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マーゴットとの出逢い

 ハワードはかつて、ある盗賊団の用心棒をしていた。


 その当時、既にハワードの力は相当なものであり、少人数の盗賊団ながら、ハワードによってその盗賊団は名の知れた存在となっていった。

 だが、盗賊団のメンバーは有名になるにつれ増長し、自分たちの実力を勘違いし始めただけでなく、本業である盗掘に加わらないハワードを軽んじるようになった。


 ハワードへの扱いは日に日に悪いものとなり、個別の報酬は減らされ、仲間たちが享楽に耽るときもその中には加えられず、独り見張りをさせられるようになった。

 しかし、ハワードはそのことに何の不満も持たなかったし、仲間たちからは、


「『普通』はそういうもんだ」


 と言われていた。


 ハワードは簡単な計算も指を使わなければできず、文字を読み書きすることはできても、大人なら分かる単語や慣用句はほとんど分からない。そんな人並みの学のないハワードは当然、「普通」というものを知らなかった。

 戦うことしかできないハワードは、そのとき自分の置かれた境遇が「普通」であり、自分がその「普通」であることが真っ当であると思っていた。


 しかし、状況が一変する。

 ハワードの仲間たちが、あろうことか裏社会の利権に手を出そうと、ある組織の縄張り(シマ)を荒らしたのだ。

 裏社会の者が、自分の縄張り(シマ)を荒らしたものをそのままにしておくわけがない。その組織は大勢の手下を引き連れて、ハワードたちのアジトを襲撃した。


 盗賊団の用心棒たるハワードは一番前に立って戦っていたが、半分ほどの手下を倒したころでふと仲間たちを見ると、仲間の姿が見えない。

 上手く逃げおおせたものと思い、ハワードも逃げようとしたとき、仲間たちが敵の集団の中にいるのが見えた。

 ハワードは仲間たちが捕まってしまったと思い、これまで以上の力で手下どもを薙ぎ払い、仲間たちを助けようと近づいて行ったが、ふと、聞こえて来た仲間の言葉に目の前が真っ暗になった。


「あいつが、俺たちに命令したんです」


 そう言いながら仲間が差した指は、ハワードに向けられていた。


 このとき、ハワードはようやく理解した。自分がただ良いように利用されてきたこと。そして、今、自分が切り捨てられたこと。


 ついに力尽き、ハワードはボロボロになりながら拘束された。

 顔を上げる気力もなく、ただじっと地面を見つめるハワードの耳に、仲間たち、いや、かつて仲間だった者たちの笑い声と、いわれのないハワードへの罵倒が聞こえる。


 ふと、何者かがハワードの前に現れた。


「あんた、強いじゃないか、私んとこで働かないかい?」


 予想外のスカウトにハワードは顔を上げた。


 短めの黒髪が月明かりに照らされ、白く輝いている。そして、同じように輝く白い肌に一輪の花のように佇む紅い唇。

 まるで女神のような美しさに、ハワードは目を奪われた。


 一方で、ハワードの仲間であった者たちは困惑する。

 ハワードを差し出して、自分たちは助かろうと思っていたのに、まさかハワードがスカウトされるとは。自分たちはどうなるのか。


 女は手下に指示をした。


「そいつらは使えないから『六奪の刑』だ」


 手下たちが返事をしてハワードの仲間であった者たちを羽交い絞めにした。


 六奪の刑――裏社会で最悪の刑罰。目を潰し、鼻を削ぎ、舌を抜き、耳を千切り落とし、両手の手首から先を切断し、家畜小屋に放り込む。五感を奪い、そして、人の尊厳を奪う刑だ。


