カイゼルの憂鬱
鉄格子の前で、総務大臣カイゼルとテオが神妙な面持ちで目の前に横たわる死体を見つめていた。
オルシェの村を襲撃した兵士の一人をモンテ皇国の首都ネロスのネロス城まで連行したが、朝になって衛兵が見回りに来ると、捕えた兵士は口から血を流して息絶えていた。
「どうやら、毒を隠し持っていたようです」
テオがカイゼルに報告すると、カイゼルは眉間にしわを寄せながら大きく息を吐いた。
「なぜ、持ち物の検査をしなかったのかね」
「申し訳ありません、どうやら体内に隠していたらしく、二の腕から薬を抉りだした跡がありました」
「それで、所属は?」
「昨日までの尋問では一言も発しなかったのですが、身に着けているものにはガーマン共和国の紋章が刻まれていました」
「まさか、いや、そんなことはありえない」
カイゼルは驚きを隠せなかった。
ファットランドを領有する隣国ガーマン共和国が、いまさらオルシェの村を襲うなど考えらない。
ファットランドの統括官も賊の撃退に援護してくれたとも聞いており、もし、賊がガーマン共和国の手の者であれば、全て自作自演ということになるが、そんなことをする理由は見当たらない。
「オーウェン統括官にはどのように報告しますか」
テオがカイゼルに判断を仰ぐと、カイゼルは口ひげを撫でながら考え込んだ。
「なるほど、あの兵士は我が国の紋章の入った鎧を着ていたと」
オーウェンはファットランドの詰所の中の自分の席に座りながら、通信魔道具でカイゼルから報告を受けていた。
「だが、リーダーと思しき男は見たこともない。その兵士が仮に我が国の者であったとしても、あの一団は我が国と関係ないと断言できる」
『もちろん、私としてもそのように考えております。安易に貴国の仕業と決めるのは危険であると……』
オーウェンは眼鏡を上げた。
「我が国の紋章が入った鎧を着用していたことを公表するのも控えていただきたい」
『はい、そのようにしたいと考えております』
「このことは私の胸にとどめておき、本国には単に所属不明の一団と報告いたします」
ガーマン共和国の兵士と断言しなくとも、ガーマン共和国の紋章が入った鎧を身に着けた兵士と公表するだけで互いの国に刺激を与えることとなる。
ガーマン共和国議会の多数は、それをただの事実と受け止めた上で、ガーマン共和国の兵士ではないと声明を出し収拾を図るが、一部の陰謀論者たちはガーマン共和国を貶めるため、ひいては戦争の大義を作るためのモンテ皇国のデマと声を上げるだろう。
そうなれば、ガーマン共和国とモンテ皇国の関係性は再び悪化するおそれがある。
それは、カイゼルも同じ考えであった。もちろん、事実を伝えることによってオーウェンの反応を確かめる目的もあったが、ジョナサンからオーウェンの人となりを聞き、話が通じる人物を見込んでありのままを話したのだった。
そして、カイゼルの望んだとおりの判断をオーウェンは下した。
これによって、オーウェンも独自に調査をするだろう。ガーマン共和国内においてモンテ皇国が調査することは困難であったが、これで調査の道筋をつけることができた。
「それでは、双方何か進展があればご連絡をいただくということで」
そう言ってカイゼルはテオに通信魔道具を手渡すと、椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げた。
そして、しばらくすると、身体を起こし、
「それで、アトリス共和国はなんと?」
とテオに聞いた。
カイゼルは、クロキとゴードンたちがモンテ皇国内のダニ・マウンテンでアトリス共和国の兵士と遭遇したことについて、内々にアトリス共和国に抗議をし、理由について問い合わせており、当然その問い合わせは無視されるものと考えていたが、なんと返答があったのだ。
「はい、演習中に誤って侵入してしまったとのことです。森が焼けたことについては、相応の補償をするとのことですが……」
テオが言い淀む。
「あちらから補償をすると言ってくるのは正直意外であったが、何か気になることでも?」
「それがですね、正式な謝罪を行うとともに補償内容について協議したいため、会談を行いたいとのことです」
「会談ですか、何を考えているのか。まあ、いいでしょう。アトリス側から誰が来るのかを確認し、日程の調整をするように」
「後ですね……」
「まだ、何かあるのかね」
「会談の場所は、三年前に友好条約の締結に向けた会談を行ったサンド・ピールの街を指定してきています」
モンテ皇国とアトリス共和国は、友好関係にはなく戦争状態にあるため、結局上手くはいかなかったが、平和条約の締結に向けて動いていた時期があった。
アトリス共和国が非友好国の首都への訪問を忌避し、アトリス共和国の国境にほど近いサンド・ピールを会談の場所として指定してきたことは至極当然のことであるが、本件に関しては一方的にアトリス共和国に責任があるにもかかわらず、図々しくも会談場所を指定してきたことにカイゼルはいい気はしなかった。
だが、3年前にサンド・ピールで会談を行ったという実績があるため、理由なく拒否することもできず、カイゼルは歯がゆさを感じていた。
馬車に揺られながらクロキとヒースはサンド・ピールへと向かっていた。
クロキが乗る馬車の前をカイゼルとテオ、そして事務官のライオネルとマシューが乗った馬車が走っている。
クロキとヒースは、ダニ・マウンテンにおける事件当時に現場にいた証人として、また、それに加えてクロキはテオの推薦によりボディーガードとしての役割を担うため、アトリス共和国との会談に同行することとなったのだ。
アトリス共和国側は内務大臣と国防大臣を兼任する人物と事務官二人が出席し、護衛として四名の兵士を連れてくるということであったため、モンテ皇国側としては総務大臣のカイゼルか軍部長官のどちらかが出席する方向で調整していたが、オルシェの村の一件もあり、軍部長官は所属不明の一団の襲撃に備えて首都に残ることとし、カイゼルが事務官二人を伴い会談に出席することとなった。
「ダニ・マウンテンで出会ったアトリスの兵士は出てきますかね。強敵だったと聞きましたが」
ヒースが心配そうにクロキに聞いた。
火系魔法を操る騎士ディックは確かに強敵であった。
「あいつに同じ手は通じないだろうな。が、全てじゃないにしてもあいつの手は見た。対策は万全だ。問題ない」
クロキは窓の外を流れる景色を見ながら自信に満ちた声でそう答えた。