合いをしてもらうこととなっていた。


 一行は一度、各々の客室に寄って着替えた後、大広間でアトリス共和国と対面することとなっていた。


 会食には護衛のテオ、テイラー、クロキ、そしてヒースは同席しないが、顔合わせには互いの護衛も含めて全員が顔を合わせることとなっていた。


 そのため、クロキとヒースも、テオの着用する制服と色違いの正装に着替え、カイゼルを先頭に大広間へと向かった。


 城の中はやけに静かであった。


 サンド・ピールの城は3年前までは前線の城として多くの兵士が常駐していたが、2年前の前線部隊の統廃合に伴い、現在は非常時のみ使用する城となり、兵士は最低限の守備兵のみで軍隊は常駐していなかった。


 この会談に当たっても、城内にいるのは守備兵十数名で、そのほかは街から出向いてきた会食のためのシェフと給仕のみであり、その数人のシェフと給仕には相応の対価を払って厳重に客人のことは口留めし、この会談のことが公にならないように注意を払っていた。


 大広間の大きな扉が開くと、既にアトリス共和国側は席についており、カイゼルが入室すると同時にアトリス共和国の出席者イスから立ち上がり、モンテ皇国一行を迎えた。


 クロキはモンテ皇国一行の一番後ろについて入室し、所定の位置に立つとアトリス共和国の出席者を見渡した。


 ディックとその仲間たちの姿はない。だが―


「この度は大変申し訳ないことをしました。今日明日とどうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って、カイゼルに握手を求めたアトリス共和国側の代表と思われる男。


 その男はダニ・マウンテンでディックを救出にきたオリバーであった。


 ありえないものを目の当たりにし、クロキの鼓動が早まる。


 本能から溢れる殺気を体内にとどめることに全神経を集中させ、かろうじて平静を保つことができた。


 そうとは知らないカイゼルは、余所向けの笑顔でオリバーの手を握り返した。


「内務長官のカイゼルです。オリバー殿のお噂はかねがね。こうしてお会いできて光栄です」

「私のような者まで知っていらっしゃるとは、さすがモンテ皇国で長年要職に着いている方のだけありますな。私などは、1年半前に内務大臣、半年前より国防大臣の任命を受けたばかりで、まだまだ右も左も分かりません。ぜひ、カイゼル殿の手腕を学ばせていただきたい」

「オリバー殿はお上手ですな。ははは……」


 カイゼルの感情のこもらない笑い声が響く。


 カイゼルとオリバーが挨拶を交わした後、モンテ皇国側の事務官マシューが日程を説明し、その後アトリス共和国の一団は退室した。


 その際、オリバーがクロキの前を横切ったが、オリバーは軽い笑みを浮かべた表情を崩さず、クロキを一瞥しただけであった。


 オリバーの仕草には何の違和感もなく、護衛のクロキなど眼中にないといった様子で、誰もオリバーとクロキが件の事件で出会っているなどとは思いもしない。


 だが、クロキを一瞥したその眼を見て、クロキだけはオリバーが自分に気付いていることを確信した。


 モンテ皇国の一行が大広間から退室する際に、クロキは誰にも気づかれないようにテオに耳打ちした。


「間違いないか。あのとき、俺は距離が離れたからやつの顔ちゃんと見ていない」

「はい。間違いありません」

「分かった。カイゼル様には俺から伝えておく。杞憂に終わるといいが、警戒を頼んだぞ」


 そう言うと、テオはカイゼルに真後ろに付いて大広間から退室した。

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