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蝙蝠イザーク

 闘技場内にいた観客たちが、開いた入り口に殺到する。だが、瞬く間に蹴散らされた。

 そこに立っていたのは、赤髪短髪のタンクトップの男――カーディナルであった。


「おおい、アッシュぅ、俺にやらせろ。オーキッドの野郎が敗けて、出番がなくなっちまってキレそうなんだ」


 カーディナルは、扉に向かって走る観客の首をすれ違い様に捻じ切った。それを見て、他の観客たちは恐れおののき立ち尽くす。

 カーディナルは捻じ切った頭部をお手玉しながら、アッシュの横まで歩いて行く。


「カーディナルですか……まあ、良いでしょう、あなたに任せます」


 アッシュが許可すると、カーディナルの口角が上がり、悪魔のような笑みを浮かべた。


「クハハ……感謝するぜ、その礼に、全員殺してやるよ」


 強い。


 ハワードはカーディナルの佇まいにカーディナルの強さを感じ取っていた。

 ハワードは肩を借りていた係員を自分から引き離すと、バスタードソードに手を掛けた。

 片膝が壊れ、鎧も損傷しているが、やるしかない。そんなハワードの考えを察っしたかのように、


「おい、おっさん、俺の相手はあんたじゃねえよ」


 とカーディナルは捻じ切った観客の頭部をハワードに向かって投げつけた。

 ハワードがバスタードソードで投げつけられた頭部を弾く間に、一瞬で接近してきたカーディナルがハワードのみぞおちに掌底を当てた。

 素手で鎧を殴ってもダメージはない、と思いきや、鎧を貫通して衝撃がハワードを貫き、ハワードは数メートル吹っ飛ばされた。


「試合をするのは、まだ試合をしていない者と言ったでしょう」


 アッシュはカーディナルの攻撃を咎めることなく、笑いながら続けた。


「カーディナルの相手は……クロキです」

「ぐ……クロキ、だと? イザークもまだ試合をしておらんぞ」


 ハワードは身体の痛みを堪えながら、バスタードソードを支えに立ち上がった。


「ああ、イザークですか。イザークなら、今ごろ……」




 アーロンの手下に従ってマーゴットとクロキが廊下を歩いていると、アーロンの手下がピタリと脚を止めた。


「何だい……どうかしたのかい?」


 マーゴットがアーロンの手下に声を掛けると、手下がクルリと振り返り、爽やかな笑顔で答えた。


「ちょうど役者が揃いましたので……」


 答えになっていない。


「……は?」


 手下がマーゴットの背後を指差した。

 マーゴットが顔だけで振り向くと、そこに立っていたのはイザークであった。


「どうしたんだい、イザーク」

「ヘ、ヘヘ……悪いッスね」


 マーゴットは直感し、見下ろすようにイザークを睨んだ。


「悪いって、何がだい?」

「ヘッドハンティング、されたんスよ、ヘヘ……」

「へぇ……」


 マーゴットは身体ごと振り返り、イザークに正面を向いた。


「そうかい、じゃあ参考までに教えとくれよ、どんな条件だったんだい?」

「ヘヘ……今の報酬の1.5倍ッス」


 それを聞いてマーゴットは鼻で笑った。


「クク……あんた正気かい?」


 マーゴットの反応が予想外であったので、イザークは戸惑った様子で、マーゴットの顔を見つめる。

 マーゴットはアーロンの手下に聞いた。


「確かアーロンのとこは、全部自分持ちだったね」

「ええ、そうです」


 アーロンの手下に確認すると、マーゴットは再びイザークを向き直った。


「イザーク、あんた私んとこで、部屋代、装備代、食事代、治療術師(ヒーラー)に掛かる費用、掛かったことあるかい?」

「……え? い、いや、ない……」


 まだイザークは理解していない様子。クロキはマーゴットの言いたいことを理解し、呆れたようにため息をついた。


