いがみ合う二人
「あいつらは、一体何してんだい」
マーゴットは控室から闘技場の二人を見下ろしていたが、どうも険悪な雰囲気になっていることに気付いた。
オウギュストとディックの人となりは良く知らないが、二人の佇まいから実力者であることを感じ取り、二人が第2回戦に選出されたこと、そして対戦相手が中年の小太り婆とヨボヨボの爺ということで勝利を確信していたところであったが、どうも様子が変わって来た。
「うーん、何か相性が悪いみたいですね」
モニカが苦笑いしながら呟いた。
「おっと、試合が始まるようっスよ」
後ろで静かに見ていたイザークが闘技場を指差し、控室にいた全員が闘技場を注目する。だが――
「ちょっと、あいつら……!」
マーゴットが思わず声を上げた。
「お前は石を守ってろよ!」
「分からん男だな、俺が前に出た方が確実と言っているのだ!」
「だから、それが俺を舐めてるってんだろ!」
二人はお互いの胸ぐらを掴み、額を突き合わせながら言い合いをしていたが、ついに間合いを取りそれぞれの武器に手を掛けた。
「ならば」
「どっちが強えか」
「「先に決めるか!」」
二人同時に武器を抜こうとした瞬間、何かが猛スピードでオウギュストとディック側の石碑に衝突した。
二人が慌てて石碑を見ると、石碑に当たった何かがオウギュストに向かって倒れて来た。
「おわっ!」
オウギュストが片足を上げて「それ」をかわす。長さはオウギュストの槍を同じくらいであろうか。一方の先端が広くなった扁平な柄。もう一方の先端は四叉に別れた槍。いや、その形状はどう見てもフォークであった。
ディックが急いで石碑を確認すると、石碑が大きく欠けている。破壊、とまではいかないが、後一撃で折れてしまいそうな状態だ。
「あらあら、久しぶりだからちょっと失敗しちゃったわぁ」
そう言いながら軽やかに歩いて来るドリス。
オホホホ、と口元に手を当てながら、ドリスは地面に落ちたフォークをひょいと片手で持ち上げた。自分の背丈よりも長いフォークを手にしたドリスは、まるでおとぎ話の住人のよう。
「お兄さん方、油断しちゃだめよ。もう始まってるわよ」
オウギュストとディックはハッとしてレフェリーを見ると、レフェリーは無言で頷いた。二人が言い合いをしている間に試合は始まっていた。
不覚!
ディックはすかさずドリスに向かって剣を抜いた。
ドリスはオホホホ、と笑いながらディックの一の太刀をかわすと、二の太刀をフォークで弾き、続けて背後から迫るオウギュストの槍をボールのように転がりながらかわすと、そのまま自分の石碑へと戻っていった。
ディックは自らを恥じた。
常在戦場と心がけてきたにも関わらず、詰まらない言い合いで無様な姿をさらした。
胸を撫でおろすオウギュストを見ながらディックは小さく舌打ちをした。
「……仕方ない」
「ようやく真剣になったようじゃの」
ヘルムートがオウギュストとディックを眺めながら言った。
「では、打ち合わせどおり私が前衛でよろしいかしら?」
ドリスが聞くと、ヘルムートは手を振って笑った。
「良い良い、さすがに、走り回るのは儂には無理じゃわい、ホッホッホ」
ディックは剣を担ぎ石碑の前に立った。
目の前にはオウギュストの背中。
不本意だが、年長のディックが折れる形でオウギュストが前衛、ディックが後衛となった。
敵の前衛――おそらくドリスであろうが――を速やかに倒してしまえば良い。そうしてからディックも敵の石碑に向かう。それでこの試合に勝てる。そうディックは考えていた。
「じゃあ、後ろ頼むぜ」
オウギュストはチラリとディックを振り向くと、槍を片手に走り出した。
前方からドリスが走って来る。オウギュストはやり過ごそうかとも考えたが、それも癪だと思い、ドリスに向かって槍を振った。
