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カルロスのロープ

「ひっくり返すだと、そんなことはさせない、風龍招来!」


 シンジの右腕から風龍が現れ、シンジの身体に巻き付く。


「シャールーク様。あれは、モンテの異邦人です」


 賊のリーダー――シャールークに、脇に控える兵士が耳打ちする。


「へぇ、お前が、面白そうだなぁ、でも、今日はダメだぁ」


 シャールークが瞬時に距離を詰めながら腰の剣を抜き、シンジの腕を弾く。

 シンジの腕から放たれた風龍の攻撃はシンジの仲間の魔術師フランソワを襲い、フランソワは家の壁に衝突し、気絶した。

 シンジは身体に巻き付いた風龍の全身から暴風を巻き起こし、シャールークを吹き飛ばそうとするが、シャールークはシンジの脇に回り込み、シンジが巻き起こす風を利用してシンジの仲間の女騎士エイミーに接近し、エイミーの首を掴んで地面にねじ伏せた。


「ははぁ、やっぱりいい女じゃねぇか、おぅい、こいつ持って帰るぞぉ」


 シャールークは笑いながらエイミーの顔を撫でまわす。


「手前え、エイミーから離れろ!」


 シンジはシャールークに向かって風龍の首を向けたが、シャールークとエイミーが接しているため、魔法を撃つことができない。


 シンジが魔法を撃つのを躊躇っているのを見て、女戦士ポリーがシャールークに向かって大剣を振り下ろしたが、シャールークは巧みにかわすと、隙をついてポリーを斬りつけた。


「おぅい、手元が狂って、首、折っちまうぞぉ」

「く……」


 ポリーはシャールークに斬りつけられたところから血を流しながら、シャールークから距離を取った。


「シンジ様、私のことはいいですから、攻撃を!」


 シャールークに押さえつけられているエイミーが叫んだが、シンジは動くことはできない。


 シンジらが動けないと見るや、シャールークが手を上げた。


 それを合図に、一人の魔術師が村の中心部に向かって、見えない壁を触るように空中で手のひらを動かす。


「『結界』を確認しました。これより結界の解除作業に入ります」

「魔法で一ぺんにやっちまいたいからなぁ、面倒だと思うが頼むぜぇ」


 二人の魔術師が空中で手を動かして何やら作業を始め、シャールークはエイミーを押さえつけながら、欠伸をしつつその作業を眺め始めた。


 シンジは風龍を出したまま、シャールークの隙を窺う。


 だが、その思惑を察知してか、作業に加わっていない残る一人の魔術師がシンジに近づいてきて、シンジの肩に手を乗せた。


 その魔術師は、フードで顔を隠していたが、よく見るとその手は細い綺麗な指で、爪は紅く塗られ、中指には大きな水晶をはめた金の指輪をしており、どうやら女であるらしかった。


「変な動きはしないでね。大人しくしてくれれば悪いようにはしないわ。私たちがその気なら、あんたたちを全員殺してから作業をすることもできるのよ」


 その魔術師から微かにチェンパカの花の甘い香りが漂う。


 シンジが一瞬そのかぐわしい香りに気を取られていると、解除した覚えがないにもかかわらず、招来していたはずの風龍が消えている。


 シンジの魔法は全て、龍の招来が第一段階となるため、風龍が消えてしまったことで、隙をつこうにもつくことができなくなった。


 シンジは助けを求めるようにイゴールを見るが、イゴールは両手をわずかに上げて、お手上げといったジェスチャーをする。


 花の香りのする女魔術師は、そんなイゴールを見てフフッと微笑した。


 しかし、イゴールは周囲に気付かれないように少しずつ少しずつ魔力を練っていた。


 周囲の偵察に行ってここにはいないが、カルロスのロープのスキルであればエイミーを傷つけずにシャールークを拘束できる。


 そしてさらに、ダニ・マウンテンで圧倒的不利な状況を切り抜けたクロキもいる。




 突如として出現した乱入者の姿を見て、クロキはカルロスと合流し、村の家屋の屋根の上に身を隠しながら、ゴーグルの望遠機能で敵の戦力を確認していた。


「何人だ?」


 カルロスがクロキに聞く。


「五人だな。バリバリのファイタータイプが1と、軽装の兵士が1、そして魔術師が3。ファイターはシンジの仲間を人質に取って、軽装は離れて全体を見ている。魔術師の一人はシンジをけん制して、二人は……良く分からんが、空中で手を動かしている。何か強力な魔法でも唱えるのか?」