 女は既に調べは尽くしていた。誰が主導し、誰が実行し、誰が加担したのか。


「どうだい? 行く所がないなら、私んとこに来なよ」


 女が再びハワードを誘った。

 しかし、ハワードはかぶりを振る。


「……だが、用心棒でありながら仲間を守れなかった俺に、もはや用心棒としての価値はない。それが、『普通』であろう?」


 女はため息をついた。


「『普通』? 『普通』ってなんだい? 案外詰まんない奴だね。『普通』なんてのは、自分の行動を正当化する言い訳だろう」


 そう言って女はハワードを指差した。


「『普通』とかくだらないこと考えてんじゃないよ。要は、あんたがどうしたいか、だ。ま、強要するつもりもない、あんたの好きにしたら良いさ」


 好きにしたら良い。その言葉になぜかハワードは大きく心を動かされた。

 「普通」なんて、もはやどうでも良い。このとき、ハワードを突き動かしたものは、この女神のように美しい女の傍にいたいという思いであった。それは、突然に仲間を失ったことによる喪失感を直ぐにでも埋めたかったのかも知れない。


 ハワードは自分を拘束する女の手下をものともせずに立ち上がり、自分よりも頭一つ低い女を見下ろした。


「俺は、ハワード……ハワード・ホークだ」

「ハワード……良い名じゃないか。私はマーゴットだ、これからよろしく頼むよ」


 マーゴットが歯を見せて笑った。

 このとき、ハワードは明確に恋に落ちた。




「そんなことがあったんですね」


 モニカが目を輝かせてマーゴットとハワードの出会いを聞いていた。


「もう10年以上昔の話さ」


 そう言ってマーゴットは天井に向かってタバコの煙を吐いた。


「でもよ、あんな純情なおっさんの恋心につけ込むなんて、あんたも性格悪いぜ」


 オウギュストが横やりを入れた。

 マーゴットはニヤリと笑い、


「利用できるものは何でも利用する、それが私のやり方さ」


 と言って、闘技場のハワードを見下ろした。

 額面通り受け取れば、人でなしの言動。だが、劣勢に陥るハワードを落ち着いて見守る様子に、モニカはマーゴットの本心を見た気がした。




 オーキッドの猛攻にハワードは前に進むことも後ろに下がることもできなくなっていた。もう間もなく、鎧を覆う岩石が全て削られる。そうなれば、鎧ごと串刺しにされるであろう。


「ならば、アレを使うしかない、か……」


 アレ――ハワードは、クロキとドゥエンに敗北を喫した後、土系魔法アームド・ロックからのスキル・リジェクトのコンボが通用しなかった場合の手段を編み出していた。

 だが、それはまだ完成には遠く、魔力の消費が激しく、そうでありながら命中率が極端に低い。およそ実戦に使うにはリスクが高過ぎる段階であった。

 しかし、この状況を打開するには、アレを使うしかない。


 ハワードは意を決した。

 目の前の地面をバスタードソードで横一直線に引っ掻くと、床石の下の地盤が隆起し、土岩の壁を作り上げた。


「そんなもの……!」


 オーキッドは土壁を崩そうと攻撃を集中させた。


 大した魔力を込めていないため土壁は薄い。直ぐに打ち砕かれるであろう。

 だが、わずかな時間を稼げれば良かった。それが次の一手につながる。


 土の壁が崩れ、オーキッドの姿が見えた瞬間、ハワードはバスタードソードをオーキッドに向かって思い切り投げた。

 しかし、オーキッドはハワードが起死回生の一手を狙っていることを読んでいた。自分に向かって来るバスタードソードを見て、直ぐにその場から移動した。


 これでハワードは丸腰。さらに勝利に近付いたとオーキッドは思った。だが――

 バスタードソードは先ほどオーキッド立っていた地面に突き刺さると、轟音とともに突き刺さった所から同心円状に地面がひび割れ、めくれ上がった。


「な、なに……なんなの?」


 オーキッドは驚きながらも、冷静に飛び散る破片から顔を守っていたが、衝撃が自身の足元に及び、足元の地面がめくれ上がったため、思わず上に向かって跳び上がった。


 待っていた、このときを。

 オーキッドがジャンプする瞬間を。

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