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異邦人シンジ

 ダニ・マウンテンから帰ってきてから2週間が経った。


 アトリス共和国の件はテオに任せ、ヒースはこの2週間、家にこもってダニ・マウンテンの調査結果をまとめていたが、その間食事で顔を合わす度に、「いやあ、なかなか良い調査でしたね」とか、「私も有意義でした」などと繰り返すヒースに、クロキは少し、いや、かなり辟易していた。


 そして、どうやらヒースは、自分の調査のほかに、カイゼルの依頼による調査もしていたようで、今日はその報告をカイゼルにするため、助手のクロキとともに、モンテ皇国の王城であるネロス城に参城することとなっていた。


 クロキはダニ・マウンテンを降りた次の日を思い出す。




「へえ、彼らは何かを調査してたんですか」

「ああ、確証はないが、そうとしか考えられない」


 ホテルの部屋でヒースはブーツを磨きながらクロキの話を聞いていたが、ふと手を止めて、何かを考えるように天井を見て、


「いや、まさかね、はは、そんなわけないか」


 と、笑って再びブーツを磨き始めた。


「何か心当たりがあるのか」

「ああ、いやそんなわけないと思うんですけど」


 と、ヒースは前置きをして話し始めた。


 モンテ皇国の東側には海が広がっているが、その沖合約八百キロにある大陸に、はるか昔、それこそ、モンテ皇国ではまだ原始的な生活が営まれていた頃、超文明が存在していた。


 その超文明はあるとき、市民たちの分裂が起き内戦状態となり、その結果、その大陸は人の住めない死の大地となり、超文明の住人たちは大陸から脱出し、周辺の大陸へと散らばっていった。


 そして、モンテ皇国にも超文明の住人たちが降り立ったが、そこで、また争いが起きて分裂し、一部の者たちがダニ・マウンテンのある山脈に移り居を構えたという。


「その伝説から、ダニ・マウンテンのある山脈のどこかに超古代文明の遺産があるといわれているんです」

「へえ、そんな伝説があるのか。面白いな。だが、所詮は伝説だろ」

「まあそうなんですけど、でも、かつてダニ・マウンテンに集落があったのは間違いないです。ほらクロキさんがアトリス共和国の騎士と戦った草原。あそこは、微妙にデコボコしてたでしょう。あれは全て住居跡です。そして、中心辺りに不自然にあった岩石は、ほとんどが地面に埋もれてましたけど、祭壇か何かの遺構だと思われます」


