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ファットランド

「準備は良いかい。おっと、何で俺かって?そりゃ俺レベルの空気系魔法使いじゃなけりゃ、シンジくんに追いつけないからさ」


 ネロス城の見張り台の上でイゴールがオールバックにした髪の毛を撫でながら、陽気にクロキとヒースに挨拶をした。


 それに対しカルロスは、


「イゴールさん、前みたく途中で魔力不足は勘弁してくださいよ」


 と、指が抜いてある革の手袋の具合を確認しながら答えた。


 そこにテオが走って見張り台に上がって来る。


「すまないな、俺はこっちで情報を集約する。場合によってはガーマンからの抗議が予想されるしな。そっちは頼んだぞ」


 テオは、カイゼルの元に残り、クロキ、ヒース、カルロス、そしてイゴールでシンジを追いかけることとなった。


 見張り台の上に設置された「飛空艇」と呼ばれる翼のついた木製のボートに一行が乗り込むと、イゴールは飛空艇の先頭に立ち、ぶつぶつと呪文を唱え始める。


「そうだ、クロキ忘れていた、これを。頼まれていたものだ」


 テオがクロキに風呂敷包みを投げ渡すと、クロキは軽くうなずいた。


 飛空艇が徐々に風に包まれる。


 テオが風に耐えられず見張り台の端に移動すると、飛空艇がゆっくりと宙に浮いた。


「じゃあ、行くよ、エア・フライト」


 一行を乗せた飛空艇はオルシェの村へと向かって飛び始めた。




 オルシェの村の外れに人の群れができている。


 その中心には、シンジとフランソワのほかシンジの仲間の女二人の姿があった。


 村人たちはシンジに集められたらしく、「なんだ」、「どうした」、と言いながらシンジを見ている。


 シンジは村人の顔を一人一人見ながら話す。


「すみません、国はこの問題に対して、何ら対応をしてくれないようです」


 シンジの言葉を聞き、あちこちから深いため息とともに「勇者様でも駄目だったか」と言う声が漏れ聞こえてきた。


 シンジは、村人たちの落胆を見ると、振り返り、ファットランドの方向を見て、


「だから、俺が取り戻します。奴らを追い出します」


 と言って、再び村人たちに向き直り、


「安心してください」


 と満面の笑みを向けた。


 それを聞いた村人たちは、一転して困惑し、ざわめき始め、古老の一人が申し訳なそうな表情でクロキに言った。


「いやいや、私たちは何もそこまでしていただかなくても」

「いや、俺のことなら心配無用」

「そういうことではなく、後で奴らが仕返しに来たら、この村が危険になります」

「だったら、しばらく俺がここにいれば良い。奴らが諦めるまで追い返し続けるし、その間に、奴らに対抗できるよう俺の世界の戦術を皆に教えるよ」


 自信満々に答えるクロキに村人たちは何も言えなくなった。


 結局のところ村人たちは、ファットランドを取り返したいと心の底から思っているわけではなかった。


 休みなく毎日働かなくてはならない農業を再び始めるよりも補償金をもらって暮らす方が楽であったし、それ以前に、10年近く作物を育てていないため、もはや農作物を育てるノウハウは失われており、今更ファットランドが戻ったところで活用することができない。


 そのように、最早ファットランドを再び手に入れるメリットが村人たちにはないにもかかわらず、ファットランドを取り返せばガーマン共和国から報復される危険というリスクが生じてしまうのである。


 村人たちとしては、国家の重要人物であるシンジが直談判すれば、さらなる補償金を国からもらえるのではないか、いや、もらえれば良い程度の考えで、シンジには多少大げさに話をしたのであった。


