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アトリス共和国の思惑

 その一団の鎧に刻まれた紋章は、ディックの鎧についているそれと同じもの。


 十数人からなる一団にゴードン達は息を飲んだ。


「おやおや、降参してしまったのですか」


 鎧をまとった兵士たちが道を開けると、腰の高さほどのステッキを持った銀髪の紳士がクロキ達の前に歩み寄ってきた。


 その男は髪と同じ銀色の短い顎髭をなでながらクロキ達を値踏みするように眺める。


「お、オリバー様。なぜ、こんなところに」


 ディックが動揺している。フェルナンドとモニカもまた、強張った表情で銀髪の紳士――オリバーと目を合わせないよう足元を見ていた。


「山火事が見えたのでね、予感がして来てみたところ、だがまあ……」


 顎髭を触るオリバーの手が止まる。


「戻ったら懲罰です」

「も、申し訳、ありません」

「では、帰りましょう」


 オリバーが一団に合図をしようとしたところで、ゴードンがオリバーに向かって言った。


「お待ちください。ここはモンテ皇国領です。あなたはディック殿の上官とお見受けしますが、あなた方は一体ここで何をしているのか、お聞かせ願いたい」


 オリバーは、少しゴードンの顔を見ると再び顎髭を撫で始め、そして言った。


「それを聞いてどうするのか。まさか、生きて帰れると思っているのかね」


 兵士の一団が一斉に武器を構える。


「ファイアーボールッ!」


 リタのファイアーボールが兵士たちを襲う。


 しかし、兵士たちの中から数人が前に出て、その手に持つ盾で火球を全て受け切った。


 どうやらその盾は水の魔鋼により作られており火系の魔法に耐性があるようで、兵士の一団は数人ずつ、特定の属性への耐性のある防具を装備していると思われた。


 クロキは、ミストを使用しようと魔法石を握ったが、すでに魔法石は使用可能な量を越えており、ミストを発動させることができなかった。


 兵士たちに囲まれ、ジリジリと追い詰められるクロキ達。


 万事休すかと思ったそのとき、一陣の風が吹き、次いで兵士たちを押し返すかのように突風が吹き始めた。


 突風によって吹き荒れる木屑や木の葉に目を細めるクロキの目の前を、高速の矢が空を切り、兵士の兜を貫いた。


 オリバーは表情を変えずに矢が放たれた方向を見る。


 遠くの黒く焼けた樹の上に矢を構える男――テオが見える。テオがスキル「ペネトレイト」で兵士の一人を仕留めると、突風に乗せて矢継ぎ早に放つ。


「「ほらほら、ボーっとしない。逃げるよ。」」


 空気系魔法エコーに乗せてどこからともなく男の声がクロキ達の耳に届く。


 その声を聞き、走り出すクロキ達を兵士たちが追おうとするが、先頭を走る兵士に突然ロープが巻き付き、その兵士は転び、後続の兵士たちが足止めを受ける。


「あの、ロープは……」


 クロキは兵士たちに巻き付くロープを見つつ、リタにファイアーウォールを指示し、さらに兵士たちの足止めをする。


「「良いねえ、それ。じゃあ、トルネード」」


 どこからともなく響く声の男は、空気系魔法トルネードを唱え、竜巻を起こす。


 竜巻は、木くずや木の葉を巻き上げながら炎の壁に接触し、炎の竜巻となって兵士たちを襲った。


 火と空気それぞれ耐性のある盾を持つ兵士たちが前に出て、炎の竜巻に対する壁となるが、2つの属性の複合魔法を防ぎきれず、兵士たちは弾き飛ばされた。


「不甲斐ない。エア・イクスペンション」


 オリバーが炎の竜巻に手を向けると、竜巻が拡散するように掻き消えた。


 オリバーは、炎の竜巻の中心を的確に狙い、急激な空気膨張を発生させ、内側から竜巻を破壊したのだ。


 エア・イクスペンションは空気系中級魔法であるが、オリバーの使うエア・イクスペンションは、ほかの魔術師の使うそれとは一線を画す精密性と威力を持っているために可能な芸当であった。