「うちは衣食住医、全部運営持ち、アーロンとこは全部自腹。報酬が1.5倍になったところで、その辺の費用が自腹なら、あんたの手元に残る金はどうなる?」


 イザークは視線を上に上げながら、頭で計算していたが、ハッとして、


「減る……」


 と呟いた。

 その顔があまりにも間抜けに見えたのか、マーゴットは爆笑し、クロキは笑いを堪えるのに必死であった。


「え、嘘だろ……いや、そんなのねえよ……」


 イザークは泣きそうな顔で、


「マーゴットさん、ヘヘ……今から俺を雇い直さないっスか、俺はより多く報酬を出す方につく、ヘヘ……」


 と提案したが、再びマーゴットに鼻で笑われる。


「はん、バカなことをお言いでないよ。世の中そんなに上手くいく筈がないだろう。あんたはこのままアーロンの闘技者として、私んとこに吸収されるのさ。今よりも安価、二束三文で使ってやるよ」

「ち、ちくしょう、後悔するなよ」


 イザークが両手に剣を構えた。

 同時にアーロンの手下も短剣を構えたのを見て、クロキはマーゴットの前に立った。


「ちっ……見栄を張らずに、イザークを仲間に戻してほしかったが……」


 前方にアーロンの手下、後方にイザーク、マーゴットを守りながら二人を相手にするのは骨が折れる。

 マーゴットはあまり焦る様子もなく、呆れたように手下に向かって言った。


「アーロンの差金かい? この業界、約束を反故にするとどうなるか分かっていないわけでもあるまいに。まあ、あんたに言ってもしようがないけど」

「いえ、我が主は約束をお守りします。本日の勝者はマーゴット様。我が主の所有する闘技場と闘技者はマーゴット様の物となることは間違いありません。ただ、そのこととは別に、あなたを亡き者にすれば、あなたの組織を我が主が吸収することも容易いというわけです」


 最初に動いたのはイザークであった。腰をわずかに落とし、床を踏み切る動作を見せた。

 クロキがイザークを迎撃しようとしたのを見て、アーロンの手下もマーゴットに向かって踏み出した。


 が、クロキがイザークに向かおうとしたのは、手下を釣り出すフェイント。

 クロキはイザークではなくアーロンの手下に向かい、手下の短剣をかわしつつ、脚を引っ掛けて転倒させ、後頭部を床に打ち付けた。


「ふ……か、彼は無視して、だ、大丈夫なのですか?」


 起き上がれずにいる手下がクロキに聞いたが、


「問題ない」


 とクロキは言いながら、手下の顔面を踏み付け、手下を気絶させた。


「ヘヘ……もらった!」


 イザークが叫びながらマーゴットに向かって剣を振るう。

 だが、剣がマーゴットに到達する前に、空中に固定されたようにイザークの動きが止まった。

 よく見れば、腕や頬、身体の数か所から血が滲んでいる。


「く……何だ、こりゃ……」


 イザークは腕を微かに動かし、触れる感触を確かめる。


 糸。

 いつの間にか、クロキは数本のワイヤーを廊下に張っていた。イザークは蜘蛛の巣に掛かった獲物のようにワイヤーに絡めとられていた。


 イザークは絡まったワイヤーを確認し、慎重に解いていく。そして、身体がワイヤーから解放されるやいなや、マーゴットがイザークの顔面を蹴り飛ばし、イザークは尻もちをついた。

 訓練された蹴りでない、ただの前蹴り、いわゆるヤクザキックだが、イザークの顔面を直撃し、イザークは鼻血を零す。


「あれあれ? こいつやられちゃったの? 早くない?」


 クロキの視線の先に現れたのは、緑色の髪を高い位置で2つにまとめ、フリルのついたワンピースを着た少女。第3回戦の前に廊下で遭遇した――確かエルムだったか。だが、何となく雰囲気が違う。


「エンジはまだ来てないのね。キャハハ……良いや、やっちゃおうか」


 少女は花の意匠のあるナイフを逆手で構えた。

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