助太刀いたします
クロキは、間一髪、上空にジャンプしてかわし、先に投じられた剣を刀で弾き着地した。しかし、クロキの着地を見計らったように、女魔術師の放つ巨大な火球がクロキに向かってくる。
魔力を溜めていたイゴールは、それを見て、
「やらせませんよ、っと。トルネード・ホーン!」
と唱え、ドリルのような旋風を放ち、火球を打ち砕いた。
イゴールは好機と見て、続け様に魔法を唱えようとしたが、シャールークの剣がイゴールを襲い、魔法の発動を邪魔する。
その間に、村の結界を解いていた二人の魔術師もそれぞれクロキ達に魔法を放ってきた。
それに対し、シンジが龍を招来しようとするが、女魔術師が即座にシンジに駆け寄り指輪をはめた手でシンジに触れると、龍は招来せず、無為に魔力が消費される感覚のみがシンジに残る。
シンジはここでようやく、女魔術師の指輪が他人の魔力を吸収するものであることを理解し、剣を振って女魔術師を追い払おうとしたが、その隙に二人の魔術師の放つ魔法の直撃を受けた。
強タフネスのシンジであれば、いつもは多少のダメージで問題なく動くことができたが、何故か強いダメージを受け、その場に倒れ伏してしまった。
「あらあら、うれしい誤算ね。どうやらこの子のタフネスは底なしの魔力が要因だったみたいね」
女魔術師がほくそ笑む。
「おぅい、プリヤンカ、まだ終わってねぇぞ、ほかの連中も早く殺っちまえぇ!」
「はいはい、じゃあ先に取り巻きの女どもを始末しちゃうわね」
女魔術師――プリヤンカが指輪に吸収したシンジの魔力を糧に魔法を放つ構えを見せる。
フランソワは気を失ったまま、エイミーとポリーも動けずいる。
クロキらも、魔法の詠唱を阻害しようにもシャールークと二人の魔術師に足止めされていたが、シャールークの攻撃の隙に、クロキは腰のホルダーからナイフを取り出し、プリヤンカに向かって投げつけた。
命中はせずとも、一旦詠唱をキャンセルさせることができれば、時間を稼ぐことができる。
しかし、その考えもはかなく打ち砕かれた。
魔術師の一人が放つ広範囲の風魔法によってナイフは吹きとばされてしまったのだ。
ついにプリヤンカの魔法が放たれようとしたその間際、クロキたちの反対側、森の方向から放たれた水の刃がプリヤンカを襲い、予期せぬ方向からの攻撃にプリヤンカはかわし切れず水の刃に肩を切り裂かれ、魔法はキャンセルされた。
「おや、異邦人がいながらなんという体たらく。先ほど当方の領地を襲ったときの威勢はどうしたのですか」
そこに立っていたのは何と、ファットランドの統括官オーウェンであった。
「あんた、来てくれてありがたいが、他国の領土に勝手に入って戦闘行為はまずいんじゃないのか」」
イゴールの疑問はもっともである。オーウェンは眼鏡を上げるとイゴールに視線を向けた。
「先ほどヒース殿を通じて内々に許可を取りました。この連中の所属、目的は不明ですが、その目的を達する前に撃退することが必要であると判断しました」
オーウェンは、周囲を一瞥し、
「フリッツ、けが人の手当てを」
と言うと、一緒に来た二人の部下のうち、栗色のちじれ毛でそばかすのある青年――フリッツが、
「了解です」
と笑顔で答え、もう一人のオーウェンの部下とともにシンジらのもとに駆け出して行った。
オーウェンは、プリヤンカに正面を向けると、左手を腰の後ろに回し、右手を前に出して人差し指と中指を顔の前に立て、戦闘態勢を取る。
「オーウェン・ソルズ、助太刀いたします」
「なめんじゃないわよ! フレイム・バースト!」
プリヤンカがオーウェンに向かって巨大な渦を巻いた火球を放った。
オーウェンは迷わず火球に向かって走り出すと、左手に槍を持ち、槍を正面に向ける。
その槍はオーウェンの身長ほどの長さ約一八三センチで、穂先と柄が同じほぼ長さ。槍というよりは柄の長い鍔のない剣ともいえる。
「エンチャント・ウォーター」
オーウェンは槍の穂先に水を纏わせると、強く踏み込み、蒸気を立ち昇らせながら火球を切断した。
