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廊下にて

「ハッハア、本当に勝った、勝ったぞ」


 アーロンは予想外の勝利に手を叩いて喜び、


「あのヘルムートという男は何者だ?」


 とアッシュに聞いた。


「彼は、元騎士です」

「騎士? モンテのか?」

「いえ、ガーマン共和国です。彼は、かつてガーマン共和国で『鉄血将軍』と呼ばれた、それはそれは厳しい方でした。約30年前に引退した後は政治に利用されるのを嫌がって、隣国モンテ皇国に移住し隠居生活を送っています」

「そ、そうか……いや、すばらしい、しかし、そんな方を一体どうやってここに引っ張り出して来たんだ?」

「それはですね……」


 アッシュが答えようとしたとき、控え室の入り口が開き、ドリスとヘルムートが帰って来た。ヘルムートは戻ってくるなり開口一番、


「アッシュくん、さあ、これで約束どおり、酒池肉林じゃな!」


 アッシュは苦笑いした。


「シュチニクリン……?」


 アーロンは聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。

 ヘルムートに袖を引っ張られながらアッシュが答える。


「まあ、一言で言うと酒色に溺れる、ということですが……」


 鉄血将軍のイメージとは程遠い。


「俗世と離れた隠居生活にも飽きてしまったみたいでして……」


 ヘルムートは鉄血将軍と呼ばれていたが、実のところ酒好きで、表には出さないが女好き、いわゆるムッツリすけべであった。

 長い隠居生活にもついに飽き果て、死ぬ前に一度酒色に耽ってみたいと考えていたところ、アッシュにスカウトされたのであった。


「さぁて、楽しみじゃのぉ、ホッホッホ」


 ヘルムートは顔を上げて楽しそうに笑った。




 一方、マーゴットらの控室。

 床に正しているオウギュストとディックをマーゴットが憤怒の形相で見下ろしていた。


「あんたら……」


 下を向いたままピクッと反応する二人。


「なーにをやってんだい!」


 怒声が控室中に響き渡る。マーゴットのあまりの形相にヒースとレオポルドは抱き合って震え、モニカは苦笑い、ハワードはオロオロする。


 クロキは関わらないようにと、控室からこっそりと出て行った。


「上から見てたけど、ずっとスタンドプレーで突っ走った挙句、ババアと爺に翻弄されて、情けないったらないね……」


 マーゴットの怒声が廊下まで響いてくる。

 クロキはポケットに手を入れながら、呆れた表情で廊下を歩き始めた。


 次の試合の前に闘技場を整えるらしく、しばらく時間がある。どこに行く予定もないが、とりあえずトイレにでも行くか、と考えていると、


「クロキさん」


 と背後から声を掛けられた。

 振り向くとイザークも控室から逃げ出してきた様子。


「イザークさんも、逃走ですか?」

「ヘヘ……あの状態のマーゴットさんの近くにいると飛び火してきそうっス」


 二人笑い合う。


「クロキさんは、ハワードさんを倒したんでしたっけ?」

「ああ、でもあれは2対2のタッグマッチ、1対1(タイマン)なら分からないですよ」

「いやいや、どんな形でも勝ったことは事実、やっぱり凄いですよ、ヘヘ……」


 このイザークという男、クロキがマーゴットの手下を捕まえて素性を聞き出したところ、一級の闘技者の前に一級の犯罪者であるらしい。

 闘技者になる前は、窃盗、強盗、強請りを繰り返し、「蝙蝠イザーク」として名を馳せいたという。そんな男が――


「イザークさんはなんで闘技者に?」

「ヘヘ……マーゴットさんの所に盗みに入ったんですがね、ヘヘ……見つかってしまったんス、ヘヘ……ところが、落とし前をつけるんでなく、まさかその場でスカウトっスよ、ヘヘ……まあ、俺も騎士の警戒が厳しくなってやり辛くなってたんで、ほとぼりが冷めるまでならって、ヘヘ……」


 そして、イザークは闘技者になって1年、これまでの敗北はハワードとの対戦の1敗のみ。誰もが認める一級闘技者となった。


「でも、ヘヘ……もう少し報酬が欲しいっスね。盗みをしていたときよりハードな割に報酬が少ないんスよね、ヘヘ……」


 イザークはそう言って笑った。

 クロキは途中からイザークの話の内容よりも、時折挟まれる卑屈な笑いが気になってしまっていた。


 と、闘技場から歓声が響いて来た。

「どうやら、次の試合が始まるみたいですね、戻りましょうか」

「ええ、ヘヘ……」


 二人が踵を返して廊下を戻っていると、廊下の横に入る道に立つ人影がクロキの視界に入った。

 14、5歳くらいの少女。フリルのついたワンピースで、髪の毛は高い位置で左右2つにまとめている。

 口に咥えているのは飴の棒であろうか。少女はニヤニヤしながらクロキを目で追っている。


 クロキは一瞬視線を向け、そのまま過ぎ去ろうとしたが、


「エルム、何をしている……」


 と少女の背後から少女に声を掛けた人影に、思わず立ち止まった。

 声からすると男。灰色のコートでフードを被っており顔は見えない。そして、そのコートは、先ほどドリスとヘルムートが着ていたものと同じ、つまり、


「敵か……」


 クロキはフードの人物を見つめた。その人物もクロキに気付き、クロキを見つめ返した。


「どうしたんスか?」


 イザークはクロキが不意に立ち止まったため、クロキに声を掛け、その視線の先に少女とコートの男がいることに気付いた。


「あの娘……知り合いっスか?」


 クロキは少し間を置いてから、視線を切って、再び控室に向かって歩き始めた。


「いや……」


 イザークは少女とコートの男を一瞥した後、クロキの後を追った。


「あれが……」


 コートの男が呟く。


「クロキよん」


 少女が飴を口から出してコートの男に答え、


「面白そうな人」


 と、フフ、と笑った。




「さて、第3試合の闘技者の発表です!」


 レフェリーが闘技場で高らかに叫ぶと、大きな歓声が上がる。


「まず、マース・ゴート(バカの行進)・ファミリー……モニカ!」




「あら、私?」


 モニカは驚いた様子もなく、いつもと変わらない調子で、自分の剣を手に取った。


「頼んだよ、女の度胸見せてやんな!」


 マーゴットはそう言ってモニカに向かって握り拳を向けた。

 モニカはマーゴットににこやかに手を振ると、正座させられているディックとオウギュストの間を抜けるように歩き、すれ違いざまに、オウギュストの肩を叩いた。


「私が負けを帳消しにしてきて、あ・げ・る」


 ハッとオウギュストはモニカを振り向き、キラキラとした目でモニカを見たが、その横で声を掛けられなかったディックが、


「おい、俺には何もないのか」


 と振り向くと、モニカは何も言わず、皮肉めいた視線をディックに向けて、控室から出て行った。




「えー、次に、アーロン・ファミリーは……エンジ!」


 レフェリーがエンジの名を呼んだ途端に観客席から歓声が上がる。どうやら、有名な闘技者らしい。

 闘技場に降りたモニカの前に現れたのは、ゆったりとした裾の長い上着を肩に羽織り、長い剣を携えた細身ながら筋肉質の男。


 口に何か咥えている。葉が1枚のクローバー。花言葉は、


「困難に打ち勝つ……ね」


 モニカが呟くと、エンジはモニカを見て、ニヒルに頷いた。

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