悪い女
「強いな……だが、舐めるなよ」
ハワードは、両手でバスタードソードを振り上げ、地面に思いっきり叩きつけた。再び地面が爪のように隆起し、一直線にオーキッドを襲う。
「それは2度目、そっちこそ舐めないでよ」
オーキッドは走ってかわしながら、鞭を振り続けた。だが、移動時は鞭の攻撃回数が明らかに落ちる。
ハワードはその間にオーキッドとの距離を詰め、オーキッドが体制を立て直し、再び全力で鞭を振り回し始めたときには、バスタードソードの間合いまで後数歩という所までハワードは迫っていた。
ハワードの動きを止めようとオーキッドは鞭を振り回し、オーキッドの鎧を覆う岩石を削っていくが、ハワードの歩みは止まらない。
「あなた、恐怖ってものはないの?」
オーキッドが呆れたように笑う。
「恐怖……恐怖か……俺が畏れるものは唯一つ、この試合に敗けて、マーゴットに嫌われてしまうことだ!」
ハワードがバスタードソードを振り降ろす。
オーキッドは、バスタードソードはかわしたが、バスタードソードが地面に叩きつけられた際に生じた衝撃に身体を吹き飛ばされた。
身体中に裂傷を受けながら、オーキッドは立ち上がりつつ、ウォーター・スクリューを唱え、再び回転させた鞭をベースに水流のドリルを作った。
「あなた、意外とかわいいわね」
ハワードの追撃をかわしながら、オーキッドはハワードに話しかける。
「あの女狐に、何でそうも一途になれるのかしら」
オーキッドは水流のドリルでバスタードソードを受け流しつつ、バスタードソードが地面に衝突する際の衝撃破に備えて距離を取った。
「あの女にとってあなたはただの駒でしかないのよ。この試合に勝ったところで、あなたを男としては見てくれない。どこまでいってもただの『闘技者』よ」
ハワードの動きが淀む。
オーキッドはその変化を見逃さず、ハワードに向かって走り出す。
ハワードは咄嗟にバスタードソードを水平方向に振ったが、それもオーキッドの目論見どおり。
オーキッドは体勢を低くしてバスタードソードをかわすと、ハワードの膝に水流のドリルを向けた。
アッシュからもたらされたハワードの戦闘スタイルとクロキに敗北したときの情報、そして、ここまでのハワードの動きと魔法から、膝が弱点であることは明白。装甲の薄い膝部分ならば、水流のドリルで確実に膝を破壊することができる。
「いただき!」
だが、ハワードはオーキッドが狙う膝を咄嗟に引き、バスタードソードの柄でオーキッドを殴りつけた。
オーキッドは紙一重で回避したが、水流のドリルは鎧を覆う岩石と、膝当てを破壊したのみで、ハワードの膝を破壊するには至らなかった。
ハワードから距離を取るオーキッドの額から一筋の血が垂れる。バスタードソードの柄が掠っていた。
「大方、膝を破壊されて敗北したことを知っていて狙ったんだろうが……」
ハワードは膝当てを破壊された脚を軽く振って、感触を確かめるようにゆっくりと脚を地面に突き、バスタードソードを肩に担いで構えた。
「同じ過ちを犯すものか」
オーキッドは口元まで落ちて来た額の血を一舐めすると、笑った。
「やるわね、ハワードちゃん。私も本気でヤる必要があるみたいね」
「ふん、なぜ初めから全力を出さない」
ハワードが再びオーキッドとの距離を詰めようとしたが、オーキッドの手元を見て脚を止める。
鞭全体を水が覆っている。
エンチャント・ウォーターを唱えたのか。だが、その程度で本気とは――
「片腹痛い……!」
ハワードが再び歩みを進めると、オーキッドがニヤリと笑う。
「迂闊よ、ハワードちゃん。バッド・レディ……行くわよ!」
オーキッドが腕を振った。
腕の動き、身体の向き……狙いは頭。
ハワードは初手を読み切って、身体をわずかに逸らした。が――
「なぬっ!」
鞭の先端が避けた筈のハワードの顔面を突き刺す。ハワードは咄嗟に顔を逸らしたが、鞭の先端がこめかみを掠めた。
鞭の先端は槍の穂先のように鋭利な形状となっており、命中すれば致命傷となっていた。
オーキッドの固有魔法バッド・レディ。エンチャント・ウォーターの応用で、鞭に水を纏わせ、水の流れを操作することで、鞭を自由自在に動かすことができる。
「こんなこともできるのよ」
オーキッドは腕を振るのを止め、腕を真っすぐハワードに向かって伸ばした。すると、鞭が蛇のように動き出し、その先端をハワードに向け、連続で突く。
ハワードはバスタードソードで鞭を斬り払い凌いでいると、オーキッドが数歩近寄って、大きく腕を振った。
鞭の先端は、使い手の腕の振りから遅れて対象に到達する。ハワードは経験から自分に到達するタイミングを測っていたが、オーキッドが腕を振り上げきる前に、鞭の先端がハワードを直撃し、鎧を覆う岩石を削った。
「他人の思い通りにはならない、自分の思い通りに他人を翻弄する、悪い女のような鞭」
オーキッドの鞭の動きが不規則となり、防御が困難となる。加えて、これまでは鞭を叩きつけるだけであったのが、突き刺す攻撃も加わり、これが非常に厄介。部位によっては、一撃で岩石の下の鎧をも貫いて来る。
「うぬぅ……」
堪えるハワードに向かってオーキッドが高揚しながら叫ぶ。
「ほらほら、下への警戒が疎かよ!」
しまった。
突き刺す動きを警戒しすぎて、ガードが頭部に集中していた。
気付いたときには遅かった。先ほどオーキッドによって膝当てを破壊された右ひざに、鞭が命中した。
「ぐうっ……!」
膝をつく前に、ハワードは右脚を岩石で厚く固め、体勢を維持した。
だが、動かすことができない。立ち往生するハワードにオーキッドの鞭が襲い掛かる。
「さあ、クライマックスよっ!」
オーキッドは動けなくなったハワードを滅多打ちにし、次々にハワードの身体を覆う岩石を削り取っていく。
再びアームド・ロックにより岩で身体を包むよりも、オーキッドが岩石を削る速度の方が上回り、徐々に鎧が露となっていった。
「これで決まりのようですな」
アーロンが嬉しそうに笑いながらアッシュに声を掛けた。
「オーキッドは慎重な男です。決して冒険せず、私の与えた情報を基に着実に相手を追い詰め、確実に勝てる状況を作り出し、そして、仕留める。あのハワードの相手に、彼以上に確実な者はいません」
アーロンとアッシュはオーキッドの勝利を確信していたが、オーキッド自身は油断しない。ハワードの左膝も破壊しようと、鞭の攻撃をハワードの左側に集中させていた。
しかし、オーキッドは違和感に気付いた。微妙にヒットポイントがずれている。
「やっぱり、あなた、どうかしているわ……」
ハワードは破壊された右脚を引き摺りながら、バスタードソードを盾にして少しずつオーキッドとの距離を詰めていた。オーキッドが気付かぬ間に間合いが変化していたのだ。
「俺は……マーゴットのために、絶対に敗けん!」
既に鎧も損傷し、身体中から血を流しながらもハワードは勝利を諦めない。それは、全て愛するマーゴットのため。