「あら、おばちゃんを相手にしてくれるの? うれしいわぁ、でもおばちゃんの相手はあっちの目つきの悪いお兄さんなの、ごめんなさいね」
そう言いながらドリスはフォークを地面に突き立てて跳び上がると、オウギュストに手を振りながら槍をかわし、そのままディックに向かって行った。
あっさりとかわされ、悔しさを感じながらもオウギュストは自分の目的――敵の石碑に向かって走り続けた。
石碑を守るはヘルムート。今にも死にそうなヨボヨボの爺さんなど敵ではない。そう思いつつ、油断するなというディックの忠告が頭をよぎり、素早い動きでフェイントを掛けつつ、ヘルムートの背後を取った。
スピードで攪乱すれば、ヘルムートは反応できまい、という目論見。そして、その目論見通り、ヘルムートはオウギュストの動きを目で追えていない。
だが、石碑を槍で攻撃しようと脚を踏み出した瞬間、足元の地面が鋭角に隆起し、槍でガードしたオウギュストを真上に向かって吹っ飛ばした。
「んなっ……!」
口の中を切り、口元から血を流しながらオウギュストは着地し、再び石碑に接近する。だが、今度は足元から火柱が立ち昇り、オウギュストは髪の毛と服を焦がしながら石碑から距離を取った。
ヘルムートが魔法を唱えた素振りはない。だが、石碑に近付けば攻撃される。
オウギュストは、今度は離れた位置から石碑を狙った。
「フレイム・ランサー!」
槍に炎を纏い、投げつける魔法。オウギュストは脚を一歩踏み込んだ。
「ホッホッホ、そこもダメじゃ」
ヘルムートの眉毛に隠れた瞳がギラリと光った。
「なっ……!」
オウギュストの踏み込んだ足元が凍りつく。
「属性、3つ目っスね……」
イザークが驚きながらヘルムートを見降ろしている。
通常、使える魔法は一人1属性のみ。だが、ヘルムートはここまで火系魔法、水系魔法、土系魔法の3属性を操っている。シンジやカオリなどの異邦人を除き、複数の属性を操る者はこの世界において非常に珍しい。
だが、クロキはそのことよりも、ヘルムートの魔法の規則性を分析しかねていた。
「どう見る?」
クロキはモニカに意見を求めた。
モニカは、うーん、と少し考える。
「多分、特定の位置に立つと自動で発生する罠型の魔法。でも……」
「でも……?」
「罠なら魔法陣なり、その位置にだけ魔力の痕跡がある筈。でも、それがないのよ」
クロキはテイラーが使っていた光系魔法ライトニングネストと思い出した。ライトニングネストは仕掛けた魔法陣に対象が触れると電撃を発する魔法。
だが、確かにオウギュストが魔法攻撃を受けたときに魔法陣は確認できなかった。
では、ヘルムートの魔法は罠型ではないのか。
否。
ヘルムートの魔法は確かに罠型の魔法である。
その魔法は、ヘルムートの固有魔法ザ・プリテンダー。
モニカが確信を持てなかったのも無理はない。ザ・プリテンダーは、あるポイントに罠を仕掛ける魔法ではない。ヘルムートの周囲に魔法の領域を張り巡らせ、その領域内の任意の場所を罠にする魔法だ。
罠を仕掛ける場所は1秒ごとに変えることができる。魔力の消費は激しいが、領域内全てを罠とすることもできる。領域の半径は最大10メートル。
視覚できない魔法の領域の範囲を正確に測ることは困難であるため、領域のギリギリまで近付こうとすると、いつの間にか領域内に引き込まれ罠に掛かる。
オウギュストは脚を覆う氷を火系魔法を使って溶かすとヘルムートから大きく距離を取った。
控室から俯瞰しているモニカにも分からないのに、戦闘中のオウギュストにヘルムートの魔法の効果が分かる筈もなく。オウギュストはただただヘルムートから距離を取るしかなかった。しかし、距離を取ったからと言って安全であるという確信はなく、慎重にならざるを得なかった。