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異邦人2人対峙す

 シンジの右腕が激しい炎に包まれたかと思うと、その炎は次第にサファイヤ色の鱗を持つ蛇の胴、鷹の腕を持つ龍へと変貌し、シンジと一体となるように、赤い龍はシンジの右腕から身体へと巻き付いた。


 シンジの魔法は、様々な属性の龍を操るという固有魔法であった。


 異邦人はこの世界の魔術師とは段違いの強大な魔力を持ち、修練が必要であるとされる固有魔法を特別な修練なしで使うことができる。


 シンジはこの龍を操る魔法で数々の逸話を生み出し、近隣各国に名を轟かせていた。


 龍を身に纏うシンジからは強大な魔力が溢れ出し、無魔力者(ノマド)であるクロキにも威圧感として感じられる程であった。


「こんなところでそんな魔法を……侍従は下がれ、危険だ。早く魔鋼兵を呼んで来てくれ」


 周囲が騒然となる中、テオが周囲に指示を出したが、混乱によりなかなか指示通りに動かない。


 シンジは、仲間の少女が緊張しながら見守る中、赤い龍とともに悠々と謁見の間に近づいていく。


「実力を行使する」


 シンジの宣戦布告に対し、謁見の間の入り口を守る衛兵が槍を構え、中庭全体に緊張が走る。


「いやっ!」


 しかし、背後で仲間の少女の悲鳴が聞こえ、シンジは思わず振り向いた。


「はい、ストーップ」


 クロキが少女の腕を押さえながら、少女の白い首にナイフを当てている。


「フランソワっ!」

「あー、取りあえずその龍をしまってもらおうか。じゃないと、この子は……」


 クロキがフランソワの首に当てたナイフを押し付けると、針で刺したように血が滲みだす。


 シンジはクロキを睨みつけていたが、ふと、何かに気付いたようにクロキに質問した。


「あなたは、もしや、先日召喚された方ですか?」


 クロキが、そうだ、という表情をすると、シンジは眉間にしわを寄せた。


「同じ日本人と聞いて会うのを楽しみしていましたが、こんな形で会うとは残念です」

「俺もだよ。だが、城の中でそんな魔法を使うなんて穏やかじゃないな。事情は知らないが、きちんと話し合ったらどうだ」

「さっきまでの話を聞いていなかったんですか。もはや皇帝に直談判するしかないんですよ」


 シンジの怒りを体現するかのように、赤い龍の全身から炎が燃え上がった。


「人質とは卑怯ですね。でも、意味はない。傷ついてもヒールをすれば良い。死んだとしても、直ぐにリジェネレイトを掛ければ生き返る」


 シンジの指摘は的を得ていた。


 しかし、シンジはそうは言っているが、自らの攻撃でフランソワを傷つけることができるような人間でもなかった。

 人質を取られたからといって、攻撃を止めたりはしないが、シンジにとっては簡単に攻めることもできない状況。


「リジェネレイトか、知ってる。凄いよな、魔法って」


 ただし、リジェネレイトは心肺が停止して間もない死体にしか効果がない。言うなれば蘇生率の高い魔法版心肺蘇生である。


 蘇生させない方法はいくらでもあるが、あえて攻撃を受けるリスクを冒す必要はない。


「じゃあ、これならどうだ」

「ひっ……」


 フランソワが悲鳴を上げる。


 クロキはフランソワの首元に突き付けていたナイフの切っ先を、フランソワの左の眼球に向けた。


「依頼所の店長を見て思ったんだ、ヒールでなんでも治療できるなら、なんで店長の腕は義手なのかって」


 その次に吐かれたクロキの言葉にシンジは動揺した。


「目ん玉をえぐり取られたら、再び見えるようにはならないんだろ」


 治療魔法ヒールは、傷口の細胞分裂を促し、治癒力を高める魔法であった。


 つまり、身体の欠損など、回復できない怪我は、切られた腕や脚を切断箇所に接触させてヒールをすれば元通りにくっつく可能性はあるが、欠損した部分にただヒールをかけたとしても出血が止まるだけで、失われた部位が生えてくることはない。


