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マーキング

「あぁ、見てらんないね、もう絶体絶命だよ」


 マーゴットが悔しそうに言い放った。


「これで1勝2敗か……もう負けられんな」


 ハワードは敗北を確信し、闘技場から目を逸らす。

 付き合いの長いディックもさすがに何も言えない。ここから逆転することは不可能に近い。


「モニカさん、頼むぜ……」


 祈るように呟くオウギュストの傍で、クロキは無言で勝負の行方を見守っていた。




「もういいだろう、降参してはどうか?」


 エンジは口に咥えていたクローバーを指に挟み、モニカを差した。


「あら、どうして?」


 モニカはあっけらかんと答える。


「もはやお主には、そ、その……む、胸の一枚しかない。差は歴然、無為にその、む、胸を傷つけてしまうのは、偲びない」


 やけに胸を気にしている様子。モニカはしばし自分の胸の谷間を見て、


「おっぱい、好きなの?」


 と聞いた。


「お、おぉ……? は、ふはは……そ、そんなわけあるまい。拙者は、剣の道に生きる身、女人などに興味ないわ」


 顔を紅らめながら、早口で否定するエンジを見て、モニカはニヤリと笑い、静々とエンジに近寄ると、片手をエンジの肩に回し、もう片方の手で胸元を少し開いて見せ、


「……触る?」


 と上目遣いで甘えたような顔つきで言った。

 エンジの顔がさらに紅潮し、モニカの胸元を一瞬見ると、目を瞑り、顔を背けて、


「い、いや、いやいやいや、何を言っている、バカなことを言うな!」


 と言いつつも、震える腕を胸に向ける。

 しかし、モニカは、


「やっぱ、だめー」


 とエンジを突き放し、元いた場所に戻って行った。




 それに気づいたのは、アッシュとヘルムートであった。


「ありゃあ……ホッホッホ、良いのう、面白いのう」

「ええ……エンジめ、浮ついている」




「やむを得ん、せめて殺さないように終わらせる」


 エンジは刀を構えた。最後の詰めに向け、集中を高める。


 モニカは焦る様子もなく、またもや足元の床石を剣で引っ掻いた。

 エンジは、一瞬、モニカが引っ掻いた床石に注目したが、やはり何も起きる気配はない。


「最後の頼みもダメであったようだな」


 エンジはそう言いながら、別に嘲笑ったりすることもなく、冷静にモニカを見る。

 だが、モニカがフフ、と微笑むと、モニカの眼に鋭い殺気が宿った。


「何の話?」

「……さっきから、魔法で石を浮かせようとしているようだが、失敗しているではないか」


 モニカから感じた殺気が気になり、思わず聞いた。


「あら、そう?」


 今更とぼけたところで、何の意味があるというのだ。

 気にするだけ時間の無駄か。


「終わらせる」


 エンジが一歩踏み出した。

 だが、脚を伝って違和感が全身を襲う。


 揺れている。

 地面が揺れている。


「何だ……これは?」

「フフ……」


 モニカは笑っている。

 エンジは舌打ちをして歩みを進めた。何をしようとしているかは分からないが、何かする前に終わらせれば良い。

 だが、揺れが急激に強くなったかと思うと、そこかしこの床石が大きく動き、エンジに向かって飛んで行く。


「くっ、こんなもの……」


 エンジは床石を避けたが、次々と床石が迫り来る。


「ぬぅっ……スワロウ・スラッシュ・セカンド・フォーム!」


 エンジが両手で鋭く刀を振るうと、飛んで来た床石が真っ二つに切断された。


 エンジは自分に迫りくる床石を次から次へと切断していきながら、突然魔法が発動し、床石が飛んで来たことに混乱していたが、ふと、切断した床石に魔法陣を見つけ、モニカに視線を移した。


「ようやく気付いた?」

「何を、した……?」

「強い魔法を使うには時間が掛かる。でも、それなら魔法陣で補うだけの話」


 魔法陣を使えば術者から離れた所からでも魔法を発動させることができる。それは魔力の出力先を作るということと同義。魔力の出力先を魔法陣によって2か所にも3か所にも増やし、出力先が増えることで一時に放出する魔力の量も増やすことができる。

