守護の姉弟
敵意を向ける姉とは対照的に、バルトはヘラヘラとしながら弁明したが、バルトの姉はクロキらが弟の命の恩人と知っても、態度を変えない。
「そうでしたか、それは礼を言います。ですが、それとこれとは話は別。この地に部外者を上げるなど許されません」
「姉さん……命の恩人にお礼をするくらいいいじゃないですか」
「バルト、守護の一族の発言と思えません。軽率です」
守護。どうやらバルトとこの姉は、この町、いやアトランティスにおいて重要な役割を担っているようだが、バルトと姉ではどうも考え方が違うようだ。
「守護、守護……姉さんはそればっかり、そんなことばっかり言っていると世界に取り残されますよ」
バルトは姉の怒りをよそに、呆れたように首を振りながらため息をついた。
だが、バルトの姉は、
「あなたが何と言おうと、その者たちをこの地に上げるわけにはいきません。お引き取りください」
と毅然とした態度を崩さない。
そんなやり取りをしていると、
「ウラン、おやめ」
バルトの姉――ウランの奥から、杖をついた老婆がゆっくりと歩いて来る。
見えているのか見えていないのか分からない程垂れ下がった瞼。歯の抜けた口で、老婆を振り向いたウランに向かって言った。
「バルトの命を助けてくれたんだ。礼をせずに追い返すのも何とも不義理じゃないか」
「お祖母様……」
戸惑うウランと対照的にバルトは1つ手を叩いて、喜んだ。
「バアちゃん、さっすが、話が分かる!」
「さあさ、こんな所で揉めていてもしかたあるまい。バルト、家に案内して差し上げな」
「かしこまり~、じゃあ皆さんこちらへどうぞ」
そう言ってバルトがクロキらを案内しようとすると、老婆――バルトの祖母が片方の垂れ下がった瞼を開けて、銀色の瞳をバルトに向けた。
「ああ、そうそう、許可を得ないで勝手に出漁したことは、後で説明してもらうよ」
これまでずっとヘラヘラとしていたバルトの顔が急に引きつる。
「あ、はい……」
バルトはそう一言返事をして、ぎこちない動きでクロキらの案内を続けた。
クロキがバルトの後を追いながら横目でウランを見ると、ウランは眉間にしわを作り、唇を噛みしめながら海を真っ直ぐと見ていた。
町はかなり大きく、バルトによると、この大陸の東側では一番大きく中心的な町であるという。
その町の奥、小高い丘の上に位置するひと際大きな屋敷がバルトの家であった。
屋敷の中には古代の呪術の道具などがあり、ヒースは興奮しながらそれらを眺めていた。
屋敷の奥には祭壇もあり、そこではバルトの祖母が毎日のように祭祀を行っているという。
「ひとまず昼食を取りましょう。急なので大したものはお出しできませんが。さあ、こちらです」
バルトに案内され、クロキら六人は客間に通された。
客間には石造りのテーブルとイスがあり、クロキらはそれぞれイスに座ったが、ヒースはテーブルに刻まれた文様に気付き、眼を凝らした。
「これは、もしかして……」
「……うん? どうかしましたか?」
軽食を乗せたプレートを運んできたバルトがヒースに声を掛けた。
「これって、古代文字ですね……」
ヒースがテーブルに刻まれた文様を凝視しながらバルトに聞いた。
「ええ、そうですよ、祖母が言うには、このテーブルの石は4千年前の物らしいです」
「4千年前……ひええ、そんな昔の物が今でも……これは、何と書いてあるんですが」
「ああ、これはですね、大した意味ではないです。『神の意志にて生を成す』、自分たちのことを神の僕と信じていた古代アトランティス人の合言葉みたいなものですね」
「おや、バルトさんは信じていないみたいな言い方ですね」
「ここは外界と隔絶されてはいますが、さすがに長い年月の中で様々な思想が入ってきます。この町で、もうそんなことを信じている人はいませんよ」
そう言ってバルトは笑った。
「この町では、ってのは……?」
「アトランティスは広大です。この町の他にも大小いくつかの町が存在しており、その中には未だに自分たちを神の僕と信じている者たちもいます」
バルトがそう言い終わった頃、全員の前にプレートが用意された。
プレートにはパンと干し肉が数切れ、そしてカットされたフルーツが盛り合わせてあった。
「それにしても、お姉さんのことは良かったのですか?」
ヒースがバルトに聞いた。
「良いんです良いんです。それに……」
バルトが声を潜める。
「実のところ、助けてもらったお礼をしたい、というよりは外の世界の話を聞いてみたかったのが一番の理由なので、姉さんの言い分の方が正しいです。大きな声では言えませんが」
そう言うとバルトは申し訳なさそうに笑った。
「それで、皆さんは、なぜアトランティスに?」
バルトの質問にヒースはクロキと顔を見合わせた。
ここは外界の人間を拒む地。本当の理由を言っても良いものか。だが、バルトは信用できるとヒースは判断した。
「実は……」
メソジック帝国のこと、カミムラのこと、カミムラの目的には古代文明が関わっていることをバルトに話した。
バルトは珍しい外界の話ということもあり、興味深そうに話を聞いていた。
「なるほど……それで皆さんは遺跡に行きたいと」
そう言って、バルトは1つ手を叩いた。
「よし、では、俺が遺跡まで案内――」
「する、なんて言わないわよね」
バルトの言葉を遮って、姉のウランが客間に入って来ながら否定した。
「ね、姉さん……」
「お祖母様の許可ですからこの街は良いとしても、『禁断の地』にその方たちを連れて行くことはまかりなりません」
禁断の地、どうやら古代文明の遺跡はそう呼ばれているらしい。
「『禁断の地』ねえ……あのさ、何でそんなに外界の人間を入れたがらないの?」
モニカがテーブルに頬杖をつきながらウランに聞いた。
「『禁断の地』は、何人たりとも脚を踏み入れてはならない地。『禁断の地』には古代の災厄が眠っていると伝わっています。何も知らない人間が脚を踏み入れ、万が一でも災厄が復活してしまうことはあってはなりません」
「ふうん……じゃあ、その災厄って、何?」
「復活した場合、この大陸が消滅しかねないと言われています」
「だからさ、どんな災厄なの、って」
「それは……」
ウランが言葉に詰まる。
「結局、伝説は伝説だろ、何も起きやしないって」
バルトはそう言い放ったが、やはりウランは頑なに認めない。
「しかし、何も起きないという保障もないわ」
ウランとバルトがにらみ合う。
「ほっほっほ、何やら盛り上がっているようだね」
と、入って来たのはバルトの祖母。
「お祖母様。さすがに『禁断の地』に脚を踏み入れるのは許されるものではないかと」
ウランが祖母に向かって言った。
「そうじゃな……じゃが、そうであるならウランとバルトで案内すればよかろう。『禁断の地』に入らぬようにな」
「お祖母様!」
予想外の祖母の許可に、ウランが困惑する。
「よし、そうと決まれば、さっそく準備しましょう」
バルトは思わず1つ手を叩いて、椅子から立ち上がった。