 ヒールは万能ではない。回復できない怪我もあれば、細胞分裂を促進させることから癌患者に使用すると転移を早めてしまうなどの欠点があった。


「さあ、早く龍をしまって武器を捨てろ。後10秒だ。10秒で左目を抉る。そして、次に右目を抉る。10、9……」


 クロキは淡々とカウントダウンを始める。


 シンジはもちろん周囲の者も思わず息を飲む。


 クロキの人質を取る様が、あまりにも「手慣れて」いた。


 シンジは、目をつむって上を向くと、龍を消し、ソードを床に放り捨て、両手を上げた。


「よし、良い子だ」


 クロキは近くにいた衛兵にシンジのソードを拾わせると、シンジの興奮が収まったとみてフランソワを解放した。


 しかし、シンジはカイゼルと話し合おうとはせず、フランソワを引き寄せると中庭の中央まで歩いて行き、


「でも俺は、苦しんでいる民を無視することなんて俺はできない」


 と、俯きながら拳を握った。


「それに、農業は国の食料を支える重要な産業だ、それを分かっていないなんて、なんで異世界の人はそんなことも分からないんだ」


 シンジはそう呟き、空を見上げる。


 そして、


龍翼空翔(りゅうよくくうしょう)っ!」


 と手を上げると、エメラルドグリーンに輝く鱗を持つ龍がシンジの手から現れ、シンジはフランソワとともにその背に乗り、北に向かって飛び去った。


「ああ、大変だ。このままだと、ガーマンと戦争になるぞ。直ぐにレントに伝達と、一軍を送ってシンジ殿を止めろ」


 カイゼルが慌てて周囲に指示をする。


「しかし、いまいち分からんな。シンジはああは言っていたが、隣国に不法占拠されているわけではないのか」


 クロキの質問にがヒースが答える。


「オルシェなら一度調査で行ったことがあるんで、私も事情を聞きました」


 10年ほど前、モンテ皇国とガーマン共和国は一時戦争状態となり、モンテ皇国はガーマン共和国領のツアコイン鉱山一帯を、ガーマン共和国はモンテ皇国領のファットランドを含むオルシェ地方を占領した。


 そして、講和をしようという段になり、モンテ皇国としては、かねてからの地下資源不足に加え、既に一定程度の設備投資をしていたことからツアコイン鉱山をこのまま領地にしようとガーマン共和国と交渉をしたところ、ガーマン共和国は領地の南部は土壌の水はけが悪く、北部は冷涼な気候であり、国土全体として農作物が育ちにくい地帯であったことからファットランドを手放したくないと考えていたため、ツアコイン鉱山一帯についてはそのままモンテ皇国領とし、オルシェ地方については、国境線を戦争前に戻しつつ、ファットランドのみをガーマン共和国の領土とした。


 つまり、ガーマン共和国はモンテ皇国の領土内に飛び地で領土を保有しているのである。


「その土地の中はもちろん、そこまで行くためにガーマンがモンテ領内を通過することも認めている。そこに限れば、モンテ領内にガーマンの兵士がいても何ら問題ないのだ」


 カイゼルがため息をつく。


 しかも、オルシェの村人のうち、ファットランドにおいて代々農業を営んできたものについては、ガーマン共和国へのファットランドの割譲に際し、補償金とともに一筆をもらっている。


 また、土地を失った者に限らず、オルシェの村人には、優先的にツアコイン鉱山での職を斡旋した。


「シンジ殿には、何度か説明はしたのだが、『村人が現に困っているのに放置するのか』となかなか理解していただけない。まあ、補償内容が適切だったかという議論は置いておくとして――」


 鉱山に働きに行っている者たちは出稼ぎに近い形のため、基本的には村にはいない。


 シンジなどの旅人が接触する村人は、鉱山での仕事を断り、補償金を食いつぶすだけで特に何もしていない者や、奪われた土地に執着している古老などである。


 彼らは、1年ほど前から、かつて了承したにも関わらず補償内容が適切でないと、さらなる補償を求めている。


「シンジ殿は良くも悪くも真っすぐな方だから、そういう連中に吹き込まれたのだろう」


 いずれにしろ、シンジがガーマン共和国の者に攻撃を仕掛ければ、大きな問題となることに間違いはない。


「クロキ、ヒース、君たちにも協力してもらっていいだろうか。同じ異邦人であれば、説得に応じるやもしれん」


 断ることもできない勢いのカイゼルの依頼に、クロキとヒースはなし崩し的にシンジの後を追うこととなった。

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