第3回戦
「アーロンさん……」
アッシュは、つば広の帽子の下で相変わらず笑みを浮かべているが、目元は笑っていない。
「エンジは第5回戦の予定では?」
「ここは、勝ちに行きますよ」
アーロンはニヤリと笑うが、アッシュは表情を変えない。
「3回戦は落として4回戦で勝つ、そういう予定だった筈です」
「ええ、そうでした。ですが、アッシュ殿は4回戦は勝てるとおっしゃってましたが、俺は4回戦の相手は確実に勝てるとは言い難く、むしろあの女騎士の方が勝ち易し、と思ったのです」
アッシュは、何も言わずに闘技場に視線を落とした。
情報の伝え方を間違ったか。
第4回戦の相手側闘技者の情報はある程度教えた。だが、モニカの情報は、この2日ではアトリス共和国から出奔した騎士で土系魔法を操るという情報しか得ることができなかった。
もちろん、伝手を頼ってアトリス共和国から情報を収集した。しかし、モニカをよく知る者は、騎士の中に、というよりは、事務方の女性に多く、ネイルをしてもらっただの、メイクの仕方を教えてもらっただの、使えない情報ばかり。
同じく出奔したディックにあっては、かなり詳細な戦闘スタイルまで把握することができ、強敵と知ることができたため対応を考えることもできたが、モニカはあまりにも情報がなく、対応のしようがない。
ここまで情報が出てこないのは、モニカが訓練や任務を怠けていたのだろうか。だが、もしも、他人に奥の手を知られないよう意図的に多数の前で手の内を見せていないのだとすれば……
アッシュとしては、情報がなく、何をしてくるか予想のできないモニカで勝ち星を挙げようとするよりは、しっかりとした情報があって対応しやすい相手で勝ち星を挙げるべきと考え、モニカとの第3回戦は捨てるようアーロンに助言したつもりであったが、アーロンはその情報を聞いて、第4回戦はむしろ勝てる見込みが薄いと考えてしまい、モニカの見た目で第3回戦の方が勝てると判断してしまったのだ。
この試合の結果は、もはやアッシュには見当もつかない。そう考えると――
「フフ……」
アッシュは思わず笑ってしまった。
「どうか、しましたか……?」
アーロンが思わず聞いた。
「いえ……」
一観客として楽しむことができる。そのことが、アッシュには無性に面白かった。
モニカは、エンジがジッと一点を見つめていることに気付き、その視線の先を手繰ると、自分の大きく空いた胸元があった。
「あら……見苦しかったかしら、ごめんなさい」
そう言ってモニカが胸元を手で隠しながらウインクをすると、エンジは顔を紅らめながら、
「い、いや……若い女性がそんな恰好など、はしたないぞ」
と言ったので、モニカは自分の胸の谷間を指差し、
「あら、ここに見惚れていた人には言われたくないわ、フフ……」
といたずらっぽく笑った。
「あのぉ……そろそろ進行してもよろしいですか?」
二人のやり取りを聞いていたレフェリーが声を掛けて来たので、二人は頷いた。
「えー、では、この試合のルールですが、説明する前に、お二人にはこれを」
レフェリーが二人に、カラスの羽根程の大きさの白い羽根を5枚手渡した。
「これ……? どう使うの?」
渡された羽根をヒラヒラと揺らしながら、モニカが聞くと、レフェリーは観客席を向き、説明を始めた。
「この試合はロビング・フェザー・マッチ。闘技者はそれぞれ5枚の羽根を自分の身体のどこかに身に着け、5枚とも失ったら敗北です」
「え……これを付けるの? やだぁ、かっこ悪い」
モニカが嫌そうな顔をしている一方で、エンジは大げさな動きで5枚の羽根をレフェリーに向かって広げて聞いた。
「付ける場所はどこでもいいのか?」
「はい、お好きな所に付けてください」
ということは、付ける場所を決める所から勝負は始まっている。
エンジはどこに羽根を付けるべきかと思案しながらモニカをチラッと見ると、モニカは髪留めを使って、1枚の羽根をかんざしのように頭に付けていた。
「これ良くない? どう?」
レフェリーに感想を聞くモニカを見ながら、エンジは思った。
かわいい。
何てかわいいんだ。
闘技場でこんなかわいい子と会えるなんて。だが、モニカは対戦相手。何と運命は非情なことか。
エンジがしんみりと自分の世界に浸っていると、
「あ、あの……エンジさん、エンジさんってば」
とレフェリーが声を掛ける。
見れば既にモニカは頭のほかに胸元に1枚、腰のベルトに2枚、そして、利き手の右の二の腕に1枚羽根を付けて準備が終わっていた。
「早く、羽根を付けてください」
レフェリーに急かされるまま、エンジは両方の二の腕と脚の横に1枚ずつ、そして、もう1枚は、腰に差した鞘の陰になる所に付けた。
「お主……」
エンジがモニカを指差した。
「なに?」
「その、頭と……む、胸に付けて本当に良いのか?」
モニカがきょとんとした顔でエンジを見て、胸元の羽根に手を当てた。
「ああ、これ? 何で?」
「その位置、羽根が狙われたときに大怪我をするぞ」
「あら、心配してくれてるの? 優しいのね」
エンジはまた顔を紅らめ視線を逸らした。
「い、いや、優しいというか、その、このような安全なルールなのだから、できるだけお主を傷つけたくない、というか……」
「やっぱり優しいのね、でも気にしないで、ここなら結構かわいいでしょ?」
「あ、ああ、そうだな……あ、いや、そうじゃなくて……あ、うん……じゃない、うむ、承知した」
しどろもどろで承知したと言ったが、かわいいという理由で危険となる行為をするなどエンジには信じられず、これが女というものかと無理やり納得した。
アーロンが訝しみながらエンジを見ていた。
「うん? エンジの奴、様子が変だな」
「そう言えばそうですね、どうしたのでしょう」
アッシュも顎に手を当てて考えていたが、不意にドリスが横に立ち、両手を握りながら、
「あれは、恋よ! エンジちゃんは、あの娘に恋をしてしまったのよ!」
と言った。
アーロンもアッシュもポカンとしていたが、アッシュが突然爆笑した。
「アッハッハ、本当ですか、それは面白い、実に愉快だ。あの求道者みたいな男が……いや、そんな男だからこそ耐性がないのか、いずれにしろ面白い!」
アッシュはひとしきり笑い終えると、落ち着き、
「さあ、これで、勝負は増々分からなくなりました。『恋』とやらがこの試合にどう影響するか、興味深いですね」
とアーロンに向かって言うと、アーロンは苦虫を噛みつぶしたような顔で深く椅子に腰を掛けた。