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戦いのルール

 気付いたのはクロキと――


「アッシュ殿、どうした、知り合いか?」


 アーロンが小声で鍔広帽の男――アッシュに聞いた。


「アーロン、礼を言いますよ、本当にあの男と出会えるとは……」


 アッシュが静かに笑った。

「ちょっと、客人を目の前にして何をこそこそしてんのさ、あんたこそそっちの色男を紹介したらどうだい?」


 マーゴットがアーロンにアッシュを紹介するよう促したが、真っ先に反応したのはアーロンではなく、「色男」という単語に思わずマーゴットを見たハワードであった。

 が、それは置いておくとして、アーロンは、


「これは失礼した。こちら、今回のイベントの開催に当たって様々相談に乗ってくれている、アッシュ殿だ」


 とアッシュを紹介した。

 アッシュは艶やかに笑みを浮かべつつ、


「アッシュと申します。故あって着帽したままで失礼します。以後お見知りおきください」


 と挨拶をする。


「私はマーゴットだ。相談に乗っているって、あんた一体何者だい?」


 マーゴットが質問すると、アーロンが誇らしげに語り始めた。


「ああ、この方は、なかなか面白い方でしてね、諸国を巡って様々な経験をしているらしく、一つ一つの話が興味深い。ああ、あれ、どこだったかな、宝探しで侍従に紛れて城に侵入した話――」

「シュマリアン共和国です」

「そうそう、シュマリアン共和国、あの話はすばらしく面白かった。それでアッシュ殿は、様々な知り合いも多くてね……」


 長いアーロンの話に飽きたのか、マーゴットはタバコを取り出して一つ捩じると、火を点けて煙を吸い始めた。


「本業は人材の派遣というので、我が闘技場にも何人も闘技者を派遣してもらっていましてね、加えて様々趣向を凝らした闘技を提案してくれていて、最近は観客も利益も右肩上がりだ、ハハハ……」

