シャールークとの遭遇
男は一昨日、ニケルとともにバルトの家にやって来た、さすまたを持った男であった。
クロキは今朝、ヒース組と別れてから、何者かに後を付けられていることに気付いていたが、何者であるかが分からずここまで放置していた。だが、あまりにも拙い尾行に苛立ちが募り、また、休憩中に最接近して来たため気配からその正体に気付き、ここで指摘したのであった。
「あなた……なぜ後を?」
ウランが男に問うた。
「いや……はは、ニケルさんの指示で……」
男は苦笑いをする。
「叔父が……? 叔父もここにいるのですか?」
「え、ええ……ニケルさんも一緒に来ています」
「一体、どういう――」
言い終わる前に、急にウランは世界樹の方角を見た。
「どうした?」
クロキが聞くと同時に、世界樹の方向から爆発音が鳴り響く。
「バルト……まさか……」
ウランの表情が険しくなる。
禁断の地。
アトランティス帝国の首都の北、世界樹側に造られた、古代の祭祀場の跡。
目立った建物はなく、巨大な石柱が、祭壇と思われる朽ちた石の塊を囲んでいるだけ。
ヒースたちがバルトの案内で「禁断の地」にやってきたとき、そこには既に数人の男女がいた。
白い軍服を着た男たちと、それを率いる白いローブを着たツインテールの女魔術師、そして、浅黒い肌に入れ墨を入れた大柄の男。入れ墨の男は、素肌に野獣の毛皮で作ったベストをはおり、野獣の毛皮で作った腰巻の下には白いズボン、そして腰巻の上に白い軍服の上着を巻いていた。
ヒースは警戒した。その風貌は、クロキから聞いたメソジック帝国と通じる野党の首魁シャールークと一致している。
中央の祭壇付近に砂ぼこりが舞っており、祭壇を魔法で攻撃したことが一目で分かった。
「……ぁん? なんだぁ、お前らぁ……」
シャールークがヒースたちを見た。
白い軍服からメソジック帝国の一団と認識したモニカとレオポルドは、ヒースとバルトを後ろに下がらせようとしたところ、
「あなた方は、一体何をしているのですかっ!」
とバルトが叫んだ。
シャールークは傍らの女魔術師――プリヤンカと顔を見合わせて、笑いながら答えた。
「はっ……なぁに、別にお前さん方に危害を加えたりしねぇよぅ。ただなぁ、ちょぉっと、この石っころをぶっ壊したいだけだぁ……って、なんか前にも同じこと言った気がするなぁ……」
「壊す……? この地の守護の一族として、そのようなことは許さない!」
バルトは果敢に叫ぶが、シャールークは耳を指でほじって聞く耳を持たない。
「うるせぇなぁ……守護だか何だか知らねぇが、別にお前の許可なんざぁなくっても、石ころ一つ壊すことぐらいできらぁ」
そう言ってシャールークが手を上げると、手下の男数人が魔法を撃つ構えを見せた。
「させるかっ!」
レオポルドがすかさず手の平を前に向け、シャールークらに向かって大きな火球――ファイアー・ボムを放とうとしたが、魔素の濃さのため、放つ前に手元で爆発してしまった。
「な……!」
驚くレオポルドに代わって、モニカが剣を抜いてシャールークに向かって行こうとしたとき、シャールーク目掛けてナイフが飛んできた。
シャールークは瞬時に腰の剣を抜き、ナイフを弾く。
「よぅ……お前さんもいたのかぃ……」
ナイフが飛んできた方向を見て、シャールークがニヤリと笑った。
「貴様、シャールーク……」
クロキがシャールークの名を呟くと、シャールークは身体をクロキに向けた。
「シャールーク……? あの、オルシェを襲撃したって賊か?」
クロキの隣で、オウギュストはそう言いながらシャールークを見た。
「だけど、あの白い衣装は……メソジック帝国の……」
シャールークら一団の格好はメソジック帝国軍の着用している白い軍服と非常に似ていることに、オウギュストは警戒を強めた。
クロキは背中の刀の柄を握る。
「メソジックに雇われているだけかと思ったが……ただの傭兵に制服は与えないよな」
「はっはぁ、勘違いしてんじゃねぇよぅ、だぁれがメソジックだぁ」
「なに……?」
シャールークの横でプリヤンカも笑っている。
異様な反応に、クロキは続けて質そうとしたが――
「くそっ、これならどうだ……!」
クロキとシャールークのやり取りを聞いていたレオポルドが、今度はファイアー・ボールを唱えた。魔力の消費の少ない魔法ならば、発動させやすいと考えたのだろう。その考えは間違ってはいなかったが、それでも放たれた火球はコントロールを失い、狙った方向に飛んで行かない。
それでも、いくつか放ったうちの一つがシャールーク目掛けて飛んで行ったが、
「邪魔はさせないわよ」
と、火球の前にプリヤンカが立ちふさがり、火球に向かって手を向けると、火球はプリヤンカの手に吸い込まれた。
「気を付けろ、奴の指輪は魔法を吸収する!」
クロキの忠告に一同は身構えた。
だが、オルシェの村のときのように、吸収した魔法をこちらに向かって放出し返してくる素振りがなく、クロキは不審に思う。
シャールークらの目的は一体何なのか。
「メソジック帝国……いや、カミムラが古代文明の技術を狙っていることは知っている。お前もその役目を担って来たんだろう」
「だぁからよぅ、メソジックは関係ねぇって」
的を得ないシャールークの返答にオウギュストが苛立ちの声を上げる。
「いや、だから、その格好はメソジックの制服だろうがっ」
「これかぁ……」
シャールークが腰に巻いた白い上着を摘まんだ。
「これはなぁ――」
「シャールーク、見つけたのなら連絡をしてください」
シャールークの言葉を遮って、新たな白い軍服姿の一団が現れた。
「あ、なたは……」
新たな一団を率いる銀髪の紳士を見て、ディックとモニカが目を見開き、固まる。クロキとヒースにも緊張が走った。
「おや……何と……こんな所で会えるとは、これは、また……」
銀髪の紳士も驚き言葉を失う。
「おい、誰だ、あいつ」
オウギュストがキョロキョロとクロキとディックの顔を見る。クロキが言葉を選びながらオリバーに向かって言った。
「きさ……あなたは、アトリス共和国の……オリバー大臣、でしたね」
銀髪の紳士――オリバーは口の上の髭を一撫でして言った。
「いかにも、アトリス共和国内務大臣、オリバーです。クロキくんと言いましたね。カイゼル氏の殺害の件は聞いています。ここで、あなたを捕えてモンテに借りを作りましょう」
その場に緊張が走り、全員が身構えた。