騎士の本分
ディックは隙をついたつもりであった。が、既に罠は仕掛けられていた。
踏み込んだ足元が隆起し、ディックはバランスを崩し、さらに倒れまいとついた足元が凍りつく。
「舐めるな爺」
ディックは直ぐに火系魔法で氷を溶かそうとしたが、
「お主こそ、爺を舐めるなよ」
とヘルムートはディックの目の前の地面を杖で突くと、杖の先の地面から鋭利な氷塊が発生し、ディックに向かって突き刺さる。
ディックは間一髪足元の氷を溶かし回避できたが、ヘルムートを警戒し、一旦距離を取る。
その間にオウギュストが再びフレイム・ランサー・トルネードショットを放とうと構えていた。
そして、槍を投げようと脚を踏み出したところ、踏み出した足元から火柱が立ち昇った。
「んなっ……」
オウギュストは構えを解き、火柱を避ける。
ここは、射程範囲外ではなかったか。
オウギュストが今一度ヘルムートとの距離を測ると、ヘルムートとの距離が近い。
いつの間にかヘルムートは立ち位置を変え、オウギュスト、ディック、石碑の全てがザ・プリテンダーの領域内に入る位置に立っていた。
ディックは、ヘルムートが攻撃対象をオウギュストに定めたと見て、石碑に向かって行こうとしたが、数歩走ったところで地面が隆起し、さらに、よろけてついた足元から火柱が立ち昇り、再び距離を取らざるを得なかった。
ディックはここでようやくヘルムートの魔法が罠型であることに気付く。しかし、射程範囲を測りかね、慎重にヘルムートから距離を取った。
一方で、オウギュストは大体の射程を把握しているため、ヘルムートとは距離を取りつつ、ヘルムートを挟んでディックと一直線になる位置に移動を始めた。
ヘルムートがディックを気にしているのなら、ディックを射程範囲から外すことはないであろう。ならば、オウギュストとディックの二人ともを射程に入れることができない位置を陣取ればいい。そうすればオウギュストはフリーとなる。
しかし、ヘルムートは一歩足を踏み出したかと思うと、移動床に乗っているかのようにスーッと位置を変え、オウギュストをザ・プリテンダーの領域内に納め、オウギュストの足元に火柱を発生させた。
「くそっ……」
オウギュストは再び距離を取る。
だが、これでディックはヘルムートの魔法の射程外だ。
定石ならば、ここでディックに射程外であることを伝え、ディックに石碑を攻撃させるところであるが、
「おい、そこは射程外だぞ!」
とオウギュストが叫んだのは、ディックに攻撃を促すためでなく、ヘルムートにそれを教えるため。これでヘルムートがディックに近寄ったところで、オウギュストが石碑を破壊しようと考えてのこと。
しかし、ヘルムートはその意図を見抜き動かない。
「お、おい……良いのか、あいつは……」
「ホッホッホ……」
オウギュストが何を言おうがヘルムートは笑うだけ。
なぜなら、ディックが警戒を解かずに動かないから。
ディックもまた、自分を囮にオウギュストがヘルムートの攻撃から逃れようとしていることに勘付いていた。そして、オウギュストの言葉を信用していなかった。
そして、オウギュストを囮にしてヘルムートの魔法を見極めようとしていた。
互いに相手が動くのを待ち、膠着する。
痺れを切らしたオウギュストが叫ぶ。
「おい、そこは安全だって言ってんだろ! 早く石碑でも爺でも攻撃しろよ!」
ディックは淡々と反論する。
「貴様こそ射程内と言うなら早く移動すれば良いだろう」
「あん? 一歩でも動けば引っ掛かるのは知っての通り、お前の方が安全だってんだよ!」
「果たしてどうかな。自分で見なければ分からん」
「分かんねえ奴だな、さては怖気づいたか」
さしものディックもカチンときて、
「貴様を信用できんと言っているのだ!」
と思わず強い口調となった。
自分を挟んで言い争うオウギュストとディックに、ヘルムートは呆れたようにため息をついた。
「全く、何じゃ、聞いておれば……」
そして、自分の足元を杖で強く突いて、
「お主ら、それでも騎士かぁ!」
と叫んだ。
ヘルムートが突然、体躯に合わぬ大声を出したものだから、オウギュストとディックは目を丸くして、茫然とその場に立ち尽くした。
ヘルムートは、オウギュストとディックをギロリと睨んで強い口調で続ける。
「お主ら、騎士の本分をなんと心得る。忠義じゃ、犬とも畜生とも言われても、ひたすらに忠義を貫く。それが騎士じゃ。儂に言わせれば昨今の若い連中の言う騎士道などというものは、忠義の二の次じゃ。いかに騎士道を貫いたとして、任務を失敗してしまえば、ただの負け犬、無価値じゃ。良いか、騎士の本分は忠義じゃ。どんな理由かは知らんが、マーゴットに雇われたのであれば、この試合に勝つことが第一。それをお主らはなんじゃ、自分の手柄を第一に考えおって。そんな奴は騎士ではない、その辺のチンピラと一緒じゃ。そもそも、この試合、お主らは二人で一つじゃ、どっちが石を砕こうとも二人の勝利、石を砕かれれば二人の敗北。違うか、小童!」
オウギュストもディックも何の反論もできなかった。
ヘルムートの勢いに圧倒されたのもあるが、やはりヘルムートの言うことはそのとおりであったからだ。
「爺さん、良いこと言うじゃねえか」
「ああ……お陰で目が覚めた」
オウギュストとディックはそう言うとアイコンタクトかわし、構え直した。
二人の雰囲気が変わったことをヘルムートは感じ取り、優しく笑った。
「ホッホッホ……若い者の成長を見るのは、やはり良いもんじゃのう」
「ありがとよ、爺さん。その礼にきっちりぶっ倒してやるよ」
オウギュストにはさっきまでの焦りも、虚栄心もない。あるのは、純粋にこの試合に勝つという意志。
ディックもまた同じ。
二人の思考が一致し、互いの考えていることが手に取るように感じとれるようになった。
「いざ……!」
ディックが踏み出そうとした瞬間――
ドゴォォォン
背後から大きな激突音が鳴り響く。
足を止め、ディックとオウギュストが振り向くと、
「勝者、ドリス、アーンド、ヘルムート!」
というレフェリーの声とともに歓声が巻き起こった。
「お、おい、どういうことだよ……」
オウギュストが狼狽える。
「一体、何が起こった」
ディックの視線の先には、破壊された自分たちの石碑。そして、石碑に背を向けてこちらに歩いて来るドリス。
ドリスを斬った感触はあった。ドリスの服の一部が確かに切れている。間違いなくディックはドリスを斬ったのだ。
「ヘルムートさんごめんなさいねぇ、思ったより傷が深くて回復に手間取っちゃった」
ドリスはそう言いながら、オホホホと笑う。そして、
「おばちゃんね、治療術が使えるのよ。ちゃーんと気を失っていることを確認しなくっちゃ、ね」
とディックにウインクをした。
ドリスはあのとき、ディックの剣をわざと受けたのだとディックは勘付いた。始めからこうなることは作戦のうち。そうすると、あのヘルムートの説教も――
「時間稼ぎだったとはな……」
ヘルムートはニヤリと笑う。
「ホッホッホ、だが、儂が言ったことは本心じゃよ」