そして、その勢いのままジャンプし、空中で右手からウォーター・スライサーを連続で放つと、プリヤンカはファイヤーボールを唱え無数の火球を放ち水の刃を迎撃する。
火球と水の刃が衝突するたびに蒸気が巻き起こり、周囲を白く包み込む。
プリヤンカはオーウェンを見失い、じわじわと後退していたが、白い蒸気を突き破りオーウェンがプリヤンカの足元に滑り込むように着地し、槍の柄でプリャンカの脚を取り、転倒させた。
そして、プリヤンカを気絶させようと石突をプリヤンカに向けたところで、シャールークがオーウェンに向かって剣を放ち、オーウェンをプリヤンカから引き離した。
「ふむ、そちらの方のほうが厄介のようですね」
「てめぇ、気取ってんじゃぁねぇぞ」
シャールークがオーウェンに向かって手を向け、二本の剣をオーウェンに向かって放つ。
オーウェンは正面で槍を回転させ、向かってくる剣を弾き返す。
弾かれた剣が空中で方向を変え側面、背後から何度も襲い来るが、オーウェンは身体をシャールークに向けたまま、槍を回転させながら身体の周りを動かし、全て弾き返し、それでいてシャールークに向かってゆっくりと近づき始めた。
「く、そがぁ! プリヤンカぁ、俺が相手している間に立て直せぇ!」
そう言いながら、シャールークはオーウェンに向かって伸ばす手に力を込める。
「それならぁ、同時に五方向からならどうだぁ!」
しかし、ほかの三本がオーウェンの周囲に集まらない。
「時間は掛かったが動きは見切った」
カルロスの声にシャールークが背後を向くと、三本の剣がロープでがんじがらめになった状態で空中に浮いている。
そのロープの元を見ると、カルロスの手に握られ、さらにその先にはひと際太い幹の樹に括り付けられていた。
剣を捕えるロープを切断しようと、シャールークは手に握る残り一本の剣を投げようとしたが、フリーになったクロキが突っ込んでくるのに気づき、クロキの振るう刀を剣で受け止めた。
思ったよりも衝撃が軽いことにシャールークは不審に思い、距離を取ろうとしたが、足が動かない。
見ると左足の甲がクロキに踏まれている。
その一瞬、シャールークが動きを止めた最中、クロキはその場で左回りに回転し、シャールークのわき腹めがけて肘を撃ち込んだ。
その位置はちょうど肝臓であり、肝臓にもろに衝撃を受けたシャールークは、口から唾液を垂らしながら悶えた。
追撃しようとするクロキを違和感が襲う。
クロキの刀が重い、いや、言うことを効かない。
「まさか、あの一瞬で……」
シャールークはクロキの刀に触れていた。シャールークの右手を見ると、手の平から流血している。
シャールークのダメージが収まるにつれ、刀に加わる力が増していく。ついには両手で刀を持たざるを得なくなった。
クロキに代わってシャールークを追撃しようと走り出すオーウェンに気付き、イゴールはシャールークに魔法を放ち援護しようとしたが、イゴールとシャールークの間にプリヤンカがいることに気付き躊躇った。
ここで魔法を使えばまた吸収され、プリヤンカの魔法を強化するだけである。
イゴールは位置を変えるため走り出したが、それよりも早くシャールークの部下の魔術師がオーウェンに向かって魔法を放とうと構えるのが見える。
しかし、シンジたちを安全な場所に運び終わったフリッツらオーウェンの部下が魔術師たちに攻撃を開始し、魔法の発動を止めた。
「もう無理ね、任務続行は不可能よ」
プリヤンカがシャールークのもとに駆け寄る。
ほかの魔術師たちも攻撃を受けながらシャールークのもとに駆け寄り、全員が集まると、プリヤンカの指輪が大きく光った。
「えげつねえ魔力量だ、何するつもりだ?」
イゴールが叫ぶと、クロキ、オーウェンはプリヤンカらから距離を取り、身を屈めた。
プリヤンカらを強烈な光が包む、それはまるでクロキをこの世界へと導いた光のようであった。
全員が眩しさに目をつぶり、再び目を開くと、プリヤンカらの姿は跡形もなく消え去っていた。