 先程来、モニカが何度も床石を剣で引っ掻いていたのは、床石に魔法陣を刻むためであった。始めから、自分の羽根をいくつかは失うつもりで魔法陣を刻んでいた。


「22、この闘技場に刻まれた魔法陣の数よ。一気に魔力を放出するとどうなるかしら?」


 エンジの額を冷たい汗が流れる。


「……アース・クェイク!」


 闘技場全体が大きく揺れ、床石が跳ね上がり、さらに床石の下の地面が大きく隆起し、地面が割れ、エンジを襲う。


 観客たちもイスにしがみつかずにはいられぬほどで、エンジもまた立っていられず、よろけながら自分に向かって来る床石や岩石をかわし、切断し、なんとか耐えていた。


「ハハ……なかなか凄い魔法だが……この魔法では拙者の羽根を落とすことなどできまい」


 アース・クェイクの絶大な威力に、エンジは一瞬前後不覚となったが、床石や岩石が飛んで来るだけでは羽根を失うことはないことに気付き、嘲るように笑った。


「あら、羽根を1枚1枚狙うなんて非効率よ」


 モニカもまたエンジを嘲るように笑った。


「気絶させてから、全部取ってしまえば良いじゃない」


 そう言うと、モニカは剣の切っ先をエンジに向けた。


「さあ、終わりにしましょう!」


 モニカがさらに魔力を込めると、揺れがさらに大きくなる。

 その揺れは闘技場の外、周辺の建物をも揺らす。

 そして、床石や岩石が猛烈な勢いで次々とエンジに向かって行く。エンジはもはや立っていられず、刀を振ることすらできないため、回避に徹していたが、ついに床石がエンジに激突した。




「ど、どういうことだ、なぜエンジに向かって飛んで行く?」


 アーロンが椅子のひじ掛けを強く掴んで身体を支えながらアッシュに聞いた。

 通常のアース・クェイクは地面を揺らし、地盤を変形させる範囲攻撃。特定の対象に向かって岩石などを飛ばす効果はない。

 だが、眼前ではエンジを狙うように床石や岩石が飛び交っている。


「マーキングですね」


 アッシュは背もたれに深くもたれて身体を支えている。その腕にはドリスがしがみついている。

「ま、マーキング?」

「え、ええ……先ほど、彼女がエンジに接近した際に、肩に触れたでしょう。あのとき、彼女はエンジの肩に魔力の痕跡(マーク)を付けました。マーキングには様々な効果がありますが、彼女が付けたものは、おそらく……」

「岩石を引き寄せる……」

「ええ、彼女の魔力の影響を受けた岩石を引き付けるのでしょう」




「うぐ……!」


 体勢を崩したエンジに向かって次々と岩石が激突する。

 エンジは頭から流血し、骨が砕け、完全に形勢は逆転した。


 このまま終わってしまうのか。


 だが、エンジはカッと目を見開き、力を振り絞る。


「ま、まだ終わりにはせん! 第5のスワロウ・スラッシュならば――」


 勝てる、と言うとした瞬間、顔面に巨大な岩石が激突し、エンジは鼻血を噴き出しながら仰向けに倒れた。


 モニカはアース・クェイクを解除し、揺れを止めると、つかつかと倒れているエンジに歩み寄り、エンジの状態を確認する。


 石や岩に雨あられのごとく襲われる中、身体に付けた羽根は全て無事。それは、エンジの強さのなせる業であったが、逆にモニカにとっては、1枚も羽根を見逃さずに回収できるためありがたかった。


 モニカはエンジの腕と脚に付いている羽根を取った後、静かに鞘を持ち上げその陰の羽根も取った。

 そして、手にした5枚の羽根を一瞥すると、エンジに背を向け、澄ました顔で羽根を全て放り捨てた。


「しょ、勝者、モニカ!」

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