 しかし、炎の竜巻に対処する間に、既にテオを含め、クロキ達の姿は見なくなっていた。


 他国の領土であることを考えると深追いは適切ではない。


「戻りましょう。それで、ディック、帝国の遺物の見当はつきましたか」

「はい、邪魔が入り、計画通りには行きませんでしたが、手掛かりは見つけました」

「よろしい、内容によっては懲罰を軽くしよう」


 オリバーは全員に帰還を指示した。




 林を出て、ディックと遭遇した草原まで戻ったクロキやゴードン達は、疲労から皆、倒れるように草むらに倒れ込んだ。


「た、助かった。も、もうダメかと思った」


 息を切らしながらゴードンが思いを吐き出す。


 クロキもなかなか整わない呼吸のまま、青空を仰ぎ見た。


 空の青さは元の世界と同じであった。


 そして、実感する。生きていることを。


 クロキの胸の奥からふつふつと元の世界への帰還の希望が湧きだしてきた。

 そこに、2人の男――テオとカルロスが近づいてくると、何故かテオは素早く膝まずく。


「ゴードン様。ご無事で何よりです」

「やはりテオだったか。ありがとう、助かった。そして、カルロスさんと、さっきの声と魔法はイゴールさんだよな。奴らのことを探していたのか」

「ええ、そのとおりです。まさかゴードン様たちが先に遭遇しているとは思いもしませんでした」


 テオが妙にゴードンに恭しいことを不思議に思いクロキは2人の関係を聞いた。


「おや、キミは知らなかったのか。というか、ゴードン様、言ってなかったんですね。ええと、この方は総務大臣カイゼル様のご子息ゴードン様です。私は、カイゼル様直属騎士隊のテオ。基本的にはカイゼル様から命令を受けて動いているので、ゴードン様と旧知の仲というわけです」

「そうか、カイゼルさんの。それはそれで納得する部分もあれば、聞きたいこともいくつか出てくるが……うん? テオさんはなぜ俺の名前を? やはり異邦人というのは多くに知られるところなのですか」

「いやいや、クロキ、キミとは、キミが召喚されたときに会っているだろう。あ、いや、キミは俺の顔は見ていないんだったか」


 弓矢。クロキの中で、山中で矢を受けたことと、先ほどのテオの矢がつながった。


「そうか、あれも、カイゼル様の指示で異邦人を探しに来てたというわけですか」

「ああ、ちなみに、そこのカルロスもそのときの1人だ」


 カルロスがクロキに会釈する。


 その腰のロープから、山中で自分を縛りあげたロープの使い手であると悟った。


 そして、あのとき、この男の気配だけは最後まで掴むことができなかったことが思い出され、今の立ち居振る舞いからもカルロスの騎士としての熟練度が感じられた。


「テオ、奴らの目的は何なんだ」


 ゴードンがテオに聞く。


 クロキもそのことが気になっていた。


 ディックは驚異的な強さであった。

 今回は詭道を用いてディックを制したが、次は同じ手は使えまい。

 そうなると、次もディックを相手に生き残れるかは正直自身がなかった。


 そんな手練れが少数で派遣されている状況は、重要な隠密行為にほかならず、暗殺、破壊工作などがクロキの頭をよぎった。


 しかし、テオは首を横に振る。


「分かりません。後続の部隊を含め、奴らはこの山を出ていません。モンテ皇国に対するテロ行為が目的とは考えにくいです。もっと、何か別の、そう、この山自体に目的があるような気がします」


 そこにイゴールが走ってやって来る。


「テオ、カイゼル様への報告は終わった。念のため一部隊にここを監視させるそうだよ」

「そうか、アンナさんは魔力があまり残っていないようだし……」


 アンナは手を広げる。フェルナンドを治療した際にほぼ魔力を使ってしまったようだ。


「帰るとしよう。クロキの怪我を治療しなくてはならないしね」


「ああ、いや、それなら――」


 クロキが言いかけたとき、遠くから「おおい」と声がして、クロキ達のもとへとヒースが走ってきた。


「いやあ、探しましたよ。山火事が見えたと思ったらスコールが降って、そして、竜巻が見えるじゃないですか。なにかあったんじゃないかと急いで来たんですけど……ちょ、ちょっとクロキさん怪我してるじゃないですか、火傷ですかそれ、ああ、直ぐ手当てしないと。」


 そう言ってヒースは慌ただしくリュックから軟膏を取り出した。

次回から新章です。

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