光と闇
「テイラー!」
「うん!」
クロキはケルベロスの頭の下に潜り込み、真ん中の頭部の顎を思い切り蹴り上げて動きを止めると、左右の頭部の攻撃を受ける前に転がるようにケルベロスから距離を取った。
そして、クロキが十分な距離を確保できたところを見計らい、先ほどサーベルタイガーを倒したものよりも巨大な稲妻をケルベロスに落とし、ケルベロスを昏倒させた。
クロキはケルベロスが動かなくなったと見るやヘザーに向かって走り出したが、顔に当たる水気にハッとして周囲を見回すと、周囲一帯に黒い雨が降り出した。
「グレイヴ・ディガー」
「こ、これって……」
テイラーが辺りを見回すと、地面に張り巡った世界樹の根の隙間から、地面を突き破って地の下に眠る死者たちが現れた。
数十体の死者たちにクロキは行く手を阻まれテイラーにたどり着けそうもない。
こうなればテイラーの前に死者の軍団を始末することが先決と考えたが、ヘザーは黒い雨が止んだ後も杖を顔の前に掲げて魔法を唱え続けた。
「フォーミング・マンティコア、フェニックス、アジ・ダハーカ」
ヘザーの杖から闇が広がったかと思うと、蠍の尾を持つ獅子マンティコア、炎の鳥フェニックス、そして、三つ首の蛇アジ・ダハーカが闇の中から現れた。
「その魔法は……っ!」
以前、アーミル王国で戦ったメソジック帝国の若き騎士たちが使っていた固有魔法。
この魔法はヘザーが彼らに教授したというが、固有魔法は個人の特性に応じた魔法であり、他人が使うことはできない。にもかかわらず――
「なぜ、お前が使える」
「ふふ……これが私の、私だけの魔法、スカベンジャー」
「スカベンジャー……屍肉食動物……」
「死んだ人間の肉体に触れることで、その人間の魔法を使うことができる」
これでヘザーが、アトランティスで遭遇した魔女ウェールヴェールの固有魔法グレイヴ・ディガーを使っている理由も判明した。あのとき、メソジック帝国軍はウェール・ヴェールの死体を持ち帰っていた。その死体からヘザーは、グレイヴ・ディガーを習得したのだ。
一つ腑に落ちスッキリしたが、目の前の戦力を見てクロキは思わず笑ってしまった。
テイラーと二人で多数の死者の軍団と三体の幻獣、いや、意識を取り戻したケルベロスを含めて四体の幻獣を相手にしながら、ヘザーの猛攻を凌がなければならないのだ。
「クロキ、とにかく戦るよ! ライトニング・レイン!」
テイラーが杖を掲げると、黒い雲が空を覆い、辺りが暗くなる。
そして、最も体躯の大きい三つ首の蛇アジ・ダハーカに稲妻が落下したかと思うと、次々と周囲に稲妻が落下し始めた。
「へえ……やってくれるじゃない、でも……」
ヘザーが杖をテイラーに向けると、マンティコアがテイラーに向かって跳び掛かる。
クロキは真横からマンティコアに蹴りを入れてマンティコアがテイラーに接近するのを防いだが、その間にフェニックスがテイラー目掛けて突進し、激突した。
寸でのところでテイラーは光の壁ホワイト・シールドを唱え、自身を光の壁で覆いフェニックスの激突を防いだが、その代わりに稲妻の雨は止めざるを得なかった。
攻撃の手が止まったクロキとテイラーに向かって死者の軍団が押し寄せる。
クロキは、手当たり次第に死者を斬り捨てながらテイラーに近付こうとしたが、死者の数の多さに思うように近付けない。
「くそ……数が、多いっ!」
クロキが苛つき、叫んだ直後、足元の地面が揺れる。
ヘザーの魔法かと思いヘザーを見たが、ヘザーも驚きの表情で足元を見ていた。
と、地面に張り巡った世界樹の根を引き千切りながら地面が隆起する。
「いるよ」
「うん、いるね」
「あの魔女が、いる」
地面から現れ出でたのは数体の岩石兵バランティア。
バランティアたちは、明確に死者たちと幻獣、そして、ヘザーに対して攻撃の意志を示している。
「こんな所にも? なんで私ばっかり……ああ、そう」
ヘザーは一人で不満を漏らし、一人で納得して頷いた。
一方、テイラーもまたバランティアたちの目的、いや、意思に気付いていた。
それは、感覚を強化する魔法パーセプションによって、魔力の感知力も研ぎ澄まされていたためであろう。
「クロキ、この子たち、何か言ってる」
テイラーが耳を澄ませながらクロキに言ったが、クロキには何も聞こえない。
「俺には何も聞こえないぞ」
「ううん、確かに言ってる、いえ、感じる。この子たち一体ずつに意思があって、そして、皆言ってるの、『ウェールヴェールを倒せ』って」
ヘザーの属性は闇。そして、その魔力の質はウェールヴェールとよく似ていた。加えて、グレイヴ・ディガーを唱えたことにより、地面の下で眠っていたバランティアたちは、ヘザーをウェールヴェールと認識した。
バランティアたちは古の命令に従い、ウェールヴェール――ヘザーを倒そうとしているのだ。
バランティアたちが死者の軍団と幻獣たちへの攻撃を開始する。
この状況、いけるかもしれない。
クロキに光明が見えた。
死者と幻獣の攻撃がバランティアたちに向かっている。
ヘザーへの攻撃の道が開ける。
「うざったいわね、これで潰れなさい、ヘル・グラヴィティ!」
辺り一帯に高重力が発生する。
バランティアだけでなく、その周りの死者や、幻獣も高重力により地面に押し付けられたが、肝心のバランティアたちは鈍い動きながらも、重力に抗い立ち上がってきた。
どうやら魔力で動いているバランティアたちは、高重力下でも魔力の出力を上げることで、ある程度動くことができるようだ。
ヘル・グラヴィティは、むしろ自陣を不利に陥らせると気付き、ヘザーはヘル・グラヴィティを解除した。
「それなら、もう一度地の底に落としてあげるわ、ヘルズ・ゲート」
バランティアたちの足元に闇が広がり、闇の中にバランティアたちを引き摺り込もうとした。が、
「ライト・オブ・ザ・デイ!」
とテイラーが唱えると、目を開けることもできない程の光が周囲を包み、バランティアたちの足元の闇を消し去ってしまった。
「あの女……」
闇系魔法が強い光によって打ち消されてしまう。
テイラーとは相性が悪いことにヘザーは気付いた。
だが、完全に無効化されるわけではない。
光があれば闇がある。
ライト・オブ・ザ・デイの中心から一定程度離れた所にある木の陰では、一層濃い影が生まれる。
「突き刺せ、シャドウ・パニッシュ!」
木々の影が盛り上がり、触手のように伸びたかと思うと全て地面に突き刺さり、そのまま地面の中を潜って行く。
地面の中は全て光の影響を受けない闇。
影の触手はヘザーの操作によって地面の中を潜行し、テイラーの足元に辿り着くと、地面を突き破ってテイラーを襲った。
影の触手によってテイラーが傷つき、倒れると、ライト・オブ・ザ・デイが解除され、周囲の明るさが元に戻る。
眩しさから解放されたヘザーがテイラーの様子とクロキの位置を確認しようと目を向けると、ゴーグルを装着したクロキが眼前に迫っていた。