 カルロスは、驚いたようにクロキを見た。


「お前、元の世界じゃ役人だったらしいが、本当か?」

「なんで?」

「いや、戦況分析が分かりやすい。素人とは思えなくてな」

「まあ、役人と言っても色々あるんだよ」

「そうか」


 カルロスがそれ以上追及してこないため、こんな適当な返答で本当に納得したのかと、今度はクロキがカルロスを見た。


 カルロスは、ファットランドでシンジと戦った際に炎で焼け焦げたロープを両手に持ち、焼け焦げておらず使用に耐える部分を確認していた。


「あのよ」


 今度はクロキがカルロスに聞く。


「なんだ」

「カルロス……さんは、何でロープのスキルを身に着けようと思ったんだ?」

「カルロスで良い。お前も変わっていると思うか? まぁ、実際よく言われる」

「これまで俺が見たスキルからすると確かに変わったスキルだと思うが、あんたのスキルの方がよっぽど応用が効いて良いと思うぜ。それに――」


 相手を傷つけないスキルは良いと思う、と言いかけてクロキは止めた。

 カルロスが、そのような考えでロープのスキルを習得したかどうかが分からなかったからだ。




 カルロスは、もともとはモンテ皇国の人間ではなかった。


 出身はアトリス共和国の東、アトリス共和国の首都から少し離れた小さな村であった。


 カルロスの村では肉食牛の畜産が盛んで、カルロスの両親も広い牧場に数十頭の牛を飼育しており、この地方では放牧した牛を捕縛するため、誰もが幼少期から投げ縄の技術を身に着けていた。


 カルロスはその村で生まれ、祖父母、両親、兄、妹ともに穏やかな生活の中で幼少期を過ごした。


 その当時は、カルロスの村だけではなく、アトリス共和国全体が牧歌的で穏やかな国であったが、アトリス共和国の首相が変わり、状況が一変する。


 軍部によるクーデターによって政権は崩壊し、軍部が擁立した文官が新たな首相となったが、それは法律によって軍人は首相になることができないためであって、その首相は軍部の傀儡でしかなかった。


 新たな政権は、軍事力の増強を第一とし、国内に新たな砦をいくつも建設した。

 そして、その一つの候補地がカルロスの故郷であった。


 軍は、無理やり村人を立ち退かせようと、夜中に家畜を殺したり、失火に見せかけて建物や牧草に火を着けたりした。


 強引なやり方にカルロスの村では大きな反発が起き、それは、各地の反軍国主義のストリームに巻き込まれ、そのうねりは、民衆と軍の衝突につながった。


 今から10年前、カルロスが14歳になる1か月前のことであった。


 カルロスの村に反政府勢力の者たちが集まり、首都で行うデモの計画をしていたところ、その集会が何故か軍に漏れ、気付いたときには村は軍に囲まれていた。


 ここで抵抗しても無駄な血が流れるだけであることはカルロスの父らも認識していたため、素直に集会を解散させようとしたが、軍は無抵抗な村人に向かって矢を射った。


 村人の一人が剣を持っていたということが理由であった。


 村を取り囲む兵士に対して、剣を振るったわけでも、抵抗の意志を示したわけでもない。

 ただ剣を所持しているというだけで、軍に対して抵抗したと見なされ、ついには共謀罪として女子供まで容赦なく攻撃を受けた。


 カルロスは、火に包まれながら父とともに軍と戦おうと剣を持った。


 だが、村中に火に包まれ、もはや成す術がないことを悟り、カルロスは剣を捨て、ほかの村の子供とともに、火から逃げる牛の群れに紛れ、何とか村を脱出した。


 気付いたときにはカルロスは山の中に一人であった。


 カルロスが乗った牛は、全身にやけどを負い、間もなく息絶え、カルロスは一人山の中を歩き続けた。


 持ち物は、最後に父がわたしてくれたロープ一束。


 衣服には焦げ跡がつき、靴は、逃げる途中に落としたのか片方しかなかった。


 歩き続けて三日目、山中の沢で倒れているところを行軍演習中のモンテ皇国の軍に発見され、今に至る――


 後から聞いた話だが、カルロスの故郷が軍の攻撃を受けたことは一切公にはされていない。


 軍の要請に応じ、村人たちは村を出て方々に散ったということにされ、村があったところには、今では首都を守るための立派な砦が築かれている。


 カルロスは、ロープに触れるたび、よく父に言われた言葉を今でも思い出す。


「ロープの技術なら、いつかお前はこの村で一番になる」




 カルロスはロープを触りながら、オルシェの村のあちこちから煙が上がる様子を自身の記憶と重ねていた。

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