 言われてみればあの草原は、山の中の森林に囲まれ、不自然に開けた草原であった。


 はるか昔、古代の人が生活をしていたところに、自分は立っていたのだ。


 そのことを想像するとクロキは不思議と興奮を覚えた。


 それと同時に、ヒースがいつの間にか草原のことも調べていたことに疑問を持ち、何の調査だったのかと聞いたが、ヒースは、


「ただの地質調査ですよ」と答えるばかりであった。




 ヒースとクロキは、カイゼルの机の前のソファに座って、カイゼルがヒースの提出した報告書を一通り見終わるのを待っていた。


 カイゼルは書類が山積みとなっている机に書類を置いて、口の上の髭を触りながら、報告書をめくり、時折ヒースに質問した。


 そして、最後のページを閉じると立ち上がり、金庫から紫色のベルベットに包んだ紙幣を取り出し、ヒースに渡した。


「すばらしい内容でした。ヒースくんのお陰で、我が国の領土に関する知見が五十年は進んだ。まあ、これがどれだけ価値のあることなのか理解している者は少ないですが」


 そう言ってカイゼルは嘆かわしいというジェスチャーをする。


 カイゼルはどうも芝居がかった仕草が多い。クロキはカイゼルがそのような仕草をするたびに反応に困っていた。


「カイゼル様っ!」


 ノックもせずに、慌てた様子でテオが部屋に飛び込んできた。


 ダニ・マウンテンで会ったときの狩人のような恰好とは異なり、正装というのだろうか、王城に詰める騎士にふさわしい格好であっため、クロキは一瞬テオとは気付かなかった。


「おお、クロキたちもいたのか。その後どうだい、元気にしてたかい」


 テオがクロキの存在に気付き、急いでいたことも忘れてクロキに親しげに話し掛け始めたので、カイゼルは二度咳ばらいをした。


「テオくん、何かあったのでは?」

「あ、はい、すいません、その、シンジ殿が――」


 テオの言葉を遮るように、部屋の外から悲鳴が響き、衛兵が駆ける足音が聞こえた。


「一体何ごとか」


 カイゼルは部屋を出て、中庭にでき上がった人だかりの方へ向かいながらテオに事態の詳細を聞いた。


「実は、シンジ殿が、今すぐ直談判がしたいから、客人と謁見中の皇帝陛下に会わせろと揉めているのです」

「なんと、なぜそんなことを」

「それが、レンス地方に行っていたらしく……」


 レンス地方と聞き、カイゼルはおおむねのことを理解した様子で額を手で押さえた。


 クロキとヒースもカイゼルの後を追って廊下に出ると、中庭に行き、人だかりに割って入った。


 人々が見る方向には皇帝の謁見の間があり、謁見の間の前で碧い鎧に身を包んだ若い男が衛兵と言い争いをしていた。


「すぐに皇帝に取り次いでくれ、緊急事態だ。なに、重要な客人だと? 国のこと、国民のことよりも客の方が大事だというのか」


 その若い男――シンジは、まだ少年の面影の残る顔立ちで、黒い短髪、見た目は東洋人に見える。


 名前からするともしや――


「異邦人、しかも日本人なのか」


 クロキの問いにヒースが答える。


「はい、一昨年召喚された子です。当時十六歳でしたから、今は十八歳ですね」


 まだ少年とはいえ、同郷の者がこの世界にいたことにクロキは強い安心感を覚え、シンジがまるで血のつながった兄弟のように親近感を抱いた。


「シンジ殿、一体どうされた」


 カイゼルがシンジに近づき事の次第を聞いた。


 シンジはカイゼルを見ると、少し落ち着いた様子となり、


「ガーマン共和国との国境近くにあるオルシェの村をご存知でしょう」


 と切り出した。


 カイゼルが頷くと、シンジは続ける。


「そのオルシェの村の北東、ガーマン共和国との国境近くにある肥沃な地――ファットランドをガーマン共和国の者たちが占拠し、しかも、オルシェの村の近くを武装した連中がうろうろしていて村人たちが大変困っています。モンテ皇国として軍を派遣し、ガーマンを追い払ってください」


 不法占領とは、ゆゆしき事態である。


 シンジは自らの目で国内を回り、現状を見て、そして、純粋な正義感から進言している。


 クロキはそのように感じ、同郷としてシンジを誇らしいと思う一方で、歯の浮くような感覚を覚えた。


 当然、軍を派遣するのであろうと思ったが、カイゼルは困ったような顔をした。


「シンジ殿、その、軍の派遣は、オルシェの者たちの要望ですかな」

「そうだ。村人たちが直接言っていたわけではないが、事情を聞けば分かる。先祖代々のファットランドを数年前からガーマンが占拠しているため、農作物の収穫量が減ったと、皆困っていた。俺がレンス地方の官吏に言っても取り合ってくれなかったから、たぶん官吏が握りつぶしてたんだろう。だから、村の人たちは官吏の仕打ちをおそれ、軍などと言うことができないに違いない。待てよ、そうするとその官吏は……いや、さすがにこれは、もしも予想どおりだとすれば大変な話だ。まだここで言うことは控えよう。とにかく、早く軍を派遣し、村人を救ってください」


 官吏と言った時点で、何が言いたいかは分かるが、シンジはもったいつけたように言葉を押しとどめた。


 シンジの話は、自分で聞いた話から徐々に推測が増え、途中からクロキはどこまでが事実でどこまでがシンジの想像か分からなくなっていた。


 カイゼルは、ほとほと困ったような顔をして、周りの役人たちと顔を見合わせた。


 シンジは、はっきりしないカイゼルにイラつきを隠せない様子だ。


 そして、カイゼルが言葉を選ぶように口を開いた。


「オルシェには事情がありますので、詳しい話は私の執務室で――」

「もういい」


 シンジは、カイゼルの言葉を遮った。


 ずっとシンジの傍を離れずにいた、仲間と思しき魔術師の少女が慌てた様子でシンジを止めた。


「マスター、ここで魔法を使うと危ないよう」


 しかし、シンジはその少女を払いのけると、右腕を真横に広げ、


「火龍招来」と唱えた。

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