 そのため、シンジが鼻息荒くファットランドを取り返すと宣言したことに非常に困惑していた。


 シンジは仲間を伴い、颯爽と村を後にしようとしたが、そこにレンス地方の官吏――ジョナサンが護衛とともに駆けつけた。


 ジョナサンは小柄な男であったが、腹は人一倍出ており、その腹を縦に横に揺らし、人のよさそうな顔を汗まみれにしながら、シンジの前に立ちはだかった。


「シンジ殿、頼むから思い留まってください。ガーマンと戦争になります。どうか、お願いします」


 ジョナサンは地面に額をこすり付けて懇願した。何度も何度も頭を下げるにつれ、額に血が滲む。


 シンジもさすがに哀れむかと思いきや、至極呆れた顔をし、一つため息をつくと、


「相手は侵略をしてきてるんだぜ、すでに戦争を仕掛けられているんだよ。まあ、あんたは、このまま侵略された方が良いのかも知れないが」

 と、吐き捨てるように言った。


 ジョナサンは、口をポカンと開けてシンジの言葉の意味を考えていた。


 まさか、シンジは、自分がガーマン共和国と通じていて、侵略の手引きをしているとでもいうのだろうか。


「い、いや、どういう意味か分かりかねますが、前にも申した通り、今ファットランドはガーマンの領地なのです」

「それは、あんたらが村人の意志を無視して勝手に言っているだけだろ。村人からみれば、自分たちの土地を踏みにじられているんだよ。それに、ファットランドの外でも武装した連中を目撃したことがあるっていう人もいる。これを見逃すのか」


 ジョナサンは今にも泣きそうな顔をしている。


「ポリー、剣をくれ」

「はいよ」


 シンジよりも背が高く、背中に大剣を背負った体格の良い女戦士――ポリーが、脇に置いてあった木箱から剣を取り出しシンジに渡した。


「あら、剣は、失くしたの?」


 パーティーの中では一番年上のように見える軽装の女騎士――エイミーが、魔術師のフランソワに聞くと、フランソワは剣をネロス城に置いてきた次第をエイミーに説明した。


 シンジは剣を腰に下げると、両のほほを叩き気合を入れ、血と涙にまみれたジョナサンを置き去りして、3人の仲間とともにファットランドへと向かって行った。




 ファットランドは、80ヘクタールほどの広さがあり、ガーマン共和国はその周囲を隙間なく木と石の壁で覆うとともに、ファットランド各所に監視塔を設置し、外敵――主にモンテ皇国の攻撃に備えていた。


 その中央にファットランドの統括する詰所があり、詰所の周囲には、兵士、農業従事者などファットランドで働く百五十人のために宿場や食堂、娯楽施設などが密集し、小さな町を形成していた。


 このファットランドの統括官オーウェンは、詰所の中でときおり細い眼鏡を上げながら前30日分の収穫量と今週の天気図を見ていた。


 前30日の収穫量は平年並みであるが、今週は天気が優れないため、このままであればこれからの収穫量は減少するであろう。


「魔術師を呼ぶべきか……」


 土系魔法には、植物の成長を促す効果を持つものがある。


 それは、一瞬で若木を大木へと成長させたり、成長限界を超えて雲を突き刺す高さまでそら豆を成長させることができた。

 しかし、この魔法は植物を急速に成長させるため、栄養価が著しく低くなり、味もボケてしまうという欠点があった。


 そのため、オーウェンは空気系の魔法によって天候を操作しようと考えていたが、その場合、どこかの地域にそのしわ寄せが来る。


 簡単な例でいえば、ハリケーンの進路を空気系魔法で変更すれば、別の地域が被害を受ける。

 ハリケーンを消滅させたとしても、そのエネルギーや雨はどこかで発散される。


 魔法で天候を操作する場合は、その影響も考えねばならず、オーウェンは広域の天気図を見ながら様々な計算をしていた。


 オーウェンは今年の若葉芽吹く季節の1つ目の月の頃――クロキのいた世界でいえば春先にファットランドへと派遣されてきたばかりであった。

 それまでは、ガーマン共和国の騎士として、一部隊を率いて数々の戦果を挙げてきたが、ある事件によって、この地に左遷されたのだ。


 だが、元来生真面目なオーウェンは、この地での仕事――収穫量の維持向上についても、腐ることなく取り組んでいた。


 ファットランドはモンテ皇国内に飛び地として所有している地であり、常に攻撃を受ける危険性がある、と派遣されるに当たって忠告されていたが、この半年間、ガーマン共和国の人間以外にファットランドに近づく者は皆無であった。


 ところが、ここ数日、はっきりと姿を見たわけではないが、西の山から煙が立ち上っているのや、森を走る人影があったというようなことが報告されており、ファットランドの兵士たちは警戒を強めていた。


 ふと、オーウェンの耳に聞き慣れない音が聞こえる。


 はたと顔を上げると、再び同じ音が聞こえた。


 ラッパの音。


 不審者警戒のリズムであることに気付き、オーウェンは詰所を飛びだした。

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