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カーディナルの進化

 カーディナルは両手を構え、クロキの動きに集中する。そして、今までのように大振りではなく、まるで、ジャブを放つように、コンパクトに掌底の連打を刻み始めた。


 力を込めた方が対象に流せる衝撃は大きいが、それではクロキに当てることができない。しかし、攻撃を当てなければ勝てない。ならば、少ない衝撃でも良いので少しずつダメージを与えて動きを鈍らせた方が良い。

 でかい一撃を与えることを常としてきたカーディナルが、初めて見せる戦法。


 観客席で見ていたアッシュは嬉しさに震えた。まさかの誤算。カーディナルがここに来てワンランク成長したのだ。


 カーディナルは深く集中し、掌底のジャブを放つ。

 1撃目、あっさりかわされる。

 2撃目もクロキにかわされる。だが、1撃目よりは近い。


 このとき、思考が澄み渡るほどに集中し切ったカーディナルの頭の中で、この後の手順が描かれていた。

 3撃目もかわされる。だが、4撃目で命中する。4撃目で怯ませた後、膝蹴りをボディに入れて衝撃を流し、クロキの内臓にダメージを与える。そこからは、連打を確実に当て、最後に強い一撃でとどめ。

 そのための3撃目と4撃目の掌底。比較的威力の強い衝撃を放つことができる利き手の右手の掌底を4撃目とするため、3撃目は左手で放つ。


 カーディナルは思い描いたとおりに左手で3撃目の掌底を放った。予想通りクロキはかわす。

 そして次に4撃目。これは命中させることができる。

 が、クロキは、右方向に向かって身体を回転させつつ3撃目を回避していた。そのため、カーディナルの4撃目はこのままのタイミングではクロキの左腕に命中する。しかし、クロキの左腕は既にネイセイヤーの衝撃を受けて使い物にならない状態であり、命中させても意味がない。


 冷静に状況判断をし過ぎた故に、カーディナルは4撃目の掌底を放つことを躊躇ってしまった。

 その間に、クロキの左手が、回転による遠心力でカーディナルの顎に向かって行く。

 カーディナルは冷静にわずかに身を反らしてかわすと、ちょうど自分に向いているクロキの背中に掌底を当てようとした。

 しかし――


「あん? なん……だ」


 カーディナルの喉元に違和感。生暖かい物が首を伝う。カーディナルは思わず喉元に手を当てて、一歩後ずさった。


 手を見ると、紅い血。

 クロキの左手を見ると、黒い包帯でぐるぐる巻きにされた拳にナイフが握られていた。

 だが、傷は浅い。ナイフは握られていたというよりは、指の間に柄が刺してあるだけであったため、力は入っていない。


 続いてクロキの右拳のバックブローが迫る。のけ反って回避しても良いが、顔に受けて衝撃を与える方が後につながる。

 では、ネイセイヤーを発動するタイミングである。右腕のガントレットは破壊したため魔法石による加速はできない。よって、このまま直撃するか、又は寸止め。寸止めからの至近距離からの打撃では大してダメージは受けない。結論として、このまま直撃を受けるタイミングで衝撃を放つのがベスト。


 そう考えてカーディナルは身構えていたが、バックブローはカーディナルの顎の先を空振りする。

 思わぬミスにカーディナルは一瞬驚きつつも、クロキの身体の正面がこちらを向くタイミングを図って右腕の掌底を命中させようと構えた。

 だが、突如、爆発音が鳴り響いた瞬間、クロキの頭部がカーディナルの顔面に激突した。


「ぐあッ……!」


 クロキのブーツの踵に仕込んだ魔法石が爆発し、掌底を打とうとしたカーディナルに、カウンターで頭突きを与えたのだ。


 思わぬ強烈な打撃にカーディナルの意識が飛ぶ。しかし、あふれ出るアドレナリンのためか、カーディナルは一瞬の後、意識を取り戻し、歯を食いしばりながら、クロキを見た。

 そのときにはクロキの右腕がカーディナルの頭部を掴んでいた。

 次の瞬間、クロキの左膝がカーディナルの顎に激突し、カーディナルの顎を砕いた。




 観客席のアッシュは一つため息。障害物の多い所ではクロキの戦い方に利があるため、だだっ広い闘技場を試合場としたまでは良かったが――


「やはり、ランプにすべきだったかな」


 と残念そうに呟いた。




 ゆっくりと仰向けに倒れるカーディナル。その足元にクロキは着地し、カーディナルを見下ろす。

 勝敗は決した。


「アーッシュ! 扉を開けろ!」


 ハワードが大声で叫ぶと、しばらくして闘技場と観客席の全てのドアが開放され、観客たちが我先にと波のように扉から出て行く。

 観客たちの叫び声の中、クロキがアッシュのいた観客席を見上げると、そこにはアッシュの姿はなかった。




 観客の叫び声と走る足音が鳴り響く廊下で、オウギュストはマーゴットを背に、エルムとタイムの姉妹を相手に対峙していた。


 2対1だが戦闘は拮抗、いやオウギュストが押していたであろう。だが、今、対峙したまま動かないのは、姉妹の背後にもう一人刺客が出現したためであった。

 ドリスやヘルムート、オーキッドが着用していたものと同じコートを着用し、フードを被って顔は良く見えないが、わずかに見える顔色はひどく青白い。


「……帰るぞ」


 声から察するに男。男の呼び掛けエルムとタイム姉妹は男を振り向きふてくされる。


「「ええ~……今面白いとこなのに……」」


 男はオウギュストの背後を指差した。

 その方向にはマーゴットとオウギュストを探しに来たモニカ、レオポルド、ヒースの姿。


「時間切れだ。アッシュさんからも退却命令が出た」

「やだやだ、もう少し、ねえもう少し良いでしょ?」


 せがむエルムに対し、タイムは、


「仕方ないでしょ。あんまりわがまま言っちゃあ、ランプがかわいそう」


 とエルムを嗜め、ナイフをしまった。


 コートの男――ランプは、軽く頷くと、すうっとその場から音もなく立ち去った。タイムも渋々ナイフをしまうと、エルムとともにランプの後を追った。


「ふう……」


 オウギュストは一つ息を吐いて、肩の力を抜き、構えを解いてランプとエルム、タイムを見送った。

 そこに駆け寄って来るレオポルド。


「オウギュスト、大丈夫?」

「ああ……」


 正直助かったとオウギュストは思った。

 こちらにレオポルドとモニカの加勢があったとしても、ランプのあの異様な雰囲気、きっと無事には済まなかったであろう。


「良く来てくれたねえ、この騒動、もしや……かい?」


 マーゴットが聞くとヒースがうなずいた。


「はい、クロキさんが、勝ちました」

「そうかい……じゃあ、アーロンの所に行こうかね」


 マーゴットは、そう言って歯を見せて笑うと、廊下を歩き始めた。




 こうして、マーゴットとアーロンの戦争は終結し、マーゴットはアーロンの所有する闘技場と闘技者を獲得することになった。

 そして数日後、マーゴットは約束通りクロキらのために船を用立て、クロキら一行はアトランティス大陸に向けて出港した。

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