反撃の砲弾
「おい、二人の魔術師はどちらを向いている」
「ん、村の中心だな」
「そうか……それならば、おそらく結界を解こうとしていると考えられる」
この世界の村や街には、ほぼ例外なく外からの魔法攻撃を防ぐため、防御結界が張られている。
結界は眼には見えないが、ドーム状に街を覆っており、理論的には魔術書に載っている全ての魔法を防ぐことができる。
例えば、ダニ・マウンテンでアトリス共和国の魔術師が使っていたアースクェイクは、威力としては街の一つや二つを簡単に破壊することができるが、街の外から放ったとしても、結界に阻まれ魔法の効果が街に到達しない。
ただし、結界の効果は、結界の内から外又は外から内に向かう魔法の効果を遮断するものであるため、結界の中に入ってしまえば、内側から魔法で街を破壊することは可能である。
そのため、重要な施設を内に抱く街では、結界の中に、さらに建物や地区ごとに結界を張り、二重三重にしていることが多い。例えばモンテ皇国の首都ネロスは、街の全体を覆う結界のほか、中心部に向かってさらに二重の結界を張っており、その上、皇帝の住むネロス城のみを覆うように結界を張っている。
だが、オルシェのような辺境のド田舎の村には、大抵は村全体を覆う結界しか張られていないものだが、敵魔術師の動きから察するに、オルシェには複数の結界が張られていると見られ、カルロスは違和感を覚えるとともに、結界が複数あることを把握し、又は予測していた敵に対して一層警戒した。
「結界はそう簡単に解けるものではないが、人の作った物である以上解けないということもない」
「しかし、奴ら、シンジのことを知っているようだな。あえて人質を取り、殺さない」
「言われてみればそうだな、シンジ殿よりも先にほかの者を殺してしまえば、シンジ殿と正面からやり合わなければならなくなる。それを回避してのことか」
カルロスは、クロキの指摘になるほどと納得し、どうやら作戦を立てるのは自分よりもクロキの方が優れていると理解した。
「それで、どうするんだ?」
「ふむ、作戦は考えてるんだが……」
「どんな作戦でも良いが、いずれにしろ俺のやることは決まっているのだろう?」
そう、カルロスのとる行動はただ一つ、シャールークの拘束であった。
可能であればほかの敵も拘束することが望ましいが、最低限シャールークの拘束がカルロスの役割であり、それがあらゆる考え得る作戦の第一歩。
だが、結界の解除作業をしている魔術師たち以外は、互いに目配せをしているため隙をつくことは困難であった。
こちらから仕掛けるには一手足りない。
そのため、クロキは敵の3人が互いに目を離すその隙を粘り強く待つしかなかった。
「ひとまず、これを渡しておく」
クロキは、ネロス城を出発する際にテオからもらった包みから、たばこの箱ほどの魔道具を取り出し、カルロスに投げ渡した。
それはクロキの世界で言うところのトランシーバーのように、設定した別の魔道具と通信ができるというもので、通信機がほしいとテオに相談したところ、この世界で普及しているこの通信用魔道具の存在を教えてくれたのであった。
クロキがカルロスと通信魔道具のテストをしようとしたとき、クロキが持っていた通信用魔道具から音が鳴った。
「あぁん、何だぁ?」
シャールークが北東の空を見上げると、北東の空に飛行する物体が見えた。
色は黒で、大きさは今いち掴めないが、よく見るとこちらに向かって来ている。
シャールークはハッとして、
「おいっ、避けろぉっ!」
と叫んだ。
それは巨大な砲弾。
方向からするとファットランドから放たれたものであった。
砲弾は猛スピードで飛来し、シンジ、シャールークらの手前50メートルほどで着弾した。
大きな爆発が起き、爆風と爆発で飛び散った石がシンジたちを襲う。
その場にいた全員が爆風に目を瞑るその瞬間をクロキは見逃さなかった。
シャールークの身体に何かが触れる感触があり、シャールークが自分の身体を見ると、カルロスのロープが身体に巻き付いていた。