「ふうん……」


 マーゴットは白けたように煙を吐いた。


「それじゃあ、今日もその趣向とやらが施されてるのかい?」


 アッシュが、そのとおり、というように鍔広帽を抑えながら会釈をした。

 アーロンはオールバックの髪を一撫で、顔を上げて見下ろすようにマーゴットを見る。


「まあ、せめて、なかなか経験できないアトラクションを楽しんで帰って行ってください」


 マーゴットらが負けることが当然とでも言うようにアーロンは言い放ち、アッシュとともにマーゴットに背を向けて歩き出した。

 ふとヒースがマーゴットの顔を見て思わず後ずさった。

 眼が座り、ジッとアーロンの背を見ている。そして少しずつ額に血管が浮かび上がり、マーゴットの咥えたタバコの先から灰が落ちた。

 マーゴットは慌てる様子もなくタバコを口から離すと、そのままタバコの火を壁に押し当て、火を消した。


「随分舐められたもんだねえ……」


 そう呟くとマーゴットはキッとクロキたちを振り向く。


「あんたら、敗けたらお仕置きだよ!」

「お、おお……!」


 マーゴットの勢いに戸惑う一同の中、なぜか喜ぶハワード。

 マーゴットは、再びアーロンの背中を見て笑った。


「見てなよアーロン、ほえ面書かせてやる」




 観客席の一角にあるガラス張りの小部屋。クロキらは、その控室で闘技場を見下ろしながらマーゴットから試合の説明を受けていた。


「試合は5試合行い、先に3勝した方が勝ちだ」


 オウギュストとレオポルドが勢いよく手を挙げる。


「はいはいはい、一番最初は僕が行く!」

「いや、俺だ俺が先陣を切るぜ!」


 そう言って二人は自分が先だとにらみ合った。

 その一方でモニカが冷静に、


「5試合って、闘技者は7人必要なんでしょう? 数が合わないわ」


 と聞くと、オウギュストとレオポルドがハッとしたようにマーゴットを見た。


「言われてみればそうだな……」

「どういうことなの、おばさん」


 レオポルドのおばさん発言にマーゴットはジロリとレオポルドは睨みつけた。


「まだ説明は途中だよ。5試合のうち、1試合は2対2のタッグマッチ。そして、余る一人は、5試合で決着がつかなかった場合の6戦目のためさ」

「タッグマッチか……僕はタッグマッチは嫌だな」


 レオポルドが言うとオウギュストも同意する。


「ああ、よく知らねえ奴らと組んで戦えるかよ、俺も一人が良いな」


 そこにディックも乗っかった。


「俺も同感だ。それに、俺は一人の方が戦いやすい」

「まあ、とりあえず聞きな」


 マーゴットが諭そうとするがレオポルドは聞かない。


「おば……じゃない、マーゴットさん、僕初戦が良い!」

「あん? 初戦は俺だ、レオは引っ込んでろ」

「オウギュストこそ引っ込んでろよ」


 いがみ合うオウギュストとレオポルド。


「だから続きを聞きなって」


 再び話を聞くよう促すマーゴットを無視してオウギュストとレオポルドはお互いの顔を抓りながらけん制を始めた。


「この間ケーキをおごったろ、俺に譲れ!」

「その借りは直ぐにご飯をおごって返した!」

「その後、かわいい娘がいるってんで取り持ってやったろ!」

「そのとき、僕が泳げないカナヅチだとかオウギュストが言ったせいで上手くいかなかったし。というか、その噂が広まった責任取れよ!」


 エスカレートする二人にマーゴットも苛つき始めた。


「あんたら、いい加減にしなよ、ねえ――」

「オウギュストのバーカ」

「あん? 誰がバカだ、ガキにバカなんて言われたくねえし」


 マーゴットの話を遮り二人はののしり合う。

 どうしたら良いか分からずオロオロするヒースの横で、ディックとクロキは呆れたように、モニカは面白そうに笑いながら二人を眺めていた。


 これから試合だというのに控室は騒然とし始めたが、ついに、


「いいから、聞けっ!」


 とマーゴットは一喝した。

 あまりに大きな声にオウギュストとレオポルドはマーゴットを見て固まり、少ししてからお互いの顔から手を放した。


 マーゴットは一つため息をついてから話を再開した。


「……ったく、良いかい続けるよ。今回、闘技者は試合ごとに抽選で決定する。つまり誰が何試合目に出るかは事前に分からない。そして、同時に何試合目がタッグマッチかも分からないことになっている」

「さっき、アーロンが『趣向』を凝らすと言っていたが、どういう意味だ?」


 クロキがまともな質問をしてくれたので、マーゴットは少し安心したように続けた。


「詳しいことは判らないけど、どうやらただのデスマッチじゃあないみたいだ。試合ごとに何らかの特殊ルールがあるみたいだねえ」

「試合が始まるまで、誰が戦うかも、どんなルールかも分からないのか」


 クロキが口元に手を当てながら呟いた。思ったよりも厄介な試合形式のようだ。そして特に厄介なのは――


「マーゴットさん、連中は本当にヒラで執りしきると思うか?」


 クロキが懸念しているのは、闘技者を抽選で決めると言いながら、アーロンが抽選を操作することであった。いや、ここは、アーロンのホーム。特殊ルールもアーロンが決めるのだ。アーロンの有利になるように闘技者を決めるに違いない。


「そんなわけないだろ」


 マーゴットは至極あっさりと否定した。

 これは裏社会の戦争。イカサマ、だまし討ち、何でもありだ。この試合がマーゴットの運営する闘技場で開催されるのであれば、マーゴットだって当然自分が有利になるように工作する。

 それが当然であるとマーゴットは思っており、そして批判するつもりもなかった。


 それ故、クロキらに声を掛けたのだ。

 マーゴットのもとにいる闘技者の情報など当然アーロンは把握しているだろう。だからアーロンの知らない者を連れて来たのだ。正直に言って、もともと参加させるつもりであった闘技者で臨むのは不安であった。だから、賭博場でオウギュストとレオポルドが暴れてくれて幸いであった。クロキがその場にいてくれたことはこの上なく幸運であった。


「あ、始まるみたいですよ」


 ヒースの声で一同は闘技場を見下ろした。


 円形の闘技場の中央にアーロンが立ち、開会のあいさつをしていたが、間もなくアーロンが闘技場から退出し、代わりにレフェリーが中央に現れた。


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