大陸を護る方法
その夜。
「お祖母様、一体どういうことですか」
祭壇のある部屋で祈りを捧げる祖母に向かってウランが聞いた。
祖母は祭壇に向かって目を瞑ったまま答えない。
「今まで、どんなことがあろうと『禁断の地』に行くことは許されなかったのに、なぜ今回、あの者たちには……」
祖母は少し間を置いて口を開いた。
「久しぶりにのぅ……夢を見たのよ」
「セブンス・ドリーム……」
「ああ……何年ぶりかのう……」
「それで……内容は?」
祖母が少し間を置き、口を開こうとしたとき、玄関の扉が勢いよく開く音が鳴り響き、続いて数人が屋敷の中に入って来る音が聞こえた。
「母さん、いるか!」
男の大きな声が聞こえ、ウランと祖母は祭壇の部屋から出て玄関に向かった。
玄関には数人の碧い上着を着た男たち、その中で健康的に日に焼けた肌の40代くらいの男がウランの祖母を見つけて駆け寄って来た。
「母さん、大陸の外の人間を街に入れたって聞いたが、本当か?」
その男は、ウランとバルトの叔父ニケルであった。
睨むような目つきで睨むニケルを意に介さず、ウランの祖母は表情を変えずに答える。
「ああ、バルトの命の恩人じゃて、その礼にな」
「恩人だろうが、なんだろうが関係あるものか、外の者を招き入れるなど許されん。そいつらはどこだ、ウラン、直ぐに連れて来い」
ニケルがウランに指示をしたところ、騒ぎに気付き2階からバルトが降りて来た。
「ニケル叔父さん……」
「バルト、お前、外の者を招き入れたそうだな、そいつらを……」
バルトの後ろに見知らぬ人間の姿を見て、ニケルは説教を止めた。
バルトの後ろにいたのはクロキとヒース。
ニケルは一緒に来た若い男を振り向き、
「おい、バルトが連れて来た奴ってのは、奴らか?」
と聞いた。
聞かれた若い男は、クロキらが港に降り立った際に、槍を向けて来た男たちの一人であった。
その若い男がうなずくのを見て、ニケルはクロキとヒースを睨みつけた。
「あんたら、悪いが一緒に来てもらおうか」
「ちょっ……叔父さん、どういうことですかっ」
バルトがニケルの前に立ち塞がる。
「外の者を自由にさせてはおかん。拘束させてもらう」
「そんな、彼らは俺の恩人ですよ。何も悪いことはしていないのに、なぜそんな……」
「この大陸に降り立ったことが罪だ」
「何て無茶苦茶な……」
ニケルとともに来た男たちが、バルトを押しのけて棍棒やさすまたを構えながらクロキに近付いていく。
クロキはヒースを自分の背後にやって、拳を構えた。
男の一人がさすまたをクロキに向かって突いた。クロキは階段の手すりを足場にして跳ぶと、さすまたの男の背後に着地し、瞬く間にニケル以外の男たちを気絶させてしまった。
一瞬のうちに複数の男たちを倒してのけたクロキに、バルトもウランも驚きを隠せずいたが、ニケルは表情を変えずにクロキを睨みつける。
そして、ニケルは腰の剣に柄に手を当てて、引き抜こうとしたとき、
「お止め」
とバルトの祖母の制止に、クロキとニケルが祖母を見た。
「まったく……家の中で暴れんじゃないよ、やるなら外でやりな」
祖母が呆れたように言うので、ニケルはクロキに顎で外に出るように指示をした。
「そういうことだ、外に出ようか」
しかし、クロキは鼻で笑う。
「はっ……誰が出るかよ、もう寝る時間だぜ」
そう言うとクロキは振り返り、
「ヒース、行こうぜ」
と階段を上り始めた。
「おい、待て!」
ニケルがクロキを呼び止めるが、クロキは無視して2階に上がってしまった。
ニケルはクロキを追い掛けようとしたが、
「ニケル、お待ち」
とバルトの祖母が制止した。
