束の間の安息
「いやー、まいったぜ、まさかあんなことになるなんて、あっはっは」
悪びれることもなく笑うオウギュスト。
「ま、まあ、僕らでも何とかできたんだけどなっ」
と、レオポルドは強がりながらラム肉のスペアリブにかぶりつき、口から少しスペアリブのたれをこぼしながら、口いっぱいに肉を頬張る。
そんなレオポルドを、テーブルを挟んで向かいに座るディックは困惑して、一方モニカは楽し気に眺めていた。
「なんか暴れる音が聞こえたと思ったら、クロキさんが突然いなくなくなるんですもん。何かやらかしたかと思ってたんですよ」
ヒースはスペアリブの付け合わせの生野菜を一口齧りながらクロキを見た。
ディックは水の入ったグラスに口を付けてテーブルに置くと、ローストしたラム肉を一切れ口に入れ、オウギュストを見た。
「遠巻きにやり取りを聞いていたが、モンテの騎士らしいな」
オウギュストはまるで水を飲むかのようにグラス一杯のワインを飲み干すと、
「おうよ、モンテ皇国軍ギルバート隊のオウギュスト様とは俺のことよ」
そう言って親指で自分を差した。顔は紅くなっており、酔いは回っている様子。
しかし――
「ギルバート隊……知らんな」
ディックのあっさりとした反応に、
「ギルバート隊を知らないだぁ? マジかぁ……」
オウギュストは大仰に額に手を当ててため息をついて、ディックに手の平を向けた。
「あんた、えーと……」
「ディックだ」
オウギュストはジョッキに入ったエールを一気に飲み干すと、ジョッキをテーブルの上に、ドン、と勢いよく置いて、少し前のめりにディックを見る。
「いいかいディックさん、ギルバート隊はなぁ、ギルバート・マチェスさんを隊長とする新進気鋭の騎士隊よ」
そして、口を手で拭うと、座った目で、
「まずギルバート隊の成り立ちからだが――」と話し始めようとしたところで、
「そんなことよりさ」
とモニカが遮った。
「この二人と接触して大丈夫なの?」
「あ……そ、そうですよ、これでクロキさんの居所がバレたんじゃ」
ヒースも遅まきながら気付き、急に慌ててクロキを見た。
クロキは二人を口止めしようと考えていたが、そもそも――
「お前ら、この街に何しに来たんだ?」
「ああ……あれだ、バカンス……?」
オウギュストが少し考えてそう答えると、レオポルドは口一杯の肉を飲み込み、
「そうそう、有給休暇を使って、お前を探しに……じゃなくて遊びに」
「今、クロキさんを探しにって言ってましたよね……」
ヒースがクロキに耳打ちする。
探していたという割には、二人にクロキに捕まえようという気が感じられない。
二人の意図がクロキには測りかねる。が、なぜ二人がピンポイントでこの街にいるのかは、察しがついた。
クロキの行き先をモンテ皇国軍は見失っていたが、ただ一人気付いていた者がいた。
ダリオである。
クロキが首都ネロスを脱する最後に対峙したダリオの魔法によって、追跡隊はクロキを見失ったが、術者であるダリオはクロキの乗った馬車が走り去った方向をしっかりと確認していた。
そして、ダリオは内密にオウギュストとレオポルドにその情報を伝えたのであった。
オウギュストとレオポルドは、別段クロキに協力しようという気があったわけではない。ただ、思いもしない嫌疑で処罰されそうになり出奔したクロキを、気付いたときには追いかけていた。
だから、ここでクロキと出会えて安心していたが、これからのことは微塵も考えていなかった。
ともにテーブルを囲んで食事を取り、ディックとモニカも、オウギュストとレオポルドのことを信用したようで、当初の緊張もほぐれたようであった。
さて、その最中、
「ああ、いたね」
と入り口からの声。
声の主は、クロキらの卓まで寄って来る。
ヒースが振り向くと、それはマーゴットを先頭とした一団であった。
マーゴットの背後にはハワードのほか三人。一団は瞬く間にクロキらを囲んだ。
「何の用だ」
クロキはマーゴットを一瞥もせず呟いた。
ディックは無言ながら、殺気が漏れ出している。
マーゴットの手下が近くにあった椅子を持って来て置くと、マーゴットはその椅子に座り膝を組んで、胸元から何かを取り出してクロキらに見せた。
「これ、忘れ物だよ」
それはオウギュストとレオポルドの騎士章。賭博場を出るときに二人の荷物は返却されたと思ったが、騎士章はこっそりとマーゴットがくすねていたのだ。
それを見た瞬間、オウギュストの酔いも一気に醒め、レオポルドは、
「おい、返せよ」
と手を伸ばしたが、マーゴットは腕を高く上げてレオポルドに取られまいとした。
そう言えば、あのときマーゴットは、オウギュストとレオポルドは「賭博場で遊んで帰った」ことにすると言っていた。つまり、暴れたことはなかったことにするとしても、ギャンブルをした事実はなかったことにするとはしていない。
もしも、クロキを捕縛するというギルバートの隊長命令を拒否してギャンブルをしていたとバレれば、ギルバートの二人に対する心証はひどく損なわれるであろう。
つまり今、騎士章を人質に取られているのだ。
「おばさん――」
言い掛けたレオポルドをマーゴットがキッと睨み、レオポルドは言い直す。
「お……姉さん、それを返さないと、クロキがバラすことになるよ」
「レオポルド、無駄だ」
クロキが賭博場を脱した手――ほかのイカサマをバラすという脅しをもう一度レオポルドは使おうと思ったようだが、既にそんなイカサマは取り払われているだろう。
案の定、マーゴットはただほくそ笑んでいる。
一つ抜かった、とクロキは内心思い、この状況を打開する手立てを思案しながらマーゴットの次の言葉を待った。
「なに、そう身構えなさんな、私は頼みがあって来たんだ。この騎士章だって保険さ」
良く言う。
そう言いながら、結局は脅すつもりであろうとクロキは考えていたが、その後に続く言葉に、思わずマーゴットの顔を見た。
「船を用立ててやろうか」
「何っ?」
「必要なんだろ、お尋ね者さん」
クロキが罪人として手配されていることは当然知っているか。
「……条件は、なんだ」
クロキは訝しみながらおそるおそる聞いた。
マーゴットはそれをほとんど了承したものと解し、話を続けた。
「2日後、とある戦争が近くの街で起きる」