ぶち切れレオポルド
あー……全身痛い。
結構血も出て、頭も少しボーっとしてきた。
こいつ強すぎ。もうどうしたら良いか分かんない。
このまま僕負けちゃうのかな……。
痛っ、また当たったし。
敗けたらきっとオウギュストは馬鹿にしてくるだろうな……。
なんか最近ついてないな。ランクダウンするし。
ランクダウン……。あー、なんか思い出したらムカついてきた。
なんなのあのガキども。くそ生意気なんですけど。
その上、オウギュストに馬鹿にされたら……。
「あー、ムカいてきた……」
レオポルドがフラフラとしながらアリサを見た。さっきまでとは雰囲気が違う。
「なんだ……?」
アリサは思わず立ち止まった。
「もう、考えるのめんどくさいや」
レオポルドは大槌を引きずりながら真っ直ぐにリサに向かって走り出した。そして、跳び上がり、大槌を振り上げる。
アリサは冷静にレオポルドの動きを観察する。
隙だらけ。かわしつつ、腹をかっ捌いてやる。
……いや、ヤバい!
アリサの勘が危険を察知した。
その瞬間、レオポルドの大槌が爆発し、加速した。
ドゴォンッ
間一髪、アリサはかわしたが、背後の石の壁が大槌に砕かれガラガラと崩れていく。
「あ、危なかった……」
もしも、かわさずに迎撃していたとしたら、火系魔法エクスプロージョンによる大槌の加速に対応できず直撃を受けていたに違いない。
だが、これで大槌の加速のタイミング、そして加速スピードは覚えた。次に加速をしたとしても、かわし切ってカウンターを決めることができる。
「次は――」
仕留める、とアリサが言おうとする前にレオポルドの追撃が目の前に迫っていた。体勢が整わないため、アリサは再びかわす。
ドゴォンッ
アリサの背後の石壁がまたもや粉々に砕かれた。
アリサはレオポルドから距離を取り、レオポルドの動きを警戒しながら体勢を整えていると、不意にレオポルドが肩を上下に揺らし始めた。不審な動きに警戒を強めると、微かに笑い声が聞こえる。
「……ハハ……アハハハ!」
ついにレオポルドは大声で笑い始めたと思えば、アリサとは別の方向に向かって走り出した。
「お、おい、どうした、お前何してんだ?」
思わずアリサが声を掛けたが、レオポルドには聞こえていない様子で、レオポルドは目の前の石の壁を打ち砕いた。
次に何をするかとアリサはレオポルドを見ていたが、レオポルドは笑いながら、続けて隣の石の壁を壊すと、次々にほかの石の壁を壊し始めた。
マーゴットが口をポカンと開けながら闘技場を見下ろしていた。
「ありゃあ……いったい何してんだい?」
「俺に聞くな」
近くにいたクロキが答えた。
アリサを無視し、笑いながら、楽しそうに石の壁を壊していくレオポルドの考えなど分かるはずもない。
「ハハ……あれはただ、楽しいんだと、思う……」
オウギュストが解説した。
レオポルドは、石の壁を簡単に打ち砕けたことが無性に面白かったのだ。疲労と出血で朦朧とし始めた意識において、その直接的な楽しさが、レオポルドに試合を忘れさせ、本能の赴くままに石の壁を破壊させていた。
「ハッハッハ!」
アッシュが大きな声で笑う。
ワイングラスを手に持ったまま固まっているアーロンに向かってアッシュは話し掛けた。
「いや、これは、フハハ……何とも、クク……面白いですね」
アーロンがハッとしてワイングラスをサイドテーブルに置いた。
「お、おい、これは、大丈夫なのか。壁の強度はあんたの言うとおりにしているんだぞ」
通常攻撃では壊れないように。ただし、試合が派手になるよう、強力な魔法ならば壊れるように。そんな強度をアッシュは提案していた。強力な魔法は連発できないため、石の壁は全て破壊されることなく、このハードル・フィールドの特性も維持できる。そう考えてのことであった。
「まさか、あのおチビちゃんにこんな破壊力があるとは……調査不足でしたね」
マーゴットが首都ネロスから連れて来たハワード、イザークを含む七人の闘技者たちの情報は事前に十分集めていた。だが、2日前になって急に七人のうち五人を、しかも闘技場の闘技者でないものに変更すると聞き、アッシュも直ぐに情報収集を始めたが、2日間では集められる情報に限界があった。
アリサが茫然と見つめる中、ついにレオポルドは最後の一つを打ち砕いた。
警戒を解かず、レオポルドの動きを注視するアリサ。そんなアリサを振り向いたレオポルドの顔は、まるで憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。
「あー、スッキリした」
石の壁をがむしゃらに打ち続けて気分がスッキリした。心なしか朦朧とした意識もハッキリしたような気がする。
目の前に広がっていた石の壁の森は全て打ち砕かれ、アリサの姿を視界にとらえることができる。
レオポルドは腰を落とし、大槌を両手で構えた。
「さあ、仕切り直しだ」
アリサもまた腰を落とし、両手の平から鋸を出して構えた。
「良いよ、決着をつけてやるよ」
二人がジッと睨み合う。
「爆炎のレオポルド、いざ参る!」
レオポルドからアリサに向かって走り出した。
アリサは先ほどと同じように、レオポルドに斬りかかるかと思いきや、
「ストーン・ブロウ」
と唱えると、周囲の石の壁の破片が浮き上がり竜巻のように回転し、レオポルドの行く手を阻んだ。
レオポルドは、立ち止まると一瞬力を溜めてから真上に跳び上がり、エクスプロージョンで大槌を爆発させて加速させつつ回転しながら、地面に向かって思い切り大槌を叩きつけた。
「ヘルファイア!」
大槌を叩きつけた地面を中心に地面が割れ、割れたところから業火が溢れ出す。その地割れはアリサの足元にまで及び、アリサは業火に当てられながらもなんとか回避したが、自分が唱えた魔法――ストーン・ブロウは解除せざるを得なかった。
レオポルドの固有魔法ヘルファイア。周囲の者を焼き尽くす地から噴き出す地獄の業火。
「あの子、あんな魔法を持ってたの?」
モニカが自分の使う土系魔法アース・クェイクと遜色なく地面を破壊した上で、業火をも操るレオポルドのヘルファイアに驚きを隠せなかった。
なぜかオウギュストが自慢げな顔をしている。
「ありゃあ、レオの奥の手だけどな、発動には一定の溜めが必要なんだが、威力は見てのとおり、とんでもねえ」
今までは、アリサの速い動きがヘルファイアを使う暇を与えてくれなかったが、アリサが魔法を使って様子を見てきたことにより、ヘルファイアを発動する時間を十分に得ることができた。