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秘剣スワロウ・スラッシュ

 モニカとエンジが闘技場の端に移動したことを確認し、レフェリーが手を挙げた。


「では、第3回戦、試合、開始!」


 試合の開始の宣言があったが、これまでの2試合とは違い、二人とも直ぐに相手に向かって走って行くようなことはしない。

 モニカは剣を片手で握り、切っ先を下に向け、エンジは長い剣を鞘に納めたまま、柄に手を当てて、少しずつ距離を詰めていく。


 先に動いたのはエンジであった。

 二人の距離がある程度まで接近すると、エンジは強く地面を蹴りつつ、長い剣を一瞬で抜いた。

 予想よりも遠い間合いから一瞬で距離を詰められ、モニカは驚きながらも回避した。振り下ろされた剣が腰の羽根を掠める。

 モニカはレフェリーをチラリと見たが、羽根の損失の判定は下らない。




 ディックは、控室からエンジの剣を見つめていた。


「あの剣、クロキのカタナに似ていないか?」


 刀身の長さこそクロキの刀の倍近くあるが、波打つ刃紋の片刃で、反り返しが美しい。


「確かに、あの形は刀のように見える」


 クロキが肯定すると、マーゴットが横から口を挟んだ。


「あのエンジって男、まあ、結構有名な闘技者でね、何でもひい爺さんが異邦人なんだとさ。見ての通りあいつは剣士。その剣術は、あいつのひい爺さんが元の世界で習得した剣術らしい」


 エンジはその剣術を磨き上げるため武者修行をしていたが、生来方向音痴のため、道に迷い死に掛けたところをアッシュに救われ、その後旅に出ずとも仕合に事欠かないアーロンの闘技場を紹介され今に至る。

 ディックは目を見開き、エンジの動きを目で追う。エンジの対戦相手がモニカであるにも関わらず、早く異世界の剣術を見せてくれ、と心の中で思っていた。




 モニカが、剣で石が敷き詰められた地面を引っ搔くと、モニカとエンジの間の床石がわずかに持ち上がった。

 さっきまで地面は薄い石畳みであったが、この第3試合からより大きく思い石が足元に敷き詰められている。

 石の下の土を動かそうとしても石をわずかに持ち上げるだけ。石自体が重く、動かすには相当な魔力と集中が必要となる。


「なるほどね、どおりで試合の準備に時間が掛かるわけだ」


 モニカが土系魔法の使い手と把握した上で、十分に魔法を使えないようにするため、時間を掛けて第三試合の準備をしていたのだ。


 エンジはわずかに持ち上がった床石を踏み込み、モニカに接近しながら、


「秘剣スワロウ・スラッシュ!」


 と刀を振り降ろした。

 長い分、重量があるにもかかわらず、エンジの太刀筋は速く、鋭い。しかし、モニカは横に身をかわし、刀を避けた。だが――


「なっ……!」


 エンジが刀を振り下ろしたコンマ数秒後、刀を振った方向とは逆方向に向かって斬撃が放たれ、腰の羽根が一枚切断された。


「ああっと、モニカ、羽根1枚ロスト!」


 レフェリーが実況すると歓声が沸き起こる。


 斬撃はモニカの腕も掠めており、モニカは傷を手で押さえながら距離を取った。そして、足元の床石を剣で引っ掻いたが、やはり石は動かない。


「逃がさん!」


 エンジは、モニカの魔法が不発に終わったと見て、再び接近し、刀を横に振るった。モニカは刀を避けず、敢えて剣で受けることで刀の勢いを利用してエンジから距離を取った。

 そして、また床石を剣で引っ掻いたが、またもや石は微動だにしない。


「どうやら、ここでは魔法を使えないようだな」


 エンジはゆっくりと間合いを詰める。


「そうね、そうみたいね……時間さえあればどうにかなるんだけど」


 モニカはエンジとの距離を維持したまま、立ち位置を変えるように移動し始めた。

 その間にも、時折、剣で床石を引っ掻く。少しでも動かしやすい石を探しているようだ。


 エンジは、モニカに時間を与えることで、モニカが起死回生の手を打つ可能性を危惧し、再び間合いを詰め、剣を振り下ろす。

 モニカは再び身をかわし、剣を回避すると、床に向かって剣を構えた。

 先ほどの斬撃から考えて、コンマ数秒後に剣を振った方向とは逆方向、つまり下から上に向かって斬撃が飛んで来る。


「あうっ……!」


 しかし、予想は外れる。今度は刀を振った方向と同じ方向に向かって、斬撃が追撃してきた。

 斬撃はモニカの右腕に傷を刻み、右腕の羽根を切断した。


「モニカ、これで羽根を2枚失いました!」


 レフェリーが実況し、再び歓声が上がる。


「オッケー……理解したわ、思ったより面倒な魔法ね」


 モニカは右腕を振り、傷が深くないことを確認しながら言った。


 エンジの固有魔法、秘剣スワロウ・スラッシュは、剣の振りに合わせて任意の方向に斬撃を追撃する魔法だ。

 これまでに確認できたのは、剣を振った方向と同じ方向への追撃と、真逆の方向への追撃だが、追撃の方向には、法則性はないと考えて良いだろう。


 モニカはそう考えながら足元の床石を剣で引っ掻いた。

 さりげない動きであったが、エンジは気付き、特に床石に変化がないことを確認してから、さらにモニカを追い詰めるべく迫った。

 モニカに向かって連続で剣を振り下ろし、薙ぎ、振り上げる。その刀の動きからコンマ数秒の時間差で斬撃がモニカを襲う。

 モニカは可能な限り距離を取りながらかわし、何度も床石を剣で引っ掻くが、思うように魔法は発動しない様子で、エンジの動きを止めることはできない。


「あっ……!」

「ああっと、モニカ、3枚目の羽根を失いました!」


 髪に差した羽根が切断される。一緒に斬られた髪の毛がパラパラと目の前に落ちるのを見ながら、モニカはエンジの動きに集中する。同時に、レフェリーの実況にいい加減苛立ってきていた。


「さて、モニカの羽根は残すところ二枚ですが、後どれくらい持つのでしょうか」

「ああ、もう、うるさいわね!」


 レフェリーに怒りをぶつけながら、エンジから距離を取りつつ床石を引っ掻くが、何に起きない。


「スウィフト!」・


 エンジが魔法を唱えると、エンジは離れた距離から一瞬にして距離を詰めた。

 風で移動速度を速める空気系魔法スウィフト。第2試合において、ディックの猛攻を凌ぐためドリスもこの魔法を使っていた。


 モニカは即座に反応し、軽やかなステップで方向を転換すると再び距離を取る。そして、また床石を剣で引っ掻くが、その間に、エンジはスウィフトで一瞬で距離を詰め、刀を振った。

 モニカは咄嗟に回避したが、追撃する斬撃によって腰に差した羽根が切断される。


「ついに、モニカの羽根が一枚となったぁ!」


 レフェリーも観客も楽しそうに声を上げた。

 残る羽根は胸元の1枚のみ。対してエンジの羽根は5枚全て健在であった。

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