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賊の襲撃

 クロキは手を止めた。


「オーウェン様っ。オルシェで火の手が上がっています」


 ファットランド守備兵からも同様の報告がオーウェンにされる。


「何があった」

「どうやら賊が村に攻め入ったようです」

「賊……もしや、ここ最近、西の山からこの辺に掛けてうろうろしていた連中か」


 オーウェンと守備兵のやり取りにシンジの仲間たちは顔を見合わせる。


「この辺をうろうろって、もしかして村の人たちが言っていたのってガーマン兵じゃなかったの?」

「そんな、どうするのよ」


 そんな会話がオーウェンの耳に入り、


「信じられないほど無思慮な連中だな」


 と、オーウェンは眼鏡を上げながら、不確定な情報で錯誤し、他国を攻撃したシンジたちを心底軽蔑した。


「それより早くオルシェの村に行きましょう。このままでは、オルシェの村の皆さんが殺されてしまいます」


 ヒースが提案するが、ファットランドからオルシェの村までは約10キロ。馬を借りたとしても約10分。クロキたちが乗ってきた飛空艇も、イゴールの魔法の準備に10分程度必要であった。


 最速でオルシェに着くには――


 クロキはシンジの首からワイヤーを解いた。




 オルシェの村では、あちこちの建物に火の手が上がっていた。


 数十人の賊が建物を破壊し、略奪をしており、ジョナサンとジョナサンの2人の部下が槍を手に、必死に応戦するが、文官であるジョナサン達はあまり戦闘に慣れておらず、賊の侵攻を止めることができない。


 しかし、危険を顧みず、前に立って戦うその様は地方官吏に任命されるだけの人物であることがうかがわれた。


 だが、村人たちと言えば、女子供はまだしも男も皆ジョナサンたちを盾に隠れるばかりで、誰一人として武器を持とうとしない。


 結局与えられることに慣れて、与えられることしかできなくなった者でしかなかった。


 しかし、そうであっても、官吏として、民のためにジョナサンは槍と魔法で賊に応戦し続けた。


「うわっ」


 ジョナサンの部下の一人が、わき腹を斬られ倒れる。


 戦況は悪化する一方であった。


 この賊は、賊にしては統率が取れており、強い魔力を持つものが数人いる。


 最早このまま押し切られるだけかと思ったそのとき、猛烈な風が上空から吹き降ろす。


 上空を見上げるジョナサンの目に涙が浮かぶ。


 賊たちも立ち尽くし、上空を見上げると、エメラルドグリーンの鱗を陽の光に輝かせた龍が上空から舞い降り、シンジとその仲間、そして、クロキ、カルロス、イゴールが龍の背から地上に降り立った。


