ドゥエンと二人の異邦人
数10分後。
息を切らし、膝を突いて動けなくなっているカイをドゥエンが見下ろしていた。
「なかなか腕を上げましたね。良く鍛錬していることが分かる」
そう言って褒めるドゥエンをカイは睨みつけた。
ドゥエンは僅かに汗をにじませてはいるが、息1つ切らしていない。ドゥエンが父を殺害してから数年、休まずに鍛錬してきた成果がこれか。
ドゥエンは襟元を少し緩めながら道場の裏手にあるカイの父の墓に向かって歩き始めた。
「ま、待ちなさい!」
カイがフラフラと立ち上がる。
ドゥエンはカイに手を出していない。カイはドゥエンに転ばされて負った擦り傷のほか傷らしい傷を負っていないが、数10分全力で攻撃し続け体力を使い果たし、ドゥエンを止めようにも身体がついていかなかった。
そのままドゥエンは歩き続けるかと思いきや、少し速度を緩めた。
道場の入り口に杖を手にしたテイラーが立っている。
「お止めなさい。この距離ではあなたに勝ち目はありません」
ドゥエンがそう言うと、テイラーは悔しそうに半歩引いた。
単純な魔法の技術であればテイラーの方がはるかに上。だが近接戦、しかもこの距離となれば、テイラーが魔法を唱えるよりも早く、ドゥエンはテイラーを絶命させることができるであろう。
テイラーはドゥエンを妨害するのを諦めたと見て、ドゥエンはテイラーに危害を加えることなくテイラーの横を通って道場に入り、そのまま裏口へ消えていった。
決して無闇に人を殺す男ではない。それがドゥエンという男である。
しばらくしてドゥエンが戻って来ると、カイは動けるまでに体力を回復させていた。
みすみすドゥエンを父の墓前に行かせた悔しさ。それがさらにカイのドゥエンに対する憎しみを増長させた。
だが、ここで再びドゥエンに突っかかったところで先ほどの二の舞。手も足も出ず、まるで子どもと遊ぶかのようにあしらわれるだけ。
「あなたは、必ず……私が、殺す」
カイの殺意に、ドゥエンはあろうことか優しく微笑んだ。
「ええ、ぜひ、その日を待っています」
そう言ってドゥエンは前庭を抜け、魔導館の門を潜ろうとしたとき、数人の男たちが門の外に現れた。
「本当に居た……おいっ、皆、構えろ!」
男たちはドゥエンを取り囲むように各々武器を手にした。
「あなた方は……?」
ドゥエンが聞くと、男たちの中心にいる、黒髪短髪のまだ若い青年が笑みを浮かべながら堂々と応えた。
「俺の名はシンジ。モンテ皇国のシンジと言えば分かるだろう?」
その青年は、かつてクロキとも共闘した、クロキと同じくこの世界に召喚されて来た異邦人シンジであった。
「シンジ……おおっ、かの有名な、モンテ皇国の誇る、あの、シンジさんですかっ」
ドゥエンの表情は喜びに満ち溢れている。
シンジはドゥエンが自分を知っていたことに誇らしさを感じながら、ドゥエンに向かって言った。
「あんた、『破壊の七徒』とか名乗っているドゥエンだな。この近くで見たって話を聞いて来てみれば……」
シンジが剣を構え集中する。
そのシンジに呼応し、ドゥエンに闘志が湧き上がる。
「よろしい、喜んでお相手しましょう」
「そうかい、いくぜ、水龍顕……くっ」
シンジが魔法で龍を作り出そうしたが、その前にドゥエンはシンジとの距離を詰め、シンジに向かって拳を放った。
シンジはとっさに腕で拳をガードし、直撃を防いだが、ドゥエンの突きの勢いに数歩後ずさる。
「うん……?」
ドゥエンは拳の感触に違和感を覚えた。
硬い。
およそ人の感触ではない。まるで岩だ。
「へっ……ダメージはないぜ」
シンジの身体は召還時の副作用のため、魔力が尽きない限り、物理攻撃や毒などの状態異常に対して強い抵抗力を持っていた。
「物理攻撃だけなら怖くない」
シンジは再び魔法で龍を作り出そうとしたが、ドゥエンは地面に手を当てると、シンジの足元の地面を隆起させてシンジのバランスを崩し、同時に自分はシンジに向かって蹴りを放ち、シンジを吹っ飛ばした。
「やはり、ダメージはないようですね」
ドゥエンが脚を降ろしながらシンジを見ると、シンジはかすり傷一つなく上着の泥を払いながら立ち上がっていた。
「悪いが、あんたの攻撃は俺には効かない」
そう言ってシンジは三度、龍を作り出そうとしたが、またもやドゥエンはそれをさせじとシンジに接近し、連打を放ってシンジの動きを止めた。
シンジにとって、ドゥエンの攻撃は痛くもかゆくもない。だが、重さがある。
シンジはドゥエンの攻撃によって魔法を唱える隙を与えられず、ドゥエンに攻撃を仕掛けることができずにいた。
だが、このまま我慢すればドゥエンの体力がつき、そのときは一気にドゥエンを倒すことができる。
そう思い、シンジはドゥエンにされるがまま、連打を浴び続けていたが、突然ドゥエンの攻撃のリズムが変わった。
シンジと半歩距離を取り、右拳を今までもよりも多めに引いている。そして、右拳に魔力溜まっていく。
と、そのとき――
「何やってんのよっ!」
とドゥエンに向かって薙刀が振り下ろされ、ドゥエンは咄嗟に回避し距離を取った。
「か、カオリ……」
「あんた、なに勝手に行動してんのよ」
白と濃紺の軽装に身を包んだ、黒いショートヘアーの女騎士――カオリが、ドゥエンを警戒して注視しながらシンジを叱りつけた。
「い、いや、例の破壊の七徒とかいう奴を見つけたから追い掛けてたんだよ」
「破壊の七徒……」
言い訳をするシンジをカオリはチラリと見て、直ぐにドゥエンに視線を戻した。
白い長袍。三つ編みを後ろに垂らした髪型。
その風貌は、話に聞いていた破壊の七徒が一人、ドゥエンと合致している。
ドゥエンもまたカオリを値踏みする。
その風貌、佇まい、もしや――
「失礼、カオリさんとおっしゃいましたか? もしや、シンジさんと同じ、モンテ皇国の誇る異邦人のカオリさんですか?」
確かに、カオリはシンジを同じく、この世界に召喚されて来た人間――異邦人だ。
ドゥエンの質問にカオリは鼻で笑った。
「私が? あのカオリさんですって? あんたの眼は節穴みたいね、私があの人に見えるなんて。私なんて、あの人の足元にも及ばないわ」
ドゥエンが危険な男であることは承知している。そのドゥエンの質問に正直に答えてやる必要など一切ない。きっとクロキならそう言うとカオリは思っていた。
とぼけるカオリに、ドゥエンは少し訝しむような表情を浮かべたが、直ぐに気を取り直し、腕を前に構えた。
「ならば用はありません。シンジさんとの戦いの邪魔をするというのなら、まとめて相手をするまで」
そうは言いつつも、ドゥエンは目の前の女騎士が異邦人のカオリであると直感していた。それは、カオリがドゥエンの問いをかわしたときのシンジの表情が全てを物語っていた。
一度に二人の異邦人と相対することができるとは僥倖。
二人の実力も分からず、2体1という不利だが、むしろこの不利な状況がドゥエンを昂らせた。




