空中庭園の行方
空中庭園がアーミル王国ら連合軍とマフダリ王国がぶつかる戦場から移動を始めると、カルガナの指示により各国の軍は撤退し、空中庭園がレムリア大陸の北に向かって移動していると聞いて、各国はそれぞれ本国に帰還する準備を始めた。
そんな中、最も迅速にレムリア大陸からの撤退を開始したのはカルガナ率いるアーミル王国であった。
カルガナは撤退の指揮を侍女に任せ、飛空艇に乗せることができるだけの兵士を乗せて、直ちにレムリア大陸を後にした。
その飛空艇にはクロキも同乗していた。
「カーディナルは置いて来てよかったんですか?」
クロキが聞くと、カルガナは答えた。
「マフダリ王国の追撃がないとも限りません。追手から兵を護るために、カーディナルを残しました」
カルガナの傷は侍女の治療術によって治っていたが、着替える間もなく飛空艇に乗り込んだため、衣服はボロボロであった。
カルガナとクロキを乗せた飛空艇の左方向を空中庭園は飛行しており、かなりの距離があるが、その巨大さから視認することができた。
飛空艇は出せる限りの速度で飛行し、約2時間半でアーミル王国の首都パリガーサに到着した。
宮殿では、カルガナがレムリア大陸を発つ前に連絡した空中庭園についての情報を基に、さらなる情報収集と領土を防衛する準備をしており、カルガナは宮殿に着くなり直ぐに軍議の間に直行した。
アーミル王ジーシュや大臣たちがカルガナのボロボロの格好を心配する横で、カルガナは現状の確認をする。
空中庭園の進行方向はアーミル王国と西に接する隣国との国境付近。上陸は約2時間後。
既に両国は国境近くに軍の派遣をしており、隣国は守備部隊の配備を完了し、アーミル王国は配備の完了までは後約2時間といったところで、空中庭園の上陸までにギリギリのタイミングであった。
「首都の防衛隊も差し向けるべきだろうか」
「敵空中要塞の上陸と同時にどのような攻撃をするべきか」
「周辺諸国に号令を掛けて上陸地点に大軍を固めるべきだ」
ジーシュ王や大臣が様々な意見を出し合う中でカルガナは思案する。
アンジェラの言っていた次の目標とは何か。
空中庭園の進行方向は、アーミル王国やその隣国を攻めるコースではない。むしろ、両国との余計な戦闘を避けて移動しようとしているように思える。
そう思うと同時に、アンジェラの性格を思い出した。
アンジェラと剣を交えながら交わした内容からして、アンジェラは極力戦闘を避けたいと思っているようであり、クロキから聞いた破壊の七徒のメンバーの中では、最も非戦的な人物であると思われた。
「防衛部隊の指揮を執っているのはカーンであったか」
カルガナが近くにいた大臣に聞くと、大臣はうなずいた。
「では、カーンには国境近くの遺跡よりも東側に軍を配備し、専守防衛に徹するよう指示を」
遺跡よりも東というと、国境線から40キロメートル程度離れた地点。
「は、はい、直ぐに連絡いたします。防衛部隊への増援はどうしましょうか」
大臣が聞くと、カルガナはまた考えながら言った。
「南方守備軍の半分を首都に移動させ、同数の首都に駐留する軍を空中庭園の防衛部隊と首都の間に配備しなさい。そしてその軍にはありったけの飛空艇を配備し、どこにでも直ぐに移動できるように準備させておくように」
「は、は……? それはよろしいですが、それではまるで――」
「方向を変えて、ここに向かって来る可能性もあるということか」
大臣よりも先に。ジーシュ王がカルガナに聞いた。
カルガナは「はい」と頷いたが、本当のところは空中庭園が進路を変更することよりも、この混乱に乗じて他国が侵攻して来る可能性を危惧していた。
マフダリ王国のレムリア大陸への侵攻といい、世界規模でカルガナの予想を超える出来事が起きている。知らぬ間に他国がメソジック帝国、いや、破壊の七徒の傘下になっている可能性もゼロではない。
「私は着替えてきます。状況が変化したときは直ぐに報告をするように」
カルガナはそう言って一旦軍議の間を後にした。
王宮の2階の廊下、カルガナの部屋の前でクロキがカルガナを待っていた。
「王妃、これからの動きは?」
「ひとまず様子見です。あなたも直ぐに動ける準備を……と言ってもあなたは大丈夫そうですね。今のところは食事なり休息なり、自由に過ごしてください」
そう言ってカルガナは部屋に入った。
カルガナに食事のことを言われ、クロキは朝から何も食べていないことに気付き、急に腹が減って来たため、侍女に案内してもらって食堂へと行き、バターが香る薄焼きのパンとスパイシーな味付けの鳥肉、ジャガイモと玉ねぎに様々な香辛料を加えて炒めたものを食べ、その後、ガントレットやガジェットの点検をしてから仮眠を取った。
しかし、30分も眠らないうちに、脇に立つカルガナの侍女の気配に気づきクロキは目を覚ました。
「クロキ様、カルガナ様がお呼びです。どうぞこちらへ」
侍女に促されるまま、クロキは陽が落ちて暗くなった廊下をカルガナの待つ客間へと連れて行かれた。
客間にはカルガナと数人の侍女らがいるばかり。
クロキは一度部屋の中を見回してから、カルガナの前に座る。
カルガナは侍女に指示をすると、侍女は書簡と手の平大の水晶玉をクロキの前に差し出した。
クロキは書簡を手に取り、カルガナに聞いた。
「これは……?」
「クロキはロンの国の皇帝タイソウ様と面識がありましたね」
「一度面会したことはありますが……」
「それらをタイソウ様に届けていただきたいのです」
「俺が、ですか? しかし、またなぜ?」
「空中庭園が上陸しましたが、我が国にも隣国に攻撃を仕掛ける様子なく、北東方向に向かって移動を続けています」
「目的地はロンの国であると?」
クロキの問いに、今度は脇に控える侍女が答える。
「空中庭園の質量、速度、そしてこれまでの動きから、空中庭園は急な方向転換はできないと思われます。その上で空中庭園の今後の進行可能範囲にある国と、破壊の七徒が古代文明に対して強い興味を示している点を考慮すると、ロンの国が目的地である可能性が非常に高いと考えました」
どうやら空中庭園の進行予測や、地図上に必要な情報を落とし込む役割などは侍女らが行ったらしく、彼女らは淀むことなくクロキに状況を説明した。
「それに、ロンの国に行くことはクロキにとっても良いことだろ思いますよ」
カルガナの話に、クロキがピクリと反応する。
「ロンの国であなたの御友人、ヒースさんらしき方を見かけたとの情報が入りました」
「……っ、本当ですか」
「その情報は間違いありません。ただ、その方が本当にヒースさんで間違いないかまでは保証できません」
それでもクロキにとっては朗報であった。ムー大陸から直ぐ西にあるロンの国にヒースとテイラーが渡った可能性は十二分にある。わずかな手掛かりでもクロキにとっては進む先を示す光明であった。
「分かりました、謹んでお受けいたします」
「頼みましたよ。その書簡と水晶には公になっていない情報までしたためてあり、必ずタイソウ様の手助けになるでしょう」
クロキは頭を下げると、客間から出た。




