イナンナ・ドゥーミ
クロキは転がるようにかわしたが、その体勢では次の突進はかわせないと見るや、カルガナはアンジェラを追い掛け、アンジェラが方向転換をするタイミングに合わせて、アンジェラの足元に向かって盾を投げた。
アンジェラは足元の盾に躓き、転倒する。
突進しているときはどんな障害物でもものともせず弾き飛ばして突き進むことができるが、方向転換するときだけ一瞬だけ速度がゼロとなり精密なバランスを要求される。そのタイミングでの足元は唯一の攻撃できるチャンスであった。
カルガナは盾を投げた勢いそのままに走り続け、盾を拾いつつアンジェラに斬りかかったが、アンジェラは白銀の盾で剣を受け、ランスを振ってカルガナを追い払った。
そのアンジェラの背後に向かってクロキが接近するのにサビーナは気付き、槍を突いてクロキの動きを止める。
その間にアンジェラが魔法の翼に魔力を溜めると、翼が大きく広がった。
「舞え、ハルキネイション!」
羽根が、上空高く舞い上がり、辺り一面に、雪のように羽根が舞い散る。
「何だ、これは……」
クロキは思わぬ魔法に戸惑っていたが、ふと視界が安定しないことに気付く。
カルガナは自分では気付いていないようだが、カルガナも身体がふらついている。
と、サビーナがクロキに向かって槍を突く。クロキはかわそうとしたが、予期せず反応が遅れ、槍が脇を掠めた。
だが、この痛みで意識が僅かにはっきりとする。
アンジェラの2つ目の固有魔法ハルキネイションは、羽根の幻覚を見せることにより、対象の平衡感覚を奪う魔法である。
アンジェラの仲間である白銀の女騎士らは、その鎧に施した防御魔法によって、ハルキネイションの効果を受けずにいた。
「くっ、これは……」
カルガナもクロキに遅れて、自分の平衡感覚が失われつつあることに気付いた。
ふらつくカルガナを狙って白銀の女騎士らが襲い掛かる。と、そこに侍女らが割って入り、盾でカルガナを庇った。
「カルガナ様、大丈夫ですか」
と気遣う侍女らも、ハルキネイションの効果によってふらついている。
「……ちょっと、眩暈が……お前たちもふらついているわね」
白銀の女騎士らの攻撃に押し込まれるカルガナたち。
クロキは救援に向かいたくとも、サビーナの槍によって足止めを受ける。
そこでさらにアンジェラが動き出す。
ランスを振ってカルガナを攻め、盾で受けたカルガナを吹っ飛ばした。
カルガナは地面に倒れ、ゆっくりと起き上がったところを白銀の女騎士が襲い掛かる。
だが、カルガナの軽やかな体捌きによって、白銀の女騎士は打ち倒され、追撃をしようとしていたアンジェラは立ち止まった。
カルガナが口から何かを吐き出してアンジェラに顔を向けた。
カルガナが吐き出したものは爪。カルガナの左手の小指から血が流れている。
「痛みで目が覚めました。さあ、続きを」
カルガナがアンジェラを攻める。
カルガナの剣をアンジェラが盾で受け止めると、カルガナはアンジェラの盾を蹴り、アンジェラの態勢が崩れたところで盾に向かって力いっぱい剣を数度振るい、盾の位置が下がったところを狙って、アンジェラの頭部目掛けて剣を振り上げた。
アンジェラの兜が宙に舞う。
深い碧の瞳。
髪と同じ金色のまつ毛。
女神のように美しい顔でカルガナを見る。
カルガナはアンジェラの額に見えるアクセサリーに気付く。
瞳と同じ青い宝石がはまった翼を広げた白銀の鳥。
「あなたは、まさか、イナンナの娘……」
カルガナの問いに、白銀の女騎士全員が動きを止め、アンジェラを見た。
「さすがは聡明と名高いアーミル王妃、ご存じでしたか」
アンジェラが答えた。
「ええ……その額の飾り、言い伝えに聞いたイナンナの娘の姫の証」
「王妃、イナンナの娘とは」
二人の会話を聞いていたクロキが思わず聞いた。
イナンナの娘。かつて、サビーナが口にしていた自らの出自を示す言葉。
「イナンナの娘とは、2千年以上前に、シュマリアン共和国のある辺りに存在していた国の女騎士のことです」
「2千年……まさかずっと、存在し続けていたと?」
その問いに答えたのはアンジェラであった。
「2千年前、私たちの祖先が蛮族に国を奪われ、以来その地を取り戻すことだけを悲願としてイナンナの娘は受け継がれてきました。ですが、長い年月でイナンナの娘の数も減り、絶える未来も見えて来たとき、カミムラ様の存在を知ったのです」
つまり、アンジェラらイナンナの娘の目的は、破壊の七徒を利用してシュマリアン共和国を滅ぼし、故郷を取り戻すこと。
「なるほど、私も国を治める身として、あなた方の祖先の無念は察し余りあるところです」
カルガナが真剣な眼差しをアンジェラに向けた。
アンジェラはカルガナが心情を理解してくれたことに喜んだ。
「では、私たちが戦う必要など――」
「ですが」
アンジェラの言葉をカルガナが遮る。
「あなた方がやろうとしていることは、世界中の力なき人々をも苦しめること。それは、外道である。それを見過ごすことなど、なぜできようか」
「外道……清廉なるイナンナの娘を外道と? 撤回なさい!」
アンジェラが大きな声を上げた。
だが、カルガナは表情を変えず、真っ直ぐアンジェラを見つめ続ける。
「外道に外道と言って何が悪い。イナンナの娘を率いる姫ならば、自らを省みなさい」
「く……あなたならば理解してもらえると思いましたが……許しません。我らへの侮辱、死をもって償っていただきます」
アンジェラの魔力が膨れ上がる。
「よろしい、あなたの想い、私が受け止めましょう」
カルガナは怖気づくことなく、剣と盾を構えた。




