海の魔獣
雲1つない快晴。
船に揺られ早2日。
マーゴットの用意してくれた船はなかなか快適で、なんとマーゴットは十分な食料と水、そして、モニカ用に化粧用品まで用意してくれていた。
「あ、見てください、陸地です、アトランティスです!」
ヒースが眼鏡の位置を整えながら、水平線に見える陸地に声を上げた。
一行が帆先に集まって、歓声を上げる。
あれが、伝説の大陸アトランティス。
クロキとヒースにとっては、まさに伝説、幻の帝国の存在する大陸であるが、この世界の人間であっても行くことのない地であるため、モニカやレオポルドも興奮気味であった。
アトランティスは、かつて超古代文明が存在した大陸。モンテ皇国やアトリス共和国に限らず、多くの地域において、神話や物語にその名が登場しており、知らない者はいないが、大陸自体が神聖視されており、一般には脚を踏み入れることは禁忌とされていた。
アトランティス大陸は東西に1,600キロメートル、南北に1,000キロメートルの、クロキのいた世界で言う大西洋に浮かぶ大陸である。船から見る大陸の中央に盛り上がりが見える。大きな山がそびえ立っているのだろう。
アトランティスは、クロキのいた世界での伝説では、高度な文明が発達した国が存在していたが、発達し過ぎた文明は次第に堕落し、ついには海の底に沈んでしまったという。
では、この世界ではどうか。
ヒースがこの世界に来てから収集した伝説によると、かつてアトランティスに高度な文明があったという点は一致している。この世界ではその先が異なる。
いつしかその帝国を二分する戦争が起き、その戦争によって大陸全土が戦火で包まれ、多くの人間が死んだ。
戦争は和睦により終結したが、和睦を良しとしない者たちは、西の大陸と東の大陸に渡った。
その後、天変地異により帝国は大きな被害を受け、そのまま滅亡したという。
「さて……どこから上陸するのだ?」
ディックがヒースに聞くと、ヒースは地図に指を這わせながら、
「大陸の沿岸を南に進むと町があるようです。そこなら港もあるでしょう」
と、マーゴットが手配してくれた操舵手に指示をした。
「おい、ありゃあ何だ?」
そう言ってオウギュストが指を差す先には1艘の小船。だが、様子がおかしい。小船の向こう側の海面が大きく盛り上がり、小船に乗った三人の男が必死に船を濃いでこちらに向かって来ている。
と、海面の盛り上がりがひと際大きくなり、それは姿を現わした。
それは長い首をもたげてクロキらの乗る船を睨み、大きく咆哮する。
体長は20メートル以上はあろうか。その首の先には無数の牙を覗かせる口を持つワニのような頭部。首の長いモササウルスのような風体である。
「うわ、うわぁ! きょ、恐竜ですよ、恐竜!」
ヒースが子どものように眼を輝かせて怪物を見た。
クロキも恐竜を目の当たりにして心が躍る一方で、冷静に考えて至極危険な状況に身が縮む思いであった。
怪物が再び咆哮する。
どうやら小船ごと男たちを捕食しようとしているらしい。小船の男たちは必死に船を漕いで逃れようとしているが、クロキらの乗る船からはまだ距離があり、間に合わない。
だが、
「ファイアー・ボム!」
レオポルドが巨大な火球を怪物目掛けて放った。火球が命中すると怪物は鳴声を上げて怯む。
「火系魔法の使い手が三人。どんな魔獣も敵じゃないわ。まあ、海の上じゃあ、私は役に立たないけど」
モニカが大きな胸を抱えるように腕を組んで、笑いながら言った。
「なら、黙って見ていろ……」
ディックが剣を構え、刀身を炎で包む。
「フレイム・ソード・バイパー・チェーン!」
そして、剣を怪物に向かって投げると、剣の軌跡が炎の鎖となり、ディックが炎の鎖を操るのに合わせて、縦横無尽に剣が宙を舞う。
怪物を炎の剣で滅多打ちにしている間に、オウギュストは船に備え付けてあった銛を手に取って魔力を溜めていた。
「行っくぜぇ! フレイム・ランサー・トルネードショット!」
炎を纏った銛を暴風に乗せて思い切り放った。
銛は一直線に怪物へ。そして、怪物の首の付け根を貫き、大きな穴を開けた。
そして、怪物は短く断末魔の叫びを上げると、雨のように血を噴き出しながら海に沈んでいった。
「あー、引っ掛けて獲物にしようと思ったけど穴がデカすぎて引き上げらんねえな」
オウギュストは、そう言うと髪をかき上げながら、勝ち誇ったように笑った。
その間に、ヒースとクロキは何とか逃げのびた小船の男たちを自分たちの船に引き上げた。
「ああ、助かった……皆さんありがとうございました」
男の一人がヒースとクロキに礼を言った。
男たちの格好、小船の中の荷物からしてどうやら漁に出ていたところを怪物に遭遇したようだ。
「いやいや、ご無事で何よりです。私はヒースと言います。皆さんは、ええと、アトランティスから?」
ヒースがアトランティス大陸を指差した。
「ええ、そうです。魚を獲るのに出て来たところでこんなことになってしまいました。あ、俺はバルトと言います。皆さんは?」
「ああ、実は私たちも、アトランティスに行くところでした」
「そうでしたか、ではお礼と言ってはなんですが私たちの町に寄ってください」
ヒースは心の中でガッツポーズをした。
アトランティスは禁忌の地。そこに住む住人も大陸外の人間とは極力関わらないようにしていると聞いていた。
大陸に降り立ったとして、現地の人間から情報を収集しなければ遺跡にたどり着くことは困難であった。
ここで、現地民とのわたりがつけられるのは願ってもない。
年季の入った桟橋が嫌な音を立てて軋む。
「うわ、うわぁ、つ、ついに、伝説のアトランティスに来ちゃいましたよ!」
ヒースは飛び跳ねるように喜びながら、桟橋を走って陸地に向かって行く。
「アハハ、ヒースさん、気をつけてくださいね。この桟橋古いんで、ほら……」
ヒースの足元の板が割れ、ヒースが転んだ。
バルトがヒースに手を貸して助けると、ヒースの前に立って陸地に降り立った。
しかし――
「ええッ、ちょっ、何ですか」
ヒースの前に数人の男たちが槍を持って立ち塞がった。
男たちは海の色と同じ、深い碧色の上着を着ている。
「おい、どうした」
クロキがヒースの横に立ち、槍を持つ男たちを眺める。そして、片手を水平に上げて武器に手を掛けるディックとオウギュストを抑えた。
槍を構えた男たちの奥から一人の女性がクロキらの前に出て来た。
「バルト、これはどういうこと? 異国の者を連れてくるとは」
まだ若い女性だ。年は20代前半であろうか。腰まである長い髪をストレートに降ろし、凛々しい目つきでクロキらを睨む。空に浮かぶ雲のように白いワンピースの上に男たちと同じ碧色の上着を着ている。
「ああ、姉さん。実は海で魔獣に襲われたところを助けていただいたのです」
その女性はバルトの姉であった。