その間クロキは、舞い散る砂ぼこりの中を走ってシンジに接近し、シンジの傍らに立つ女魔術師を蹴り飛ばし、シンジから女魔術師を引き離した。
一切の抵抗を許さずシャールークを拘束し、シンジを救出できたのは、クロキとカルロスがその場にいた誰もが予測できないほどの迅速な行を取ったことによることが大きいが、これも通信魔道具で長距離砲撃の連絡をしてくれたヒースのおかげである。
女魔術師が帰り飛ばされたことに気付いた軽装の兵士が剣を抜き、クロキに斬りかかってきたが、クロキは即座に反応し、兵士の剣を握る手首を斬り、兵士を無力化する。
シンジは一瞬反応が遅れながらも火龍を招来し、火龍の頭を女魔術師に向け、火球を放った。
しかし、女魔術師は体勢を立て直し、指輪をはめた腕を火球に向け、指輪に魔力を込めると火球は指輪に吸い込まれる。
驚くシンジとクロキに対し、女魔術師はけん制するように杖の先から火炎を放ち、続けて「フレイムバースト」と唱えると、指輪をはめた手から渦を巻いた巨大な火球が放たれた。
ほとんど魔力を溜めた様子がないにもかかわらず、想定外の威力の火球に対し、かわしきれないと見るや、シンジは「火龍顕現!」と唱えて火龍を巨大な姿へと変貌させ、龍の身体で火球を受け止めた。
火龍の身体に衝突すると、火球の炎が飛び散り、草や木に引火する。
シンジとクロキには被害がなかったが、あまりに火球の威力に、炎を司る火龍といえども強い衝撃に悶え、地に伏した。
一方、シャールークはロープから脱出しようと身をよじるが、カルロスは一層ロープで絞めつける。
「おぉいっ、くそぅ、このロープただのロープじゃぁねぇな」
「逃がさねえよ、お前はここでおとなしくしていろ」
シャールークがいくら身体を動かそうと、腕と胴体が何重にも巻かれた状態から抜け出すことはできない。
だが、ふと、カルロスはシャールークの足元に落ちた2本の剣の異変に気が付く。
その2本の剣は、カタカタと揺れると、くるっと回転してカルロスに切っ先を向け、カルロスに向かって飛んできたのだ。
カルロスは驚きながらも剣をかわしたが、剣はカルロスの後方で方向を転換すると、再びカルロスに向かって飛んできた。
カルロスは、再び襲い来る剣に気付き咄嗟にかわしたが、剣はカルロスの腕と太ももをかすめ、その勢いのままシャールークに向かって行く。
しかし、シャールークに突き刺さる寸前で剣は制止すると、鋭く回転しながらシャールークを拘束するロープを切り刻んだ。
ロープから自由になったシャールークが空中に浮かぶ剣を指さし、そのまま指をカルロスに向けると、再び二本の剣はカルロスに向かって飛んでいく。
身体に触れることなく剣を操ることができる、シャールークの固有魔法ザ・チェイス。
二本の剣が蜂のように宙を舞い、カルロスを襲い、今度は逆にシャールークがカルロスを足止めするかたちとなった。
その間にシャールークは、仲間の兵士が落とした剣を手に取ると、その剣をクロキに向かって投げた。
その剣もまた、シャールークの手の動きに合わせ、不規則な軌道を描きながら、クロキを襲う。
「クロキっ、そいつは剣を自在に操っている!」
カルロスの助言を聞き、クロキは剣をかわさず空中でキャッチしたが、剣の動く力は思ったよりも強く、掴んでもなおクロキを斬りつけようと刃を向けてくるため、クロキは剣を手放さざるを得なかった。
空中を旋回し、再び向かって来る剣に先んじて、クロキは本体であるシャールークに向かって走りだしたが、剣の速度が予想よりも早く、追いつかれてしまった。
クロキに向かって切っ先を向けて飛んでくる剣を、クロキは走りながら左右に動き、かわす。
思ったとおり、瞬時に方向を転換するような直角的な動きはできない。
剣の動きはあくまで弧を描く動きであり、速度を犠牲に回転することはできるが、回転半径にさえ気を付けて距離を取れば問題なくかわすことができる。
しかし、そう思ったのも束の間、前方から別の剣がクロキに向かって飛んでくる。
そして、それと同時にシャールーク自身も両手に剣を持ち、クロキの足元に滑り込んできた。