ニケルがバルトの祖母を振り向き小さく舌打ちをする。
「母さん、一体どういうつもりだ」
バルトの祖母はその問いに答えず、静々と祭壇の間に入って行った。
その後をウランが追い、その後をニケルが追って祭壇の間に入る。
香の匂いが立ち込める祭壇の前でバルトの祖母は黙とうを捧げていたが、ふと口を開いた。
「世界樹様が……呼んでいた」
「まさか……!」
ウランが驚き思わず声を出す。その後ろでニケルは眉間にしわを寄せた。
「何を見たんだ?」
ニケルの問いに対し、少し間を置いてバルトの祖母が答える。
「……分からん……が、世界樹様の意志、確かめて見るべきであろう。ただし――」
祖母がウランとニケルを振り返り、真剣な眼差しを向けた。
「くれぐれも『禁断の地』には近づけてはならんぞ」
禁断の地という言葉にニケルが一瞬反応した。
祖母の強い言葉にウランは唾を飲み込む。
祖母の固有魔法セブンス・ドリームは、祖母の意志とは関係なく、寝ている最中にだけ不作為に発動する珍しい魔法だ。その効果は、予知夢。ただし、予知ができるのは世界樹に関係する事象のみ。
祖母はおそらくクロキらと世界樹が関係する予知夢の中で、禁断の地についても何かを見たのだろう。
ウランは心の平静を無理やり取り戻し、決意したように祖母を見た。
「分かりました。アトランティスの守護の一族として、見届けます」
ニケルは、屋敷を後にして、連れて来た男たちとともに、直ぐ近くにある自分の家に向かっていた。
アトランティスの守護の正統な後継は、代々一族の女性が引き継ぐため、当主の座は亡きニケルの姉からウランへと引き継がれており、まだ若いウランを先々代の当主であるニケルの母――ウランの祖母が支えている。
だが、正当な後継ではないといっても、ニケルもまたアトランティスの守護の一族として、周辺の集落を含む、この地域の治安の維持のほか、大陸の外からの侵入者への対応も担っていた。
その役割をニケルは誇りに思っており、身を捧げるように職務に当たっていた。街の男たちで自警団を組織して訓練をしたり、大陸の外の人間の考えや世界の情勢を把握するために他の大陸に渡って見分を広めたりもした。もちろんモンテ皇国やアトリス共和国を訪れたこともある。
そうしてニケルが達した結論があった。
それは、大陸の外の人間は、利己的で、唯物的で、独善的で、そして好戦的であるということだ。
彼らを大陸に入れてはいけない。
彼らの文明を取り入れることは、彼らの文化に染まるということ。
そして、アトランティス文明の遺跡に眠る、財宝や技術を彼らの手に渡してはならない。
その財宝や技術を手に入れた者は、世界を変えるほどの力を手に入れるということ。
ニケルは思う。
大陸の外を見て回って、素直に軍事力に驚嘆した。本気で攻められれば、おそらくあっという間に大陸全土を奪われてしまうであろう。
アトランティスを守るためには自分たちも相応の力を身につけなければならない。
そのための方策を、ニケルは日ごろから様々考えていたが、即効性のある方策が思いつかず、もどかしく思っていた。
ニケルが家に入ると、自警団の団員が待っており、ニケルに駆け寄ってきた。
「ニケルさん、ニケルさん宛の書簡が届いています」
「こんな夜中にわざわざ来んでも……そんな急ぐのか?」
団員が差し出す巻かれた手紙を迷惑そうにニケルは手に取ったが、差出人を見て表情が変わる。
「アトリス……か」
そして、その中を読むとニケルは手紙を握り潰し、ソファに座って悩まし気に額に手を当てた。
もう時間はない。
毒を制すには、毒を以ってすべきか。