 シンジは、ジョナサンの背後の、建物の影に隠れる村人に気付く。


「ほかは皆逃げたのか」

「は、はい、足腰が不自由なものや、乳飲み子を抱えた者などがまだ残っています」


 シンジは、逃げ遅れた人を確認したかった訳ではなかった。


 村人たちが、ジョナサンを残し、村を見捨てて逃げてしまったことを信じたくはなかったのだ。


 あれだけシンジに先祖代々の土地について語っていたにもかかわらず、いざとなれば呆気なく村を、生活を捨てる。


 シンジは、


「ああ」


 とつぶやくと、ジョナサンに背中を向けた。


「すまなかった。俺の間違いだった」


 シンジは大きく息を吸う。


「てめえら、覚悟しろっ!」


 その叫びを合図にしたかのように、賊たちが再び攻め寄せる。


 応戦するクロキ、カルロス、イゴールに続いて、シンジの仲間たちも戦闘に加わる。


 シンジの仲間たちはは、シンジについて歩くだけの金魚のフンかとクロキは思っていたが、なかなかどうして、勇ましい戦いぶりで、いずれも一級の冒険者たちであった。


「水龍顕現」


 クロキらに押し返される賊たちにとどめを刺すため、シンジは右腕からターコイズ色の鱗を持つ龍を出現させた。


「水龍大瀑布!」


 水龍が咆哮すると、口から滝のように水が放たれ、賊たちを濁流に飲み込む。


 周辺の木々すらもなぎ倒し、激流とともに賊たちを彼方へと押し流してしまった。


 水しぶきを浴びて濡れた髪をかき上げながら、イゴールは何もなくなった目の前の光景を見て、呆れていた。


「ふぅ、無茶苦茶だね。ちょっとやりすぎじゃないかい」

「どうも、俺は感情に任せて行動しやすいようです。もっと気を付けないと、ですね」


 そう言うと、シンジは水龍を消し、剣を鞘に納めた。


 クロキは、見える範囲に賊がいないことを確認すると、カルロスに声を掛け、村の中や水龍の攻撃の範囲外となっていた森の中に賊が残っていないか確認することとした。




 ファットランドでは崩壊した土龍の岩石が畑の上に散逸し、土系魔法を使えるものを中心に兵士たちが撤去作業に追われていた。


 また、火龍によって作物も焼けてしまっており、その被害状況の調査も岩石の撤去と並行してオーウェンを中心に行っていた。


 オーウェンは、腕を組みながら被害状況を調べる兵士たちを眺めると、眼鏡を指で上げ、ヒースに話しかける。


「被害額が判明次第、損害賠償を請求させていただきます。まあ、あまり大事にしたくはないので、多少上乗せしてもらうということにしていただければ、本国には良いように取りなしておきます」

「分かりました。その方向で総務長官に話をします」

「それにしても、さっきの轟音は、あの異邦人の? 全く異邦人と言うのはとんでもない」


 ヒースはただ苦笑いするしかなかった。


 シンジの水龍大瀑布の音は、約10キロ離れたファットランドまで響き、賊たちがオルシェの北方向、ファットランドの西方向に流されたことをオーウェンらも把握していた。


 守備兵がオーウェンに報告する。


「オルシェの村を襲撃した賊たちは一人残らず激流に流されたようです」

「襲撃は終わったと…?」

「はい、そのようですが、どうかされましたか」


 オーウェンは、いぶかしげな顔をしながら眼鏡を指で上げた。


 モンテ皇国とガーマン共和国が、互いに国境線に対して警戒を強めているこの地をわざわざ襲撃すること自体に違和感がある。


 また、ファットランドを失って以降オルシェの村は特段裕福な村ではなく、襲撃しても得るものは些少。


 賊の行動はこの辺の地理、政情に詳しいとは思えない。


「何か嫌な感じですね。オルシェの村のほか、東の山と西の森についても見張りを継続。些細なことでも動きがあれば報告しろ」


 オーウェンの守備兵への指示について、ヒースが疑問を投げかけた。


「賊に別動隊がいるとでも?」

「いえ、必ずしもそういうわけではないのですが」


 ただ――

 一定期間東の山でキャンプを張り、この辺を嗅ぎまわっていたこと。

 ファットランドでひと悶着が起きるのに合わせたかのような行動。

 それらは、賊の行動と矛盾する。


 そして、統率された動き。であるにもかかわらず、物見の話を聞く限り、一団の中には統率するようなリーダー格の人物は存在しない。


 オーウェンは、ヒースを見ながら眼鏡を上げた。


「本件を収めるために、もう一つ条件を出したい」




「おぅい、どういうことだぁ。なんで誰もいねぇ」


 シンジが振り向くと、いつの間にか一人の男が背後に立っていた。


 浅黒い肌の大柄の男で、強面の顔にさらに入れ墨が入って一層威圧感を与えている。


 野獣の毛皮で作った上着と腰巻。一見して賊のリーダーであることが見て取れた。


 男の背後にはローブに身を包んだ3人と、軽装の男が1人。


 音も気配もなくいつの間にか背後に存在した男たちに、イゴールもシンジも身構えた。


「さっきの音かぁ? まさかやられちまったのかぁ。まあ、でも、『マーキング』はしてたみたいだから、褒めてやるかぁ」

「手前っ、何者だっ。さっきの賊の仲間か? ならば、容赦はしない」


 シンジが龍を出そうと右腕を上げる。


 するとその男は、待てと言わんばかりに右手の手の平をシンジに向けた。


「ちょっと待てぇ、俺たちはこの村をちょっと調べさせてほしいだけだぁ、無駄に戦う必要もあるめぇ」

「調べる?」


 イゴールが反応する。


 何を調べるというのか。もしやさっきの大群は、この村から人を追い払うためだったというのか。


 それにしては、さっきの連中は建物を破壊していたが、しかし、嘘をついているようには見えない。


「調べるって、何を調べるんだい?」


 リーダーの男は、イゴールを少し見つめ、言った。


「ああん、なぁに、家ん中を調べて、それからちょっと地面をひっくり返すだけだぁ、そんなに時間は取らせねぇ」

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